第662話 個人的な神事

疲れた……。

オレたちは着ぐるみを脱ぎ捨て、ぐったりと床にへたり込んでいる。

なんだろうか、着ぐるみを着ると忙しくなる法則ってものがあるんだろうか。

幸い、シーリアさんの店は幻獣たちのお世話もあるので閉店時間が早めだ。そろそろ日が沈む頃、ルルの促しに応じたお客さんたちは、いかにも未練がありそうな様子で振り返り振り返り立ち去っていった。

本日はきっと、幻獣店過去最高の売上を記録したんじゃないだろうか。だって、店内の商品に品切れ続出だもの。

お客さんたちは、ルルに『明日も来るからね!』って言って握手していたけど、明日からのシーリアさんは大丈夫だろうか。


『きっと鍋底亭も大変なことになってるでしょうしね~。効果がありすぎる宣伝はいいのか悪いのか……』

モモがシロの頭の上で帽子みたいに溶けている。そう言えばプレリィさんたちの方は放置しているけれど、もしかして大丈夫じゃないかもしれない。食材とか、足りるんだろうか。

鍋底亭の美味しさは本物だもの。知られさえすれば、以降お客さんがそうそう減るとは思えない。

幻獣店だってきっと、今後はシーリアさんと馬が合う人たちで溢れかえっていきそうだ。


うん、それってすごくいい。

とてもいいことを……そう、いいことをしたはずなんだけど、どうしてだろうか……後ろめたさが漂うのは。

『やりすぎるからだぜ、主はさぁ!』

いかにも訳知り顔でそんなことを言うけれど、今回の責任の一端はチュー助にあるんじゃないだろうか。決してオレじゃないと思う!

その腕に抱えられたアゲハは、既にぐっすりだ。満ち足りた微笑みは、夢の中でも大活躍しているからだろうか。


「ホント、お前って加減を知らねえよなあ」

「タクトに言われるのは心外なんですけど?!」

「どっちもどっちだよね~」

いやいや、ラキだって素材のことになったら大概だ。つまり、オレたちのパーティはみんなそれぞれやらかす要素はあるってことだ。

『常に誰かがやらかすパーティ……』

相変わらず丁寧にお金を仕分けながら、蘇芳はそんな呟きを漏らしてこちらに視線をやった。だけどまさか、蘇芳はそこに含まれていないと思っていないよね?


口を開こうとしたとき、頭の上からドタンバタンと大きな物音がした。

「あっ……?! あー、良かった、君らがいてくれたのか!」

騒音と共に階段を駆け下りてきたシーリアさんが、カウンター内で座り込むオレたちを見て大きく安堵の息を吐く。

「クィクィッ!」

途端に大きく跳躍したルルが、シーリアさんの顔に貼り付いた。しきりとクイクイ説教をしているみたいだけど、そんな風にしっかり貼り付いてしまえば、寂しかったのがバレバレだよ。

「ごめんってば、だけど君らが手伝ってくれたんだろ? 本っ当に助かった! おや、帳簿までつけてくれたのか。ところで私はいつの間に寝入っちゃったんだろ? ベッドに入った覚えはないんだけど――」

言いながらオレの手元にあった帳簿をぱらりとめくり、その手が止まる。

「ククイッ!」

『どーよ? 俺様たちの活躍! すげーお客さん来たんだぞ!』

ふんぞり返った二匹が、腰に手を当てお尻としっぽをふりふりし始める。こんなことを店先でやられてしまえば、そりゃもう殺到するってものだよ。生き物好きたちがね!

だからこれを見たシーリアさんだって――。



オレは、くすくす笑いながら月を見上げた。

真っ暗。本当にここは真っ暗だ。だから、夜空が眩しいくらい。

触ればザラザラしそうな空は、木々の形にくっきりと切り取られて切り絵みたいだ。

シン、と静かな空間に、時折梢が揺れる音がする。

たぷり、と寄せた湖の音がする。

そして、オレが口を開けば全部の音が聞こえなくなった。

オレの声だけが、暗闇の中に響き始める。


「――それでね、シーリアさんてばまたひっくり返っちゃって。ルルは怒るし下敷きになりそうだったチャトと蘇芳が飛び退いて色んなものが散らかるし……」

タクトがいてくれなかったら、テーブルも何もかもひっくり返してしまうところだった。

「だから、片付けたり説明したりでこんな時間になっちゃった」

ツンと澄ました横顔は、闇に溶けてしまって存在しているんだかしていないんだか。こうしてもたれかかっていないと不安になりそうだ。


「お前と約束した覚えなんてねー」

温かい背中を感じながら月を見上げていると、そんな憎まれ口が返ってくる。

「約束してないけど、待ってるかなと思って」

くすりと笑って口にした途端、落ち着いて揺らめいていたしっぽがぶわっと膨らんだ。

「そんなわけねー!」

耳を立て、髭まで全部こちらを向いたルーを、待ってましたと両腕で捕まえる。ほら、やっとこっちを向いてくれた。やっぱり拗ねていたんじゃないの?


「そう? なら良かったけど。だって、この間は結局お酒飲んでないでしょう?」

大きな顔に頬ずりしながら言うと、フンと鼻で笑われた。

「酔っ払いに押しかけられて、いい迷惑でしかねー」

「だ、だって御神酒は大丈夫だったんだよ! ケーキがダメだったんだよ、きっと!」

だけど、その時だってちゃんとワインを持っていったはずなのに。オレ、ルーに渡さなかったんだろうか。収納に入ったままだった御神酒に気付いて、首を傾げたものだ。

「ところで迷惑って、オレ何したの? 吐いたりした?」

そこは、すごく気になっている。聞くのが怖いけど、でも気になる。だってモモは『私の口からはチョット……』なんて嬉しそうに言うし、ラピスとシロは『何にも悪いことしてなかったよ?』と首を傾げるばかりだし。チュー助はラキたちにお知らせした後、アゲハと寝ていたから見ていないし。ティアは今ひとつ何言っているか分からないし。

そしてチャトと蘇芳は『さあ?』だし!! ねえ、もうちょっとオレに興味を持って?!


腕の中の獣が、落ち着かないのが分かる。耳がぴこぴこと忙しなく動いてオレの頭に当たっているし、前肢はごそごそし出すし。オレ、そんなにルーが言いづらいようなことをやったの?

「……てめーは、何をどこまで覚えてやがる」

「どこまでって……ここへ来たかなーってところまで? あとは起きたらルーがオレを抱っこして寝――」

答えている途中で、ばふっとしっぽが顔面に炸裂した。

「んぶっ! 何っ?! これ絶対わざとでしょう!」

「うるせー!」

ルーが聞いたくせに! 開いた口の中にまでルーの毛が入っちゃって、ごしごし拭った。なんだかこの感覚、覚えがあるようなないような気もする。


「もう、とにかく! せっかく御神酒を作ったんだから、ルーに渡したかったの!」

満月じゃないけれど、こんな風に月がきれいな夜に渡したかったんだよ。だって、神事って感じがするでしょう。

オレはいそいそとルーから離れると、地面に手を着いてまずは祭壇を作った。芸術センスのないオレなので、祭壇と言ってもただの段差でしかないけれど。

雰囲気を出すためにシーツを被せて左右にろうそくなんて設置すれば、すれば……

「なんか、お葬式……?」

まあいいか! 神聖には違いないんだから。


そうっと中央に設置したのは、大人が両手で持ってなお持て余すような大杯おおさかずき

これは予めラキに作ってもらったから、ピンと張り詰めるように隙の無い見事な杯だ。妖精の里で見たような銀色じゃない。今夜の月と同じ、そしてルーの瞳と同じ、透き通るような金色をしている。

どうにも寂しかったので、蛍ほどのライトを無数に漂わせれば、杯はまるで瞬くように輝いた。


「よし……!」

満を持して御神酒のワインを取り出すと、もう一工夫したくなる。だって、ルーに捧げる御神酒なんだもの、特別の特別がいい。

キンキンに冷やしてみようか? だけど、ワインって冷やせばいいものじゃなかったような。

あんまり甘くなかったから、蜂蜜でも入れたら美味しいんじゃないだろうか。だけど、大人って苦くて渋いものが好きだったりするよね。

オレは少し考えて、いい方法を思いついた。



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サポーターさん限定の近況ノート、小話投稿してますのでぜひご覧下さいね!

ユータ×グレイが2000文字越えちゃった……(^_^;)

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