第661話 これぞ幻獣店
店舗入り口で弾むモモをキャッチすると、手の平の上でまふんと扁平になった。
『あー……なんというか思いの外うまくまわっちゃったと言うか……なんとかなっちゃってると言うか……』
気まずげにそう零し、ふよふよと揺れる。
『あのね! チュー助とルルがお客さん来ないねーって言ってたから。だからぼく、ユータみたいにお客さん呼んで来たんだ!』
店の外では、シロがにこにこしながら弾んでいる。誘われるように表へ出て、日の光に煌めく毛並みへ手を滑らせた。
「そうなの? すごいね! だけど呼ぶって、どうやって呼んで来たの?」
シロはそこにいるだけでも十分看板犬になっている気がするけど、それにしたっていきなりこんな繁盛はしないだろう。
『あのね、モモが幻獣とか、魔物を飼ってそうな匂いの人を探せばいいって教えてくれたから!』
ぱあっと笑顔が咲いて、しっぽがぶんぶんと揺れる。
なるほど、それは素晴らしい作戦かも。だって幻獣店なんて、利用すべき客はごく一部の限られた層のみだ。それを着実に判別して引っぱってこられるなら、こんなに効率のいいことはない。
『だからね、匂いのする人の所へ行って、一生懸命こっちに来てってやったんだよ! こんな風に!』
シロが身体をすりつけるようにくるくるとオレの周囲をまわって、きらきらと訴えかける瞳でじいっとオレを見つめる。そしてちょいちょいと鼻先でつついてみたり、さりげなく押してみたり。
『こうするとね、みんなついてきて欲しいって分かってくれるんだよ!』
『まさかそんなにうまくいくと思わなかったのよ……。生き物を飼育している人たちだから、相性ばっちりだったみたいなの』
ああ……シーリアさんほどとは言わないけど、少なくともシロを怖がるような人種ではなかったんだろう。
「今いるお客さんたちもそうやってシロが連れて来たなら……そっか、なるほど」
好きなんだね、幻獣や生き物が。そりゃあ、この状況のお店にデレデレになるに違いない。そして、そんな人たちが間違った金額を渡すはずがない。むしろ多く渡している可能性があるけれど。
『多くてもいいと思うぜ! 俺様たちの接待料金だからな!』
『そうらぜ! 「てっちゃいろーきん」らかや!』
すっかりお仕事をしているつもりのアゲハが、チュー助に倣って腕組みしてふんぞり返る。
『一応、釣りの出ないよう渡してとは言ってあるのだけど。チュー助が』
う、うーん。大丈夫じゃなかったとしても今さらだ。計算できない人が店番することもある世界なんだから、大目に見てもらえるだろうか。
「ユータまだ~? 何してるの~?」
ひとまず何から手をつけたものかとお客さんの間をウロウロしているうちに、しびれを切らしたラキが顔を覗かせた。あ、そう言えばシーリアさんを忘れてた。
「……で、どうしてお店がこんなに繁盛してるのかな~?」
店内の様子をひと目見て、ラキがじっとりとこちらへ視線を向ける。
「ち、ちがうよ?! オレじゃないよ!」
『召喚獣の行動は、主の責任』
蘇芳がそんなことを言って、重々しく頷いている。え、これもオレの責任になるの?! 不可抗力すぎるんですけど!
「オレのせいじゃなくもないかもしれないけども! でも!」
「うん、まあユータのことだから~。それでルル、シーリアさんが寝ちゃったんだけど、どうしたらいい~?」
ラキは言い募ろうとするオレの台詞をあっさり聞き流し、ルルに声を掛けている。
忙しそうに棚を駆け回っていたルルは、『シーリアさん』と聞いてピクリと耳を動かした。
「クィ……ククイッ!」
大きなため息と共に、やれやれと肩をすくめ、奥の階段を指したようだ。
「……で、ユータこれはなんて言ってるの~?」
「え? 今のは分かったでしょう?! 『こんな忙しくしているっていうのに、本当にご主人ときたら……しょうがない、上で寝かせてきて』って言ってるんじゃないの?!」
「うん、分かるわけないね~」
ラキは爽やかな笑みを浮かべて引っ込み、シーリアさんを抱えたタクトと共に階段を上がっていった。
『ちょっと主ぃ! ぼさっとしてないでちょっと手伝ってぇ! 人間なんだからさあ!』
『あうじぃ! ちょっちょてつらって!』
何を隠そう、右往左往するだけで役に立っていなかったのがバレたようだ。ここは人間代表として、彼らができないことをしなくてはいけない。
『ちょうどいいから、あなたも幻獣になったら?』
からかうようなモモの台詞に首を傾げ、ぽんと手を打った。
お触り厳禁の幻獣が一匹、スタッフとして追加された。
カウンター内に陣取ったオレは、せっせと帳簿つけとレジ係をやっている。こればっかりはみんなには難しいからね! オレじゃなきゃできない役割でしょう?
『何と比べて得意になってるんだ』
オレよりさらに誰の手も届かないカウンター奥のテーブルで、チャトがしっぽを揺らしながら大あくびしている。そして蘇芳は同じテーブルで一生懸命お金を分別していた。ええと、まあ、数えやすくていいかもしれない。
「なんだこの店、最高かよ……次からも来るわ」
「視界にかわいいが大渋滞よ……」
生き物好きさんばかり来たことにより、評判は上々だ。店内に入ったお客さんたちは、買い物をすませても中々出ていかない。
だけど、オレたちは普段は働いていないんだよ。慌てて手元のメモ帳に書き込むと、サッと掲げてみせる。
「ん? なになに……『オレたちは臨時スタッフです。普段は店長と仮店長しかいません』?」
心得たルルが、サッと後ろを向いて背中の『仮店長』の文字を見せてくれる。
「わあ、仮店長なのね! かわいい~! 残念だけど、仮店長はいてくれるのね」
シーリアさん、もう店長を交代した方がいいかもしれない。次に来たらシーリアさんの背中に仮店長、と書かれているかもしれない。
そのうち、シーリアさんを寝かせたらしい二人が下りてきた。
「なにか手伝……ユータ、なにそれ~?!」
「すげー! ふわっふわだ!」
目を瞬かせた二人が、駆け寄ってきて相好を崩した。
そう言えば、二人に会った時は既に着ぐるみは脱いでいたんだっけ。その割に、すぐにオレだって分かるんだね。
「これね、マリーさんたちが作ってくれて……」
説明しているっていうのに、瞳を輝かせたタクトがわしゃわしゃとオレを撫で回し、あまつさえぎゅうっとぬいぐるみのように抱きしめる。
「柔らけー! モモみたいにやわやわなのに、ぬいぐるみみたいにくたってしてねえし、なんかすげえ!」
……だって、オレが中に入ってるからね?! 遠慮なく扱っているけど、中身、オレだからね?!
「次、僕も~!」
だから! 中身、オレだからね?! ラキにまで抱き上げられ、着ぐるみの中で胡乱げな目にもなるってものだ。この二人は本当にちゃんと分かっているんだろうか。
ただ、そんなに触り心地がいいなら、オレだって人が着ている状態で触ってみたい。だけどこの着ぐるみサイズだと二人には着られないだろうし……。
そこまで考えたところで、オレはにんまり笑ったのだった。
「――わ~~ホントだ! 不思議な感じ! 弾力があって生き物感があるからいいね!」
居心地悪そうな炎みたいな毛色の幻獣を抱きしめ、すりすりと顔を擦りつける。もちろん、今のオレは着ぐるみ休憩中! だって着ていたらこの感触が味わえないんだもの。
「だけど、柔らかいかなあ……毛並みは柔らかいけど」
どっちかと言うと、触れるとふにゃっとする蘇芳やチャト系じゃなくて、被毛の下はガッチリなシロ系な気がするけれど。全然モモ感はないと思う。
「当たり前だろ、中身俺なんだから。ラキならもうちょい柔らかいんじゃね? つーか、これあっつぅ~!」
げんなりとした幻獣が、親指でもう一体を指す。
ほほう。
オレはきらりと瞳を輝かせ、ひとまわり大きな幻獣へ飛びついた。こちらは黄色い被毛を持った幻獣だ。
「んん~~! ねえラキ、もうずっとこのままでいいんじゃない?」
やっぱり柔らかいとは思わないけど、面積が大きい分、もふ感もマシマシで幸せだ。確かにこれはぎゅうっとしたくなる! オレの身体にも、もふもふの腕が巻き付いて思いの外強い力でぎゅうっと包まれた。うわぁ、これ幸せだ!
「複雑~。ユータが懐いてくれるのは嬉しいけど、なんか違うよね~」
オレはちゃんと人間の二人にも懐いてますけど?
マリーさんたち、これは素晴らしい仕事だと言わざるを得ない。
ほら、お客さんだってどんどんやって来るし!
癖になりそうな肌触りを堪能しつつ、オレはうっとりと考える。お部屋だけでもいい、時々、二人にこうして着ぐるみを着てもらって過ごすのはどうだろうか。
そうだ、もふもふ団としてこれで冒険に繰り出すのも面白かったりしないだろうか。正体不明の幻獣トリオとして、世直しの旅に出たりなんかして。
それって謎のヒーローみたいで、最高に格好良いんじゃないだろうか。
「何考えてるか知らないけど、そうじゃないって気配だけは感じるよ~」
「俺もそう思うぜ……」
一人にまにましていたら、二匹の幻獣からはそんな台詞をもらったのだった。
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ガチャするだけでも私は大分笑いましたので、ぜひやってみて! たまに大惨事になりますが(笑)
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