第700話 カレーパーティー

絶妙な配分で分かたれた白と、ウォルナットのような深い褐色のゆらめき。

「これが、カレー……ううん――これが『ロクサレンカレー』です!!」

捧げ持って堂々と宣言すれば、心持ちその一皿も誇らしげに輝いた気がする。

オレはそれを手早くジフへ手渡し、念のためモモをテーブルに配置した。

これは、全員せーので食べなくてはいけない。

案の定、シールドに恨めしそうな顔をしているカロルス様。オレはその視線を意識して逸らしつつ、ジフが次々配膳していく間に食べ方を説明する。

「この、カレーとごはんを絡めて食べるものなの! ああ、パンを浸けて食べることもあるよ! そのテーブルにあるのはトッピング。好きに載せて使って! あと――」

みんなが聞いているかどうかは微妙だけど、まあいい。腹が落ち着けば、オレのやり方を真似るだろう。


カレーが行き渡るのを確認してオレも席に着いた。

全員の視線が、オレへ集中している。

まだ、食べたことのない食べ物。

見た目が、良いとは言えない食べ物。

だけど、美味いに決まっていると確信したぎらつく瞳。

「それでは――。い」

ただきます、と本当に続いたろうか? 渾身の早口で言い終えた皆が、早押し勝負のごとくスプーンを引っつかんで目の前の皿に突っ込んだ。


オレは、さっき味見した。それに、魔族カレーも食べている。

だから、慌てる必要はない。そう、まだまだカレーはたくさんある。

がっつく必要がないって知っている。

『なら、もう少しよく噛んで食べなさいよ! 飲み物じゃないのよ!』

いやいや、一説では飲み物だって言うじゃないか。

熱いのを堪えて涙目になりながら、スプーンは忙しく往復する。

おいしい。

おいしい。

辛いのに、甘いと感じる不思議。いや、辛いからこそ甘さが引き立つんだろうか。


大きなスプーンでひとくち分、そっと寄せて濃厚な褐色と抱き合わせる。ごはんにとろりと絡んでさらに艶が増したそれを、山盛りにしてはぐっと食らい付く。

ああ、甘いのは、このごはんのせいもあるんだろうか。水分少なめに炊いたごはんが、カレーの中でもちゃんと己の役割を果たしている。

じんと熱い口の中へ、冷えたレモン水をごくり。

そして山盛りにしたスプーンを――。

これぞ無限ループ。

はふ、と吐息を吐き出して口の周りを舐めた。ほら、もうあっという間に半分近くまで来ちゃった。

気をつけないと……まだトッピングや他のカレーを楽しまなきゃいけないのに。

渇望が一段落したところで、ふと静かな周囲に気が付いた。

正確には、食器の鳴る少々行儀の悪い音は聞こえている。だけど、誰も何も言わない。


あれ? いつも美味い美味いと言うのに。

顔を上げたところで、勢いよく椅子を引く音が聞こえた。

「ジフ! 皿が小さいぞ!」

言いつつ自らおかわりをよそうカロルス様。おかしいな……そうなると思ったから、カロルス様のお皿は特大だったのに。タライの方が良かっただろうか。

「えっ、これ何が正解?! 僕どれを選べばいいわけ?!」

「ユータ! こんなの、選べねえよ?! 全部かければいいか?!」

続いたセデス兄さんとタクトは、カレー鍋の前でおろおろしている。いいじゃない、2人は全部食べたってお腹に入れられるんだから。オレはお茶碗サイズにして、せいぜい3種類だ。

澄ました顔でエリーシャ様もいつの間にかおかわりを入れ、ラキも悩んだ末に2種類相掛けカレーにしている。


「なんだ、これは……飯が流れ込むように腹に入るぞ?!」

感極まった調子でカロルス様が声を上げ、さらに頬ばった。もはや、スコップで食べたいとでも言いそうな様子だ。

「カロルス様、トッピングは? トッピングも入れると美味しいよ!」

「何っ?!」

ぎらり、と全員の目が光った気がする。

ずばっと伸ばされた手が、それぞれ獲物をつかみ取って引き上げる。虎視眈々と残るトッピングを狙う視線が凄まじい。だけど、一通り全員分用意したと思うけど。

『甘いな主、野菜は余るだろ? だけど肉系は1人一個じゃあ足りない』

『戦争が起こる』

チュー助の台詞に、チャトが被せて言った。

いやいや……肉はそれぞれ1種類と言えど、オレの貯肉の全種類あるんだよ? 余るからね?! やめて、争わないで!!


とは言え、オレは自分の分さえ確保すればそれでいい。あとは野となれ山となれ、だ。

カツ1枚を食べるなんてどだい無理な話なので、オレは一切れずつ確保して、残りはタクトの皿に入れた。嬉しげな顔をするのでWin-Winだろう。

ほら、これでスペシャルカツの完成だよ! ……全部食べるのは、ちょっと無理かもしれないけど。

「え~僕も色々食べたい! けど一切れずつとか悔しい~もっと食べたい~! ユータ、これ一体何が入ってるの~? 食欲がわき出してくるんだけど~!」

ラキがうんうん言いながらトッピングをチョイスしている。

オレは山盛りになった自分のカツに戦々恐々としつつも、スクランブルエッグを追加する。あ、温泉卵も必要だ!


『見た目が酷いわ……』

『ごちゃごちゃ』

モモと蘇芳の残念そうな声も何のその、味は保証付きなんだから!

スクランブルエッグと共にひとくち。優しい卵とバターのほのかな香りが加わって、カレーの辛みを柔らかく包み込む。急に洋の要素が加わって上品な気さえする。

さらに大胆にも真ん中からスプーンで割った温泉卵は、あふれ出した濃厚な黄身をたっぷり絡めてひとくち。当たり前だよね、美味しいのは決定事項だ。抜群にカレーと相性がいい。

スプーンでカットできるカツは、半分カレーを吸い込み、半分カリリと。しっとり馴染んだ衣の香ばしさ、直に感じるお肉のガツンと感。

美味い。

思わず渋い声で言ってしまうくらい。


「カレー……これが、カレーなのね……! ユータちゃんが執着するのがよく分かるわ! これは他の物で代替できない、唯一だわ!」

「本当に、既に忘れられない味になりそうです!」

そうでしょう、日本にいた頃よりも何ランクも上に仕上がった至高の逸品だもの。これを最高と言わずして何と言う!

「はー、これが毎日でもいいや! だけどすんごい太りそう~」

今で何杯目を食べているんだろう。セデス兄さんがトッピングをどさどさ載せながら苦笑している。

「本当に、食が進んでしまいますね。つい食べ過ぎて、翌日が心配になりそうです」

うーん、執事さんが何杯も食べちゃったら、やっぱり食べ過ぎだろうか。もし翌日の体調不良なんてことになったら、責任もって回復するからね!


「ユータ、俺これからずっとカレー食いたい!」

「僕も~! さすがに毎日じゃなくていいけど、1週間に1回はカレーがほしいな~」

両側から期待に満ちた視線を送られ、くすっと笑う。

「いいの? 作り置きできて便利だけど、カレーばっかり増やしたら他のお料理が減っちゃうよ?」

小首を傾げてみせると、愕然とした2人がぶつぶつ言い出した。

「じゃあ……白飯の代わりにカレーを……。いや、ダメだ、肉の時は白飯がいる……」

「それなら1月に1回くらいに……う~、それじゃあ我慢できそうにないし~」

本気で悩み始めた2人、まだ勢い衰えずガツガツしているカロルス様、そしておかわりし続けている他の面々。

ほらね、みんなトリコにしちゃうんだから。

カレーパーティーは大成功。これからもきっとカレーがこの地に根付いていく。

まだ半分以上残っているスペシャルカツを見ないようにして、オレは腹をさすって満足の吐息を吐き出したのだった。



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サポーターの皆さま、また通知が来てました!

カクヨムサポーターさん企画の中間発表第二弾ですと?!

ありがとうございます……!!65位、まだちゃんと順位内に入れていただいてました!!嬉しいです(>_<。)ギフトでコメントいただいても返信できないのが心苦しい……! 普段のコメントも含め、大事に大事に読ませて貰ってます。

原稿やコラボや展示会やで更新滞ってましたが、限定ノートの方も頑張りますね!!!

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