第658話 幻獣の専門家
「シーリアさん! こんにち……あれ?」
上がった息もそのままにお店に飛び込み、きょろきょろと見回した。
「クイクイッ! クイッ!」
カウンターの方から響く妙な声に駆け寄ってみれば、小さな生き物が一生懸命飛び跳ねていた。
『ルル、久しぶり!! 俺様がいなくて寂しい思いを――え? なに?』
涙ながらに駆け寄ったチュー助が、ビシリと何かを突きつけられて困惑している。
「ルル、シーリアさんは……ああ、なるほど」
オレの方にもビシっと掲げられたプレートには
『現在多忙につき、どうしてもこうしても絶対に必ずシーリアにご用件のある方のみ、仮店長にお申し付けください』
と書かれてあった。仮店長? と視線をやると、心得たようにルルが後ろを向く。
『うわ、ルル格好いい!! 店長なのか?! すごいぜ!』
『かっこいー! てんちょー!!』
店長が何かを絶対に分かっていないアゲハとともにやんやと囃され、ご機嫌ナナメなご様子だったルルの態度も、少し軟化したようだ。
小さな背中に『仮店長』とデカデカ書かれた服はまるで特攻服みたいだと思ったけど、ここは口をつぐんでおこう。
「そう、シーリアさんはきっと運び込まれた幻獣たちに夢中になってるんだね」
「クイ!」
ルルが眉間にシワを寄せ、まったくアイツときたら……みたいな雰囲気を漂わせる。
「じゃ、じゃあオレ手伝ってくるね! チュー助たちは一緒に店番してくれる?」
番犬(シロ)と頭脳(モモ)と
「クイ……ククイッ!」
「ううん、いつもお世話になってるもの。こちらこそありがとう!」
ちょっと情けない顔をして安堵した様子のルルに、にっこり笑ってみせる。
「……ユータってさ、従魔や召喚獣じゃない相手でも話せんの……?」
訝しげな視線に、ハッと我に返った。オレ、今ナチュラルにルルと会話してた?
「ち、違うよ! そういう風に言ってる気がするだけ! ほら、ラキだってそうでしょう? オレが何も言ってなくても読まれちゃうっていうか……」
「お前は幻獣だったのか」
「ううん、ユータは幻獣よりずっと分かりやすいよ~」
訳知り顔で頷き合う二人をキッと睨み付け、オレたちは店の裏手に回った。シーリアさんの大型従魔であるバイコーンのライラが主にいる場所だ。
「――食べておくれよ~、死んじゃうよぉ」
べそべそと力のない声が聞こえる。言うまでもなくシーリアさんだ。
「シーリアさん! こん、にちは……?」
あ、来ちゃダメだったかな。オレたちは示し合わせたように明後日の方へ視線を逸らした。
「え……? あ、シロちゃんの主人?! そうだ、君は管狐さえ……! 頼む、助けてくれないか?」
涙と鼻水の海に溺れながら大地に横たわって、なおかつスプーンを差し出すという非常に奇天烈な光景を晒していたシーリアさんは、それを気にするでもなく飛び起きてオレに縋った。
涙と鼻水と土と葉っぱにまみれて、どう上品に表現しても……汚い。ばっちい。
「う、うん。オレにできることならするけど……」
その前に、とあまりにもあんまりなお顔をタオルで拭った。
「ありがど……君もシロちゃんみたいにやざじい……」
うん……そう思うならオレの名前もちゃんと覚えてね。
拭いても拭いても溢れてくる涙が止まらず、これは特効薬が必要だ。
「きゅっ!」
ぽん、と出現したシリスが、シーリアさんの目の前で小首を傾げてみせた。
「きゃうっ?! は、あ、あぁ……」
管狐みたいな声を上げたシーリアさんは、瞬間姿勢を正した。当然、涙などなかったかのように止まっている。差し出され他両手はとてつもなく震えていたけれど、心得たシリスがちょこんと飛び乗れば、シーリアさんの全神経が手の平と視線に集中しているのが分かる。
「はあぁ~~……あれぇ? 前の子と同じぃ? どうして色が変わっちゃったのかなぁ~?」
上気した頬でえへえへしまりない笑みを浮かべているけれど、その観察眼と記憶力はさすが幻獣のことなら冴えている。ラピスと違うことがバレてしまいそう。
――だって、ラピスがアレをするのは嫌なの。シリスはいいって言ったの。
シリスは名前にシンパシーを感じて特効薬係に志願してくれたようで、シーリアさん、よかったね!
「えーと、その、寒くなってきたからかな?」
適当に誤魔化すと、片時も視線を外さないまま『なるほど、換毛すると色変わりする……?』とかなんとか呟いている。普通、寒い時期には白くなるのが普通じゃないかなと思わなくもないけど、まあいいか。ラキとタクトが少しオレたちから離れた位置にいるのは気のせいだろうか。
「それで、オレは何を手伝ったらいいの?」
完全に気を逸らしてしまったシーリアさんが、ハッとヨダレを拭って顔を上げた。
「そう! そこの子、ここらじゃ珍しいからあんまり情報がなくって! 劣悪な環境とストレスでそもそも弱ってるのに、下手な薬も使えない。その上全然ごはんを食べてくれなくて……だけど 歯の形状からして肉食だし、小さいけど骨格も筋肉も発達している。成獣のはずなんだ! だから生肉から生き餌、虫、人工フード、ありとあらゆる餌を試してるんだけど……」
肩を落としたシーリアさんをよく見れば、汚れているだけじゃない。健康的だった顔にはうっすら隈が浮かび、腫れぼったい瞼も相まってこの一晩で急にやつれた印象すら受ける。
一晩中、泣きながら資料を探して餌を作っていたんだろうか。
「一生懸命なんだね……すごいね、シーリアさん」
変な人だけど、幻獣への思いは本物だ。ふいに転がり込んできただけの幻獣に必死になれる、その姿勢だけは尊敬に値すると思うよ。
「シーリアさん、大丈夫。オレ、様子見ながら回復できるから。元気になればごはんも食べてくれるかも! やってみるね?」
回復魔法は生命の魔法。生き物であれば、素直に作用するはずだ。
ケージの中を覗き込めば、明るい水色の毛並みが見えた。その奇抜な色を除けば、四つ足の普通の獣に見える。何に似ているかって言えば……うーん、小さなイタチ――オコジョかな? マズルはもう少し長いので、オコジョよりも鋭い顔つきだけれど。
ひとまず、お話できるタイプの高位幻獣には見えない。
オレはケージの中で丸まっている生き物を見つめて、そうっと手をかざした。
「君が元気になるように、回復の魔法をかけるよ」
伝わるかどうか分からないけど、幻獣なら意図くらい汲んでくれるはず。
ゆっくり、ゆっくり、光の綿で包むように回復を施していく。
警戒に尖っていた視線が柔らかくなり、強ばっていた四肢から力が抜けていくのが分かる。
「少し、触らせてね」
ケージの隙間から手を入れ、正面からそうっと近づけて一旦止める。スン、と匂いを嗅ぐような仕草をした獣は、そのままじっとしている。驚かせないように、よく見えるように、じりじり近づけた手を背中に置いた。
一瞬ピクリとした温かな身体は、それでも逃げはしない。
「ありがとう。悪い所がないか確認させてほしいんだ」
ふわりと笑うと、獣はもう興味を無くしたように目を閉じた。ラピスにした時のように、小さな全身へ魔力を巡らせて確認する。
「大丈夫……かな?」
多少の怪我や内臓の衰弱はあれど、普通に回復してしまえば賄えるだろう。徐々に浸透していく回復の魔法も、特に悪影響がある様子もない。
点滴魔法も一緒に施して、これで今すぐ生命の危機に直結するような事態にはならないはずだ。
「終わったよ。いいこにしてくれてありがとうね」
にこっと微笑んでシーリアさんを振り返ると、ちょっとのけ反ってしまうくらいに滂沱の涙を流していた。
「ありがどう~~~! でんじぃ~あだじのでんじぃ~~!!」
なんて? 濁りすぎて何を言ってるのかサッパリだ。
曖昧に笑って誤魔化すと、他のケージにも視線をやった。
この幻獣以外は、ひとまず危機的な状態の子はいないらしい。さすがシーリアさん、幻獣の専門家だ。
「ひとまず、幻獣の危機は去ったってこと~?」
そう言ったラキの視線が素早くケージの間を行ったり来たりしている。危機は、今この瞬間にも存在しているよ。シールドを張っておいた方がいいだろうか。
「あとは、飯だな! 腹減ったら何でも食うんじゃねえの?」
そうだね、カロルス様だってお腹空いていたら野菜だってもりもり食べるだろう。だけど、それはオレたちが雑食性だからだよ。いくらカロルス様でも、分類的には多分雑食なんだよ。
オレたちは、再びケージに視線を集中させた。
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