第680話 一石二鳥

あのね、余ったら差し上げようと思っていたんだよ。

だから、申し訳ないと思いつつ先にいただいていたんだけど。

おかしいよね? 確かに騎士様なんてすごく食べそうな大人が2人増えたとは言え、他は細身の男性と女性、そして子どもだったんだよ?

「あ、余らなかった……??」

そんなこと、ある?! だってオレたちが狩ってきた獲物は相当な大きさで……もも肉だって相当な重量で。

1人焦るオレとは裏腹に、食後のみんなは満ち足りた輝きを放ちながら腹をさすっている。周囲の恨めしげな視線を気にしているのは、どうやらオレだけらしい。


「えーとその、お食事はもうないけど、クッキーくらいなら……」

分かっている、美味しい唐揚げの匂いだけを堪能したお口に、クッキーは絶対に違うってこと。だけど、収納にいつも入っているのは何かしらの餌付け――いや、突発的に必要なお礼用として飴やクッキーくらいしか……。

「ユータ、それどうするの?」

「なんだか申し訳ないから、お近づきの印? に配ろうかなって」

キラリと目を光らせたミーナだけど、さすがにもうそのお腹には入らないだろう。



「――さあ皆さん! こちらへお並びください! このシュラン、今後は昼間に試飲……えっと、ユータなんだったかしら?」

「テイスティングバー?」

「そうそれ! テイスティングバーとしてオープン致します! 先ほどの唐揚げもメニューとして採用予定ですのでぜひ、ご贔屓に!」

ざわり、周囲が一気に色めいた気がする。

ごくり、と鳴った喉の音が聞こえた気がする。

わっと集まって来た人達の熱気がすごい。


「テイス……それは、さっきのあの美味そうな食い物の店なのか?!」

「とりあえず、その菓子はいくらだ?! それをくれ!」

完璧な営業スマイルを浮かべた子どもたちが、クッキーを2枚セットにして上手に紙に包み、紐をかけて渡す。同時にテイスティングバーについて書いた宣伝紙も渡しているようだ。

食べ物への欲求が高まりに高まった周囲の人たちは、鼻息も荒く列に並んでくれる。渡すのはクッキーなんだけど……でも、この様子だとオープンすればからあげ目当てにシュランに殺到してくれそうだ。

「酒がメインなんだが……」

シュランさんは微妙な表情だけど、からあげがお酒に合うのはもう知っているはず。きっとお酒の売り上げも増えるよ!


「すごいね、咄嗟のことだったのにこんなに上手に使えるなんて」

お土産として奥さんへ持って帰ってくれる人もいるだろう。ただ宣伝紙を配るよりも、ずっと多くの人が受け取って、そして店を覚えてくれる。家人にも誘いをかけるだろう。何よりからあげを食べたいから。

ミーナはさすが頭の回転が早い。ただ何の関連もないクッキーを配るより、一石二鳥も三鳥も狙えそうなこの方がずっといい。もしかして、からあげを衆人環視の中貪っていたのはこんな計画があったからかもしれない。

感心しきりに呟いていると、ミックがたくさん用意してある宣伝紙を数枚取り上げた。

「ユータ、私なら騎士や城の者に宣伝することができるぞ! 目立つ場所に張りだして皆へ伝えよう!」

「本当?! ありがとう! 騎士様たちが来るお店になればとても安心だよ」

にっこり微笑んだオレとは裏腹に、シュランさんがえ、とかう、とか呻いて百面相をしている。だけど、お店にたくさん人が来たら嬉しいでしょう? シュランさんだって結局は乗り気でこの計画に加わったんだから。


「フン、お前が宣伝できる範囲など知れている。俺様がひと言店の名を零せば、人が殺到するに決まっている」

ローレイ様がこれ見よがしに髪をかき上げてみせると、きゃあっと華やかな声が上がる。

わ、わあ……それは凄そうだ。女性向けのラインナップも必要だね。案外、クッキーやスイーツも人気商品になったりして。本当に宣伝する気があるかどうかは微妙だけど。

「くっ……! ローレイ様、食べたのなら早く戻ったらどうです?! もう目的は果たしたでしょう!」

「お前が戻らなきゃ、戻らん! お前、俺に隠れて良い思いをするつもりだろう」

「違うこともないですが違います!! ローレイ様が羨むようなことはもうありません! 終わり!」

ぐいぐい背中を押しているミックだけど、ローレイ様ってあれで割と実力もある人だ。頑として動かない様を見て、渋々ミックも戻ることにしたようだ。


「じゃあね、ミック! オレこのお店にも時々来るから、会えるといいね!」

「余計なことを言うな小僧っ! 騎士たちが入り浸るじゃねェか!」

こそこそと耳打ちするシュランさんだけど、そんなことないと思う。ミックは忙しいもの。それに、頻繁に訪れるならお客さんにとっても安全なお店で、ありがたいだけだ。

「ああ……! 次は必ず私一人で来る!」

ぎゃあぎゃあ言い合う声にくすくす笑いつつ手を振った。オレ、ローレイ様相手だと緊張しないから大丈夫なのに。だけど、ローレイ様は大丈夫じゃないだろう、こんな路地裏に足繁く通っていい人ではない。


「ミックさんがああなのは知ってたけど、ユータ君ってローレイ様とも知り合いなんですね。凄い繋がりができちゃって、なんだか申し訳ないです。僕たちのお店なのに、ユータ君たちにこんなに色々……」

ココ博士が肩をすぼめて上目遣いにオレを窺った。結構身長差があるのに器用だなと思ってしまった自分を誤魔化しつつ、オレは頼もしそうな笑みを浮かべてみせる。

「オレも以前いっぱいお世話になったし、きっとこれからも色々お世話になるもの! あと……楽しいよ! 良いお店にしようね!」

「俺の店だが……」

シュランさんが余計な口を挟むけれど、お昼間は子どもたちがメインで働くお店になるんだから、間違いでもないだろう。


「俺らも酒が飲めたら行きつけにするのになー! 知ってるか? 酒を飲むと背が伸びなくなるんだって!」

タクトに身震いしながらそんなことを言われて驚愕した。だったらオレ、一生飲まない!! あ、でもカロルス様や執事さんと飲む約束を……。いや、その頃にはきっと身長だって伸びきっているはずだ。

悶々とするオレに、ラキがこそっと耳打ちした。

「ってアレックスさんに言われてるんだよ~、タクトは」

「え、アレックスさん?! じゃあテンチョーさんは?!」

「苦笑いしてたよ~」

以前同室だった先輩2人を思い浮かべ、オレは安堵の吐息を吐いた。

じゃあ、絶対ウソだ! 

飲みたがるタクトへの牽制に違いない。……だけど、身長がしっかり伸びるまではやめておこうかな。向こうの世界に倣って20歳までは飲まなくていいんじゃないだろうか。オ、オレの御神酒は生命魔法が含まれているんだから、大丈夫! きっと大丈夫だったはず!!


もしかしてお酒の匂いだって、鼻粘膜から吸収されるんだからダメかもしれない。なんてそろりとお店から離れたところで、むんずと首根っこを掴まれた。

「よう、お前、いくら黒髪っつってもまさかと思うじゃねェか? だけど噂は本当だったんだな、レッドモアを片手間とは笑えねェ」

シュランさんがオレに耳打ちするように声を潜めて話しをする。

噂? と首を傾げたところで、そう言えば以前王都のギルドで大変だったことを思い出した。

「し、知ってたの?!」

シュランさんを見上げると、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。なんとなく、街のゴロツキからギャングになったような微妙な雰囲気の差を感じる。

『主ぃ、それってどっちが上なんだ?』

それは……組織がありそうだしギャングの方……? いやでもゴロツキも……

『つまりそのくらい微妙ってことね』

とても興味がなさそうにモモがふよんと揺れたのだった。

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