第651話 隠しているはずのもの

「……ねえ、なんか音楽が聞こえないかい? お祭りみたいな……」

「聞こえるねえ……僕の危機察知能力が、さっきから絶体絶命を訴えている気もするねえ」

ふふ、と笑うプレリィの鬼気迫る表情におののいた時、バンと店の扉が開いた。

「ちょ、ちょちょ、大変なんだけどぉ!」

「キルフェちゃーん、ヤバイって!」

「……窮途末路」

一瞬身体を強ばらせた二人が、入って来た面々に肩の力を抜いた。息せき切って飛び込んで来たのは、キルフェも所属することになった冒険者パーティ『草原の牙』の3人。数少ない店のなじみ客でもある。

「なんだい、あんたらか。大変ってのは――」

「そんなのんびりくっちゃべってる時間ないよ! もうすぐここまで来るよ!」

「ど、どうする?! あの野郎、何も考えてねえだろ!」


慌てふためくだけでちっとも要領を得ない。呆れて見守っていたキルフェが、腰に手を当てて一喝した。

「落ち着きなっ! ……で、何が大変なのか、端的に、今ある事実だけ伝えてくれるかい?!」

はいっ! と姿勢を正した3人は一瞬視線を交わして口を開く。

「すげー格好したユータが!」

「パレードを引き連れて向かって来んのよ!」

「この店に」

最後のリリアナの台詞はなくても分かる。そこは分かるが、言ってる意味は分からない。

「はあ? パレード?? 一体何の話?」

困惑するキルフェたちにもどかしく現状を伝えようとした時、再び店の扉が開いた。


「お、空いてるじゃねえか。先に来て正解だな!」

「へえ、こんな所に店があったんだ」

いらっしゃい……? と言う間に次々扉をくぐる客たちに、店内はにわかに慌ただしくなった。

「やべえ、パレード先発隊がもう到着してやがる……本隊が到着したらどうなるんだ?!」

「え、え、捌けるワケないよね?! どうすんの?!」

「逃げる……?」

ニースとルッコは、ハッとリリアナを見下ろした。確かに、自分たちがここで慌てていても何ひとつメリットはない。こそりと頷きあって、次々入って来る客と逆行するように扉をくぐろうとした。


「どこ行くんだい? あ・た・し・のパーティメンバーたち?」

がっちりと肩を掴まれたニースは、目の据わったキルフェを視界に収めて引きつった笑みを浮かべたのだった。


* * * * *


『鍋底亭』が見えたところで、役目を果たせたことにホッと安堵して振り返った。

(良かった。たくさん人が来てくれ――……あれ?)

そこで初めて、自分の後ろに続く一大パレードに気付いて目を丸くする。なんだこれ、いつの間にこんな大騒動になっているんだろう。

「たくさんお客さんを呼んで来られたのはいいけど……ちょっと、多すぎるよね?」

とりあえずぐるぐる回る盆踊りの輪を形成すると、みんな輪になったり周囲を取り巻いたり好きに踊ってくれている。

『ちょっと、じゃないわねえ』

『主、俺様パレードの先頭だぜ!』

わらわらと鍋底亭にも群がり始めた群衆に、たらりと冷や汗が流れた。どうも、店内は既に超満員のご様子。


「え、えーと。手伝った方がいいかな……」

人の密集する出入り口を避け、厨房のある裏口からこそっと顔を覗かせ――そっと扉を閉めた。

おかしい、キルフェさんが3人くらいいるように見えたし、プレリィさんは歴戦の戦士もかくやという雰囲気を醸し出していたように見える。

「……邪魔になっちゃいけないし」

独りごちて後ずさりした瞬間、目の前で扉が開いた。直後、ぬっと飛び出してきた腕がオレをわしづかみ、厨房へと引きずり込まれる。

「遅かったねぇ? もう既に満席だよ?」

汗で髪を貼り付かせたプレリィさんが、にっこり、と迫力の笑みを浮かべた。

「手伝って、くれるんだよね?」

……オレは、耳がぱたぱた揺れる勢いで何度も頷いたのだった。



「とりあえず、それ着てちゃどうにもならないからね! 脱いできな!」

そしてついでに外で下ごしらえを手伝えと、大きな桶にいっぱいの根菜を渡された。当然受け取れるはずもなく、どすんと床へ着地。キルフェさん、身体強化してないし細いのに力持ちだな……。

早々に運ぶのを諦めて収納へしまうと、さっきと同じようにそっと外へ出た。

「お、戻って来た! なんだ、お前はもう踊らないのか?」

「一緒に遊ぼうよ!」

突如盆踊り会場と化してしまった通りと店舗周辺は、人でごった返している。どうして踊っているのか、なぜお祭りになっているのか、ほとんどの人は知らないはず。そもそも、オレもどうしてそうなったのか知りたい。

きっとこの人たちは各自で楽しんでくれるだろうけど、着いてきてくれたのだからお礼と事情を説明しなきゃ。


群衆へ向けてぺこりと大きくお辞儀して、オレ、店を手伝ってくるから、と伝えてみる。

「ああ、そらあ大変だろうなあ。行ってこい、お前もまた買い物に来いよ! まけてやるからな!」

「あたしたち、もうちょっとここで遊んでるね! ユータくん、また今度シロちゃんに乗せてねー!」

気付けば知っている顔もいっぱいだ。配達屋さん繋がりやお買い物先での見覚えのある人。すっかり、オレも街の一員だね。

「うん、じゃあまたね~!」

大きく手を振って厨房裏へと戻って来ると、誰もいないのを確かめて素早く着ぐるみを脱いだ。

『何を今さら隠しているつもりなのかしら……』

何をって、着ぐるみの正体ですけど?! なんだか、スーパーヒーローにでもなった気分だ。

「あー、外の空気が気持ちいい」 

魔法で涼しい風を送っていたものの、さすがに暑かった……。なんとなくしっとりした着ぐるみに苦笑して天日干ししておく。まあ、もう使う機会はないつもりなんだけど。


「よし、じゃあひとまず洗って皮むきだよね?」

ふむ、効率を重視するなら出番だよね! だけど、まずは人目を避けなくてはいけない。厨房へ続く裏庭の一角をオレのキッチンスペースと決め、さっと地面に手を着いた。

「壁と、キッチン、かまど……あと覗き見されないように天井も覆うしかないね!」

明かり取りの天窓は必要だけど、そこには見張りを置けば良い。さあ、これで準備万端!

「頼むよっ! 来て、管狐お料理部隊!」

――招集命令なの!

「「「きゅうーっ!」」」

ぽぽ、ぽぽぽっ! 花咲くように次々現われる管狐たちで、瞬く間にキッチンスペースがもふもふになっていく。


「みんな、これを洗って皮むきをお願い!」

「きゅっ!」

どん! と桶を取り出すと、さっそく魔法が飛び交い始めた。その間に、他のお手伝いを尋ねに行こう。

「ねえ、他のお手伝いは?」

「まずはそれを終わらしとくれ! 話はそれからだ!」

「うん、じゃあもうすぐ終……あ、終わったよ!」

お料理部隊精鋭たちが、舐めて貰っちゃ困るとでも言いたげに鼻先を上げた。

「は? え?!」

駆け戻って仕上がった物を厨房へ持って行けば、必死の形相だった二人の目も丸くなる。

「外に臨時キッチンスペースを作ったから! ある程度は外でできるよ!」

あと、ナイショだけどお料理部隊が来たから、100人力だよ!! さあ、どんと来い!

にんまりするオレを見下ろし、二人がこくりと喉を鳴らした。


「――本当にどんと来たよ~?! みんな、手分けして頑張ろう!」

野菜を洗う、剥く、大雑把にカットする第一部隊。

下ゆで・あく取り・煮込み担当第二部隊。

添え物、付け合わせ、飾り切り、彩り担当第三部隊。

そして、残りはそれぞれのサポートだ。メインの料理や仕上げはプレリィさんがしなきゃいけないので、それ以外の部分が回ってきた。なんだかもう、丸ごと回ってきた。

「ら、ラピス! お料理部隊、追加!!」

――了解なの! お料理担当、皿洗いまで全部出てくるの!

ラピスが、威勢良く声を上げた。ただし、そのほっぺはパンパンに膨らんでいる。一体何をつまみ食いしたんだろうか。全部料理の途中なのに。


「ちょっとぉー! 料理出すの早いわよ! あたしらが追いつかないんですけどぉ!」

厨房へせっせとお仕事完了した品を届けていると、聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。

「あれ? ルッコ?」

何となく似合わないエプロンを着けててんてこ舞いしているのは、ルッコ。そして向こうでなんとなくエプロンが似合っているのはニース。じゃあリリアナは……いた。ちゃっかりお客さんから「あーん」してもらいながら働いている。なんて要領がいいんだ。

「そっか、キルフェさんパーティメンバーだもんね!」

だけど、ホールがそんなに忙しいならそっちにも助っ人が必要だ。


「はいよっ! 3番テーブル、お待ちっ! 手ぇ上げな!!」

「こっち! ここだ、3番テーブル!!」

わあっと歓声が上がって、3番テーブルのお客さんが盛大に手を振った。

「ウォウッ!」

耳としっぽをピンと立て、大きな白銀のウェイターさんが大きなお盆を咥えて運ぶ。背中には、食べ終わった食器を入れるカートを背負って。

『どうぞ! あのね、いい匂いだよ! とっても美味しそう!』

そうっとお盆を差し出してぱあっと笑うと、もれなくテーブルの人たちも笑み崩れた。

「シロちゃん、上手だなあ、ほれ、ご褒美!」

『本当?! ぼく、嬉しい! ありがとう!』

ぶんぶん揺れたしっぽが他のお客さんに当たり、そこもまたにまにましている。

「納得いかねえ! 俺だって上手に運んでるぜ? ご褒美はねえのかよー!」

「あたしだって頑張ってるんですけどー!」

憤慨する二人を尻目に、リリアナはまた『お裾分け』をもらっていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る