第695話 柔らかな灯
それから、赤くなるより寧ろ青くなったエルベル様にオレの方が機嫌を悪くしたり。
一生懸命言い訳するのをふて腐れて聞いたり。
だって、うっかり褒めちゃったのって、そんなに失言?! オレってそんなに褒められる要素ない?
そんなだから、もっと素直にって言われるんだよ。
プリプリしながら並木道を歩いた先で、足を止めた。
「う、わぁ……わくわく、する……!!」
黒の瞳には、きっと写り込んだ灯がきらきらと輝いているだろう。
「わくわく……?」
首を傾げて流れた絹の白髪が、ランプの灯りを受けてほの温かく浮かび上がっている。
隠れ里だもの、ヤクス村みたいな場所を想像していた。
素朴で、のどかで、質素な雰囲気。そう思っていた。
なのに、これが、隠れ里……?!
まるで、要塞がそのまま町になったみたい。
岩壁に張り付くように、様々な建造物が末広がりに広がっている。遠目には、里自体が巨大なひとつの建造物に見えるだろう。
両手で抱えるほどの石を複雑に組み合わせて作られた道、壁、階段。不揃いな石ががっちりと隙間なく組まれているのは、ヴァンパイアの馬鹿力で都度削ったものだろうか。日本の石垣と違った印象を受けるのは、きっとどこもかしこも曲線だから。滑らかな曲線を描いた道が、自由に枝分かれし、蛇行しながら徐々に坂道を上がっていく。
要塞だと思ったけれど、こうして間近くその場に立ってみれば、受ける印象はとても柔らかい。
オレたちの町は、どちらかと言うと直線。魔族の国は不規則でいびつ、そしてヴァンパイアの里は、滑らかな曲線。町並みを構成する材料自体は、多分そんなに変わらない。だけど、それぞれの印象はこんなに変わるものなんだな。
そして、何よりも。
常闇のダンジョンの中にある夜の里は、他の町の夜とは全く違った。
冷たい石造りであるはずの光景は、これでもかと並ぶ様々なランプに照らされ、色とりどりの光が揺らめいている。
大小様々、それでもひとつひとつは小さな灯り。決して目を射ることのない、お月様に似た光。
ランプって、こんなにも鮮やかに彩りが生まれるんだ。
ランプって、こんなに優しい光なんだ。
柔らかな曲線と、温かな光。これが、ヴァンパイアの里なんだな。
「きれい……」
自然と感動のため息が零れた。
「まあな。美しいだろう」
一見冷たい石造りの町並みは、踏み込んでしまえばこんなに優しくて温かい。
オレは誇らしそうなその顔を見上げて、にっこりと微笑んで頷いたのだった。
門番らしき人が畏まってお供しようとするのを断って、オレたちはゆっくりと里を歩く。
全体的な道や壁は石造りであるものの、家屋は主に木造が基本らしい。
木造家屋も全体的に丸みを帯びて、どことなくメルヘンチックで可愛らしい。ヴァンパイアの人たちって抜けるように色が白くて、繊細でクールな美しい顔立ちだから、どこかミスマッチ感を抱いてしまう。でも、だからこそ柔らかで温かいものに惹かれるのかもね。
ちっとも統一されていない様々なランプは、それぞれの住人が取り付けているからだそう。
玄関扉付近にある一際目立つランプは、表札代わりになるんだろう。見渡す範囲、どれも違ったデザインで誇らしげに家を彩っている。
この里でのランプは、灯りじゃなくて飾り。だってヴァンパイアたちは闇夜に不自由しないもの。
お花を植えるように、ランプを飾る。
歩いていると、皆それぞれに色んな飾り方をしているのが楽しい。
道行く人はそう多くないけれど、当然ながらビックリした顔をする。慌てて頭を下げるのに鷹揚に頷くエルベル様は、やっぱり王様なんだな。どうしていいか分からないオレも、ぺこりと頭を下げる。
もっと、嫌な顔をされるかと思ったけれど、そうでもないみたい。不思議そうに見つめられはしても、悪意は感じない。
「もっと、石をぶつけられたりするかと思った」
くすっと笑うと、エルベル様が呆れた顔をする。
「俺の客人にそんなことをする者がいれば、どうなるか分からないか」
そうだった。いくら小さな里の気さくな王様と言えど、さすがに首が飛びそうだ。
「それにお前、そんなことを思ったくせに、来たがったのか」
むに、と頬を引っ張られ、振り払って唇を尖らせる。
「そりゃあ、隠れ里なんて魅力的な場所、行きたいに決まってるよ! こんな素敵な場所だって知っていたら、もっと早く行っていたのに! 何ならこっそり行ったのに」
なら言わなくて良かった、なんて鼻で笑われた。
だけど、こんな素敵な場所なんだもの、他の人だって知れば行きたくなるだろう。
たくさんの人が押しかけると問題があるだろうし、何せ場所はダンジョンの中。
ゆくゆくはヴァンパイアが開催する『転移で行く! 神秘の隠れ里見学ツアー』なんていいんじゃないだろうか。
『もはや、何も隠れてはいないわね……』
モモがふよふよ揺れている。だけど、隠れる必要がなくなれば、それはそれでいいことではある。
いつか、そうなるといいな。
様々な町を思い浮かべて微笑み、オレはまた里の人にぺこりとやった。
「結構な高さだね」
展望台のように突き出した道の端に座り、足をぶらつかせる。多分、この出っ張りは下のお店の屋根になってるんだろうな。
オレに倣って腰を掛けた王様は、どうやら魔族の星持ちよりも庶民派らしい。
下を覗き込めば、家4つ分くらい下にやっと道がある。
「そう言えば、ここはあんまり柵がないんだね。落ちたら危なくない?」
それとも、ヴァンパイアの人はみんなグンジョーさんやナーラさんみたいにキリッとしていて、ミスを犯さないんだろうか。
「危ない? ……ああ」
一瞬不思議そうな顔をしたエルベル様が、にやっと笑って立ち上がった。
「あ!」
そのままふらりと後ろへ――
泡を食ってついオレも追って飛び降りたところで、強い腕に引き寄せられた。
「なんでお前が飛び降りるんだ」
すとん、と地面に下り立ったエルベル様が、じとりと紅玉の瞳を鋭くしてオレを見る。
「お前は、落ちたら危ないんだろうが」
「オレは、危なくないもの。エルベル様は大丈夫なの?」
だってオレには
「つくづく、お前はヒトの枠ではないな。それと、ヴァンパイアがこの高さを苦にするわけがない」
言いながら、エルベル様はオレを抱えたまま跳躍した。
途中、壁面の出っ張りを蹴りながら、さらに跳ぶ。
……この出っ張り、飾りじゃなかったんだ。もしかして、ヴァンパイアの階段みたいなもの……?
「つくづく、ヴァンパイアってヒトの枠を超えてるよね……」
なんなく元の場所に戻ってきて、オレは半ば呆れた顔をする。そうだ、ヴァンパイアってみんながマリーさんみたいなものだった。
彼らはこのくらいの高さから落ちたところで、どうということはないんだろう。
「だから、お前が言うな」
オレの額を小突きながら地面へ下ろし、まだ歩くか? と彼が小首を傾げる。
「もちろん! オレ、お店にも――あ、でも、エルベル様とお店に入っちゃダメだよね? ナーラさん、ううん、門番さんならいい?」
オレが立ち寄ったせいで王族御用達! なんてことになっちゃあ困る。一人でうろつくのも御法度だろうし、門番さんなら、と見上げた。
「行きたいなら、俺と行けばいいだろう。何も問題はない」
エルベル様が踵を返して歩き出し、オレは慌ててふて腐れた彼を追いかけた。
本当に大丈夫かどうか知らないけれど、王様がいいと言うならいいとしよう。それに、オレだってエルベル様と遊びたい。
隣に並んで見上げ、にっこりと笑った。
「いいの? じゃあ、どこに行く?!」
「適当に歩くから、行きたい店に行けばいい」
少し機嫌を直したらしい王様が、ぶっきらぼうにそう言った。
石畳には、ランプの光で方々に伸びるオレたちの淡い影が並んでいる。
高低差のある影に苦笑して、ふと気が付いた。
エルベル様は、基本的にオレを抱っこしたりしない。
自然と、同じ位置にいる者として扱っている。
力のある、彼とオレだから。
それは、彼にとっても、オレにとっても、とても大切なことのような気がした。
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朝更新できなかったので本日昼更新!
14巻の表紙イラスト出ましたよ~!!可愛い!!素敵!!
管狐乱舞~~!
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