第679話 一緒に食べる時間

「「「ユータ、今日は何作るの?!」」」

輝く瞳にわっと詰め寄られ、度々差し入れしていた効果が抜群であることがよく分かる。

結局、タクトと解体しているココ博士、そしてシシュランさんをトリミングしている2人を除いた全員が集合しているらしい。


「ふふっ、今日は大きな鳥が手に入ったからね! からあげだよ!」

「「「からあげ!!!」」」

瞳のキラキラがドンと倍盛、思わず眩しいと感じちゃうくらいだ。からあげ、みんな大好きなんだね。ミーナまで小さい組と一緒になっているのは、ツッコんだ方がいいんだろうか。


「じゃあとりあえず切る係、衣をつける係、揚げる係に分かれてもらおうかな?」

「3・3・2、今!」

途端にラピス部隊みたいなミーナの号令が響いて、彼ら8人はすかさず3つのグループに別れた。そのあまりの早業に思わずビクッと肩を揺らす。普通、こういうのって割と時間かかって分かれるものじゃない? 

「さ、ユータ早く取りかかりましょう! 私は遊撃担当するわ」

「う、うん……」

一体彼らはどんな訓練をしているんだろうか。まさかラピス部隊みたいなことはしていないよね? 


「あの、これとりあえずモモ辺りのお肉から……」

その時ちょうど、ココ博士がよたよたしながら大きなかたまり肉を運んで来てくれたので、慌てて作業用簡易テーブルを作っておく。切り分けたお肉もどんどんやって来るだろうから、スペースを確保しておかなくちゃ。

みんなが手を洗っている間にせっせとタレと粉類、油を用意しておく。大量に作るから、油のお鍋は大きいの2つ用意しよう。

「みんな、からあげは知ってるね? 大体同じくらいの大きさになるようにお肉を切って、たれを揉み込んで、粉をまぶして揚げる。一旦揚げ係も切る係を手伝ってくれる?」

「「「はいっ!」」」

つけ込む時間がないので、たれごと衣をつけて味付き衣にしてしまおう。

まずはオレがお手本を見せ、あとはもうお任せだ。遊撃のミーナがカバーしつつ、全体の指示担当をしてくれている。


「解体終わり! ユータ収納しておいてくれよ!」

「すごく大雑把な分け方ですが……。ところで他の部位は、からあげにしないんですか?」

山盛りになったかたまり肉たちを眺めつつ、ココ博士が不思議そうにしている。タクトはよくからあげ作りを手伝ってくれているので、鳥だと主にモモ部分を使うのを覚えていたらしい。

「他もからあげにはできるんだけどね、別のお料理に使うことが多いんだ!」

「なるほど、部位によって調理の仕方が違うんですね。それぞれ魔物の調理に向く部位も知っておく必要がありそうです」

ココ博士、お料理じゃなくてそっちに興味が行くんだね。だけどそういう知識に詳しくなってもらえると、オレとしてはすごく助かる! ジフは一般的な食材がメインだし、鍋底亭にはおいそれと聞きに行ける雰囲気ではなくなってしまったもの。


さて、からあげはお任せできるのでオレは次に取りかかろう。

タクトの解体は荒っぽいのでガラ部分にもたくさんお肉がついているし、細切れ肉もいっぱい出てくる。

大鍋にガラをいくつか、ついでにムネ肉のかたまりも一部放り込み、他の調理が終わる時間を見計らいながら煮込んでいく。柔らかくなれば、お肉部分はかき混ぜるだけでほろほろスープの中へ散ってくれるだろう。細切れ肉はある程度叩いて鳥だんごにするんだ。

茹でたムネ肉を少量のスープごと取り出して冷ます傍ら、せっせと鳥だんごを作って投入。あとはお野菜を入れれば鳥スープの完成だ。


手の空いたタクトはサラダ係に任命し、ココ博士を呼んだ。

「ココ博士、こっちは胸肉だよ! はい、これココ博士の分」

「わあ、全然違いますね! ……え?」

立っている者は親でも使えって言うものね! 押しつけられたかたまり肉にキョトンとしたものの、ココ博士もオレに倣って細かく割き始めた。これを入れれば、サラダだけ寂しく食卓に残るということもないだろう。みんな、欲望に忠実だから野菜だけの品があるとどうしても最後まで残ってくるんだから。

『スオーも、手伝う』

こういう作業が好きな蘇芳がいそいそとやってきたので、ココ博士の分を分けてあげた。だけどこれ、結構手がべたべたになると思うんだ。終わってから蘇芳のご機嫌が急降下しないといいんだけど。


「カット、終わりです! いい匂い!」

「採寸、見立て完了です! お腹ぺこぺこです!」

元気な2人組が飛び跳ねるようにやって来て瞳を輝かせた。一方のシュランさんは立っていただけのはずだけど、ぐったりとへたり込んでいる。

ぼさぼさに伸びていた髪や髭が綺麗に整えられ、まるで別人になったみたいだ。

「わ、シュランさんって結構男前だったんだね!」

「あァん? なんだ今さら」

項垂れていた顔を上げると、満更でもなさそうに髪をかき上げてみせる。こざっぱりとした姿は、どこか洒落ていてバーテンダーやソムリエみたいな雰囲気を醸し出している。今は小汚い格好なのでいまいち冴えないけれど、さっきの採寸で衣装の見立てもしてくれたそうなので、きっと格好いい服があてがわれるはずだ。

「すごいよ、これならお店に立っていても追い出されないよ!」

「はァ?! なんで店主の俺が追い出されなきゃいけねェんだ!」

だってあのままじゃ店に難癖つけに来たゴロツキにしか見えなかったもの。


「ははは、見たか! 俺様の見立て通りだ。来て良かっただろうが」

「全く良くありません。なぜ付いてきたんですか」

きゃっきゃと響く子どもたちの声に混じって、聞き覚えのある声が近づいてきた。

「ミック! と、ええとローレイ様!」

周囲がにわかに色めき立って、彼に視線が集中している。特に女性からの熱烈な視線を浴びながらも、ローレイ様は気にも留めずにからあげを見つめている。

ローレイ様って割とお偉いさんのはずだけど、街の見回りなんてするんだろうか。

「ユータすまない、今日は撒けなかった……」

「お前、やっぱり俺から逃げようとしていたな?! 自分だけいい思いをしようなど、片腹痛いわ!」

相変わらずの2人にくすくす笑いつつ、ちょうどいい頃合いにきたものだとテーブルへ案内した。察した子どもたちが、どんどん食事を盛り付けて運び始める。


「す、すまない、食事時を狙ったわけでは……」

「考えが浅いな! 俺は狙い通りだったぞ」

「ローレイ様はちょっと黙ってていただけますか」

恐縮しきりのミックと、ふんぞり帰るローレイ様。この2人、というかローレイ様がいると目立ってしょうがないけれど、まさか追い返すわけにもいかない。

「ローレイ様、こんな質素な所でお食事しちゃっていいの? それにオレたち、マナーも何もないよ?」

「フン、野外で食事することを思えば上々だろう。構わん、許す」

「許さなくていいので帰っていただけます?」

彼がいいならそれでいいか。言い争う2人も、目の前にからあげが到着するとピタリと静かになった。


「じゃあ、どうぞ!」

言うが早いか、ローレイ様が俊敏な動作でからあげを頬ばった。マナーもへったくれもないのは、そういえばこの人も同じだったね。はふはふ言いながらほっぺをぱんぱんにしている様を見て、子どもたちもどこか安堵した様子だ。

「オレたちもいただきます!」

「「「いただきます!!」」」

狙うは皆同じ、茶色く魅惑的な姿をして湯気をたてているそれ。

ザク、と走った一瞬の歯ごたえをかき消すようにあふれ出す肉汁。現われたぷるりとしたお肉と、歯触りの良い衣、頬ばった口の中いっぱいに幸せが広がった。

「「「美味ーーい」」」

揃った声と、ぴかぴかに紅潮したほっぺ。

あとはもう、みんな入り乱れての食卓戦争だ。


あちこち肉汁や油でべとべとにしながら、テーブルに色んな食べこぼしをまき散らしながら、みな夢中で貪っている。

ガチャガチャ、ザクザク、カチン! 色んな音が入り交じってまともに会話が聞こえないくらい。

なんて、お行儀悪いんだろうね。

そして、なんて美味しそうなんだろうね。

みんなの声はだんだん大きくなって、ますますなんて言ってるか分からない。

オレは美味しいと楽しいでいっぱいになりつつあるお腹をさすって、大きな声で笑った。

「ご機嫌だな!」

「美味しいもんね~」

絶対にみんな聞いていないと思ったのに。

左右から頬をつつかれ、オレはなんだか嬉しくなってまた笑ったのだった。




ーーーーーーーー


「酒だ、酒!! 酒店だろう?!」

「いいすね! さすがローレイ様!」

「ちょっ?! 子どもがいるんですよ?!」

『スオーのお手々……』

「やだローレイ様ってばお茶目……!」

「もも肉とムネ肉にこんなにも違いが……他部位も食べ比べてみる必要があります……」


……みんなきっと、一斉にしゃべってる。

そしてきっと、周囲の人達が泣いてる(笑)





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