第676話 W妹の暴走?

「ミックさん、今日は子守かい? ガウロ様んとこの?」

「あ、いや、彼はそういうのじゃ……優秀さは随一に違いないけれど」

おじさんはこちらへいい笑顔を向けつつ、手際良く鉄板にバターを落として広げた。

「優秀かあ! ほらぼうず、優秀な顔が焦げるぞ」

屋台のへりに掴まって伸び上がるように覗き込んでいたら、そんなことを言って笑われた。

「確かにユータは顔も優秀だが……」

真面目な顔で頷いて続けようとするミックは、腿を叩いて止めておく。


おじさんは面白そうにミックをからかいながら、パンケーキみたいな生地に砕いた木の実らしきものを匙一杯、ぐるっと混ぜてひとすくい分ずつ鉄板に広げた。

良い香り。ほの甘い生地の懐かしい香りと、バターに焦げる木の実の香ばしさ。

オレたちは一通りの買い物を済ませて、シュランへ戻るところだ。目星を付けていたお店を巡りつつ必要なものを買いそろえられて、今日のオレは大満足だ。まさか、1日でこんなに色々できるとは思わなかった。

それもこれも、ミックのおかげだ。必要な物メモを受け取ると、オレが店内をきょろきょろしている間に揃えてくれるし、見つからない物は実にスマートに店員さんへ尋ねてくれた。

「いや、そのくらいは……手早く買い物を済ませる必要もあったからな」

大いに感謝するオレに、頭を掻いて謙遜するのもなんだか格好良く見える。


チャ、チャ、と軽い金属音を響かせて薄く平べったいパンケーキみたいな生地がひっくり返された。クレープより分厚くて、黄色っぽいから卵が結構入っているのかな?

「ほらよっ、木の実パン2つ!」

裏返して間もなく、サッと鉄板から取り上げて刷毛で何かを塗り、ぱらりと木の実を散らして二つ折りに。あっという間の早業に目を白黒させていると、ミックが受け取ってくれた。

あれ、2つ? 渡された包みが3つあるのに気付いて見上げると、おじさんがキザっぽくウインクしてみせた。ぱっと顔を輝かせてミックを見上げると、大人顔を崩して頷いている。

「ありがとう! また来るからね」

「へい、ご贔屓に!」

オマケと言うには太っ腹なサービスをしてもらい、オレはほくほく顔で包みを抱えた。熱を通しにくい固い葉っぱ越しにも、ほの温かい木の実パンの柔らかさを感じる。熱せられた葉っぱからは、微かに笹のような香りを感じた。


「ユータ、そこで食べようか」

抱えた胸元の温かさと香りを楽しんでいると、ミックの腕がさりげなくオレを誘導して花壇前の石段に到着した。

ミックがあれもこれも美味しいと言うので、実はあちこちで食べ歩いてお昼はそれで済ませちゃっている。おやつにはちょっと遅いけど、このくらいならきっと夕飯に影響は出ないだろう。

わくわくと包みを開け、半月状に畳まれた木の実パンを取り出した。おじさんが持っていた時は小さいと思ったのに、オレの両手よりずっと大きい。

2人並んでいただきますすると、大きな口を開けてひとくち! 食べ物の最初のひとくちはね、思い切ってあむっとやるのがいいんだよ! ちょっとばかり口の端からこぼれ落ちたって構うものか。

くすりと笑ったミックが、オレの口の端を拭った。


ナンっぽいかと思ったけれど、もう少し柔らかくて、歯切れが良い。塗ってあるのは蜂蜜を伸ばしたシロップだろうか。頬ばった口の中で生地に混ぜ込まれた粗挽き木の実と、最後にふりかけられた大粒の木の実がカリリと主張する。シンプルで、素朴で優しい。まるで、おとぎ話に出てくる森の小人のおやつみたい。

「ほら、喉に詰めるぞ」

差し出されるままに喉を潤した飲み物に首を傾げる。これ、いつ買ったの?

「ユータが屋台に貼り付いている時だよ。それも割と美味いだろう」

自然な動作でコップをオレの手から受け取り、いつの間にかミックの手にあったオレの食べかけが戻される。

つい笑ってしまって、ミックが不安そうに眉尻を下げた。

「あ、ううん。ミックってお兄ちゃんなんだなあと思って」

ミーナが小さい頃は、きっとこうだったんだろうな。オレは見た目がこんなだから、いつも小さい子扱いはされるけれど、今日はなんだかくすぐったい。


「そ、そうか……? ユータを妹扱いしたつもりはなかったが……」

ばつが悪そうな顔を見上げて笑う。ミーナはしっかり者だから、今やミックが面倒みてもらってる部分もあるもんね。

「私も、お兄ちゃんにこんなお姫様扱いされた覚えはないんだけどなぁ?」

目の前に落ちた影と声に、二人して驚いて飛び上がった。

「ミッ、ミミミミミーナ?! いつからっ?!」

「いつから? うーん、まあ、想像にお任せするわ。うちの情報網を甘く見ないことね!」

そう言えば、ガウロ様の館で鍛えられている子たちを主に統率しているのはミーナだった。もしかしてあの子たちって街中の情報収集能力半端ないんじゃ……。


「えっと、ミーナはもうお仕事終わり?」

「ええ、だから迎えに来たの。だってユータの用事ももうすぐ終わりでしょ? そしたらお兄ちゃんが脱走すると思って」

脱走? 首を傾げたけれど、ピクッと反応した隣の青年を見るに図星だったようで。

「だ、脱走とは人聞きの悪い……ちょっと仕事に戻ろうかと思っただけじゃないか」

「どうせ今日はユータとデートのために休みにしたんでしょ? じゃあ仕事はしないの!」

え、それで良かったんだろうか。だけど、以前ミックは休みが余りに余っているから使うように言われていたし……。


結局オマケにもらったパンをミーナにあげて、3人で連れ立ってシュランまで戻る。徐々に暗くなってきた通りは、昼間とはまた違った人たちの街になったみたいだ。

「ここね! ホント、きったない。ユータの言う通りまずは掃除じゃない?」

道すがらシュランのことを話していたから、ミーナも一目で顔をしかめて扉へと手を伸ばした。その手を越えて、先に取っ手を掴んだミックがミーナの前へ回る。

目の前を背中に塞がれ、ミーナが少しばかり唇を尖らせてぺしりと叩いた。

「あいつ、さすがに俺が来ると分かって飲んでいたりしてないだろうな」

小さくぶつぶつ言いながら、うるさい扉を押し開く。


「あっ、とっ! へへ、お待ちしてましたよォ!」

サッと背後に何かを隠し、店主がふらりと立ち上がってお酒の塔に背中をぶつけた。

「飲んだな」

「……ウチは酒屋でしょォ? 試飲も商売ってヤツでさァ! ちょっと、ほんのちょびっとだけ」

店内のアルコール臭に、オレとミーナが顔をしかめて鼻をつまむ。これだけで酔っ払っちゃいそう。

「飲むなとは言わんが、お前は適量を知れ。他人に迷惑をかける」

「へいへい、今日は大丈夫ス!」

だけど、試飲かあ。

ミックが店主と品物を確認してくれている間、店内を見回した。

「確かに、ジフが買い付けるくらいお酒の種類とか質はいいんだと思うんだ。じゃあ、試飲できたらお店も人気になるかもね」

「ええ~こんな汚い場所に来る人は限られると思うわよ」

「お掃除できないって言ってたしね。だけど、それなら一部分だけでも……」

そう、ここに壁を作っちゃって、お店を開けたら即カウンターと壁にしちゃえばどうだろうか。その範囲なら一度掃除すればそうそう汚れることもないだろうし、奥がどんな廃墟でも見えさえしなければないのと同じ! ……だろうか。


「ふうん? 面白そうね。屋台風店舗みたいな感じ? お昼間はあの人も一応マトモなんでしょ? じゃあそうやって営業するのもアリね。多少人を雇えるなら、ウチから勉強も兼ねて派遣すれば……」

あの人は昼間もあんまりマトモじゃなかったけど、まあ、許容範囲内だろうか。



「――じゃあ、清潔感を出すために白系で統一した方がいいのかな?」

「ううん、若い女性がメインじゃないわ、黒を基調にワイルドな雰囲気を前へ出した方がアラも目立たないわ! うん、それでいきましょう」

ミーナがぱん、と手を叩いて立ち上がった。オレも満足を顔に浮かべて手を払う。床の汚れの上へ線を引いて、既に新たな壁の位置まで計算ずみだ。


「やけに盛り上がっていたが……どうした? ユータ、品は問題ないから帰ろうか。送るよ」

ちょっとばかり不服そうなミックに、ミーナがにっこり笑みを浮かべて店主へと向き直った。

「話はまとまりました! あとは、あなたの見た目ね!!」

「は? 見た目?」

腰に手を当てたミーナが、ぐっと胸を張ってばちんとウインクしてみせた。

「さあ、シュラン改造計画よ!!」

「おーっ!!」

オレとミーナは飛び上がってハイタッチした。新しいことを始めるって、わくわくするね! 


「……なんで俺抜きで話がまとまってんだ……??」

呆けた店主を横目に、今ばかりはお前が一番マトモだとミックはため息を吐いたのだった。





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*ローソンさんで13巻特典SS『可愛いお前と可愛くないお前』の印刷始まったみたいですね! ファミマさんやセブンイレブンさんでも近々登場かな? ぜひ読んでいただけますように! 私は好きです!!(笑)


なんとか更新~~~!

薬を飲みつつ起きていられる時間が長くなったひつじのはねです。ほぼ同時期に罹患した家人はすっかり元気なんですが、どうしてこんな長引いているんでしょうね……少しずつ頑張ります! ご心配のコメントありがとうございます!!

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