第657話 放置していたその後
「ごっ、ごめんね?! オレ、出先で寝ちゃってたみたいで!!」
部屋へ帰って来るなり大慌てでごめんなさいすると、二人の生ぬるい視線が返ってきた。
「おう、チュー助から聞いてるぜ」
「大丈夫、いつものことだよね~」
モモの機転により、昨日の時点で二人には連絡がいっていたみたいだけど、任せっきりで寝ちゃったオレは小さくなるしかない。
「そんなことより、大丈夫だったの~? ユータ、酔っ払ってるって聞いたけど~」
「お前、誰といたんだよ? チュー助は大丈夫って言ってたけど」
事件の後始末をそんなこと呼ばわりした二人が、ありありと心配を浮かべてオレを見下ろしてくる。
「え? この通り大丈夫だけど……。別に気分悪くなったりもしなかったし」
「そうじゃねえ」
「そこは心配しないかな~」
揃って首を振られて戸惑うしかない。じゃあ、一体何を心配しているっていうのか。
「誰と一緒だった~? カロルス様~?」
「えぇ? ル……カロルス様じゃないけど、オレがよく遊びに行く人だよ! 居心地よくってそこで寝ちゃうことも多くて……」
もそもそと言い訳すると、二人は視線を交わしてやれやれと圧を下げた。
「保護者だな? ま、それなら」
「ユータはお酒飲んじゃダメだよ~」
そうだけど、だって御神酒だったんだもの。そもそも、御神酒を飲んだ時はそれほどでもなかったと思うんだけど。しっかり記憶もあるし。その後、妖精の里を出たあたりから記憶があやふやになってくる。まあ、その後はルーしかいないから、オレが何をしていても大丈夫。酔っ払って特大魔法をぶちかましていたって平気。世界で一番大丈夫な場所を選んだ自分を褒めたい。
記憶が戻ったのはぐっすり眠って目が覚めた時。珍しく人型のルーと寝ていて首を傾げたんだっけ。寝る時は獣型の方が嬉しいんだけど、レアな気分になるのであれはあれでいい。
つまり、ルーの所へ行ってからの記憶はほとんどない。
里では確か、御神酒を飲んだあとお料理を食べて、それからミルミルが持ってきたケーキを食べて……あ。
「もしかして、あれってお酒のたっぷり入ったケーキだったんじゃ……」
御神酒でふわふわしていたから曖昧だけど、すごくずっしりしたブランデーケーキみたいな感じだった。子ども用ナッツビアで酔うオレに、ブランデーケーキは危険すぎる。一切れ全部食べちゃったもの。先に生命魔法の入った御神酒を飲んでいたから、あの程度ですんでいた可能性だってある。
ああ、もしかしてミルミル、あれを食べて酔っ払って捕まっていたのかも。
「そうだ、あれからどうなったのか聞かせて! 本当、放ったらかしでごめん!」
もう一度勢いよく頭を下げると、苦笑した二人に撫でられた。
「あれからギルドの人を呼んで~、運び出すモノが多いから荷車持ってきてもらうまで待機してただけだよ~」
「何も大変なことはしてねえよ、いいって。むしろ暴れる前に呼んでほしかったぜ」
滞りなく事後処理は進んだみたいで、ホッと安堵して表情を寛げた。
「じゃあ、後でギルドに行ったらいいかな?」
「そうだね~、一緒に行こうか~」
集められていた生き物たちはどうなるんだろうか。野生の生き物なら野に放せばいいのかもしれないけど、誰かが大切に育てていた家族かもしれない。
シロはある程度高度な生き物だったら話していることが分かるみたいだし、精霊系統ならチュー助と話ができるだろう。多分、蘇芳とチャトも何かしら分かるだろうけど、協力してくれるかどうかは別だ。
こういう時こそ、オレが役に立てるかも知れない。失態を挽回するチャンスだ!
オレは拳を握って気合いをみなぎらせたのだった。
「おう、お手柄じゃねえか。そこへ座れ」
受付で促されるままギルドマスターの部屋へ入ると、久々に見る強面がニヤリと口元を歪めて笑った。
顎で示されたソファへちょこんと腰掛けたものの、これから説教が始まるわけじゃないよね? どうしてこう無駄に威圧的なんだろうか。
ギルマスが書き物をしていたペンを置いて伸びをすると、気の毒なほど肩周りの布地が張り詰めた。ぎりりと音がしそうな様に、オレの羨望の眼差しが注がれる。
彼はいつもここにいる気がするけれど、まだ鍛えていたりするんだろうか。それとも鍛えた筋肉っていうものは、使わなくなっても保たれていたりするんだろうか。何せ、オレにそんな立派な肉体が付随したことがないので謎だ。
至極どうでもいいことを考えながら見つめていると、ギルマスはどかりと向かいに腰を下ろし、窮屈そうに足を組んだ。ほんのりため息を吐くと、ガシガシ短く刈った髪を掻く。
「最近マシになったと思ったら王都でやらかすわ、戻って来たと思ったらやらかすわ……。街を騒がしたのは説教モンだが、あいつらを捕まえられたから、まあ良しとするか」
騒がしたつもりはないんですけど……勝手に騒ぎになっただけで。それに王都でのことって、一体何を知られているんだろう。
途端に視線を泳がせ始めたオレを見て、ラキがすっと目を細めて微かに首を振る。
そ、そっか、オレから何かを言う必要はないよね。ひとまず今回の騒動はバレているだろうけど。
「オレ、お店の宣伝をしただけだよ?」
「だけ、じゃねえな。まあいい、悪い騒ぎじゃねえからな」
両サイドから『何それ、聞いてないけど?』という視線をひしひしと感じつつ、オレはそ知らぬ顔で流れる汗を拭った。そう言えば、二人に言ってなかったかも。
「え、えーと! それで、色んな生き物が捕まってたでしょう? どこへ行ったの?」
ギルドのどこかにいるんだろうと思ったけれど、そんな気配はなさそうだ。魔物ばかりじゃないし、まさか始末される、なんてことはないと思うのだけど……。
「預けてある。珍しいモンは飼育の時に登録してあるのがほとんどだからな、大体は持ち主が見つかるだろうよ」
「良かった! だけど、見つからなかったり野生のものだったら?」
ほっと安堵してギルドマスターを見上げると、その眉間に皺が寄った。
「害のねえもんは外へ離してもいいが……そこらへ離すわけにゃいかねえだろ。生息域まで連れて行くには金がかかる」
続きを待っていたけれど、ギルドマスターはそれ以上言わずに口を閉じてしまった。
「……え? じゃあ、どう――」
言いかけて、言葉を呑んだ。魔物ならば言わずもがな、幻獣であっても素材として取引されることもある。蘇芳みたいに生体そのものに価値があれば、引き取られるのだろうけど……。
知っている、これはエゴだってこと。だって、オレだって魔物を狩って素材を集めるもの。
視線を落としたオレの頭に、ずしっと重い手が乗った。
「合法的なヤツならあんな所に隠したりしてねえよ。幻獣の方はフツー、素材にはできねえから安心しな。まあ、魔物は……なあ」
どうも、魔物は小型だけど飼育が違法なものが集められていたみたいだ。例えば、毒を産生するものだとか。それも登録があれば飼育可能なので、薬の調合師さんなんかに重宝されるらしい。
ひとまず、素材にされてしまうことはなさそうだ。だけど、相応しい引き取り手が見つからなかった場合や、飼育が難しい種が問題になっているらしい。
「既に相当弱ってるからな、今は専門店でみて貰っちゃあいるが……」
「専門店? それって幻獣店のシーリアさん?」
ぱっと顔を上げると、大きな手はついでのようにオレの鼻をつまんで離れて行った。
「知っていたか。お前は関係者だから、そうだと言っておいてやる」
そうか、シーリアさんなら安心だ。オレの脳裏にベージュのポニーテールと小麦色の肌をもった残念なお姉さんが浮かぶ。彼女なら、人に害があったとしても幻獣の方を守るだろうし。
そのままいくつか事件についての質問に答え、情報交換が終わったところでギルドを飛び出した。
「シーリアさんとこ行くんだろ?」
「うん! 弱ってるって言ってたし、オレが回復できると思うんだ」
「どんな生き物がいるか、悪者の方を見張ってたからあんまり知らないんだよね~。貴重な素材なら、ちょっとだけ、ほんの端っこだけ貰ったりは~」
「ダメ!!」
恐ろしいことを呟くラキにおののきつつ、オレたちは久々の幻獣店に向かったのだった。
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