第652話 元をただせば
「提供できるのはここまでだよ! 申し訳ないけど、あとはまた今度来ておくれ!」
食材の残量と時間猶予から計算して、キルフェさんは延々と列に並びそうな人たちに告げた。さすがに薄々勘づいていた人達は、名残惜しげな顔をしつつ散開していく。
盆踊り会場も、入れ替わり立ち替わり音楽を奏でる人、踊る人がやって来ていたけれど、そちらも落ち着いてきただろうか。
プレリィさんとキルフェさん、そして草原の牙の面々はまだ忙しいけれど、オレたち下ごしらえ班のお仕事はもうほとんどない。
代わりにせっせとお片付けをしていると、ふああと大きなあくびが零れた。
オレがこれだけ疲れるんだもの、あとでプレリィさんたちには点滴しておいてあげよう。そうだ、もう少しお客さんが片付いたら、せめて生命魔法水入りの飲み物でも差し入れようか。
「あぁ~疲れたね。みんなもお疲れ様! がんばったねえ」
「「「きゅっきゅう!」」」
一斉に管狐部隊が跳ね回ると、まるで沸騰したシチューみたいだ。
みんなにもご褒美をあげたいけど、さすがに今からお菓子を作る気力も、全員ブラッシングする体力もない。
――それなら、ユータの魔力をたっぷり渡すといいの。みんな大好きなの!
なるほど? そう言えばラピスは魔力を食べるって言ってたけど、管狐たちも同じようなことができるらしい。
「じゃあ、オレもついでに――回復強化!」
シャキーンと無駄にポーズを決めてみても、やっぱり一見何の変哲もない。ほわりと身体が温かくなって、少し楽になった気はする。
「「「きゅーっ!」」」
管狐部隊には効果覿面。
オレの周囲をくるくる回って、じゃれついては離れて行くのだけど、まとう光が明らかに強くなっている。これが、お腹いっぱい魔力を食べたってことなのかな。
普段魔力を持って行かれる感覚なんて感じたことはないけれど、さすがにこれだけの数の管狐がお腹いっぱいとなると、多少疲れるような気がする。回復強化しているから、あまり分からないけれど。
「じゃあ、みんなまた今度お願いね!」
「「「きゅっきゅ~!」」」
小さな肉球ともっふりしっぽが一斉に揺れ、来た時と同じようにぽぽぽっと消えていく。
ええと、今いる管狐たち……一番若いのがフリスだろうか。この調子だと五十音揃ってしまいそうだなぁと遠い目になる。
管狐は魔法兵数人分の実力があるらしいけど、このラピス部隊をその『普通の管狐』枠に当てはめていいんだろうか。
そこまで考えて慌てて首を振る。止めよう、さっきまでいたのは、決して軍隊なんかじゃない。かわいくて頼りになるお料理部隊。つぶらな瞳を持った最高の小さきもふもふたちだ。
『無垢なる瞳の殲滅部隊、ね!』
『主ぃ、小さき破壊の権化、ってのはどうだ!』
……オレ、そんな魔王軍みたいな部隊を率いるのいやなんですけど。
――大丈夫なの! ユータもちゃんと部隊の一員なの!
あ、ありがとう……? へらりと笑ったところで、そう言えば着ぐるみを干したままだったことに気が付いた。そろそろ日も沈むし、取り込んでおかなくては。
「あれ? ない……」
臨時キッチンスペースから出てみると、引っ掛けていた庭木に着ぐるみが見当たらない。飛んでしまったのかと周囲を探してみたけれど、見つからない。
「結構重いから遠くまで飛ばないよね。もしかして、誰か持って行っちゃったのかな」
これはうかつだった。庭の中だし、着た後の着ぐるみなんて誰も触らないと思ったのだけど。でも、確かに珍しいものではある。
「泥棒というより、子どものイタズラかもしれないね」
うん、とひとつ頷いてシロを呼ぶ。子どもなら、着てみたくて持って行くことは十分考えられる。返してくれるまで待ってもいいけど、そこは子どものこと。飽きた時点で放置している可能性もある。
『どうしたの~?』
店から飛び出してきたシロを見て、思わず吹き出した。
「シロ、それどうしたの? かわいいね!」
『あのねえ、リリアナとか、お客さんがつけてくれた!』
嬉しげにしっぽを振るシロの頭にはメイドさんカチューシャが結ばれ、胴にはふりふりエプロンが装着されていた。お客さんの中にロクサレンのメイドさんでもいたんだろうか。
『ぼくにくれるって言ったの! だからぼく、またここで働きたい! これをつけたら、店員さんって分かるでしょう?』
ええと、シロは男の子だけど……まあいいか。本犬が嬉しそうならそれで。マリーさんたちにこの姿を披露したら、さらに装備がグレードアップしそうだ。
『それで、どうしたの?』
ひらひらを乗せた頭を傾け、水色の瞳が瞬いた。
「ああ、そうだ。あのね、ここに干してた着ぐるみがなくなっちゃったんだ。子どもが持って行ったと思うから、匂いで辿れないかな?」
『いいよ! ゆーたの匂いがいっぱいついてるから、すごく簡単!』
シロは頼もしくもさっそく踵を返した。
……だけど、さすがに目立つからそれはちょっと外して行こうか。
『うーんと、2人だね! 2人がここから持って行って……』
タトタトと進む足取りには、何の迷いもない。持って行ったのはやはり2人の子どもみたいだ。ウキウキしながら持って行って、路地裏で四苦八苦しながら着替えて。シロの案内で、その行動が手に取るように分かる。
『それで……あれ?』
路地裏から通りに出てしばらく、淀みない足取りが止まった。
「どうしたの?」
『あのね、ここから急に進み方がぐちゃぐちゃになって、走ってるの』
追いかけっこでもしたんだろうか。あんなに暑苦しい着ぐるみを被ったまま? 不思議に思いつつ匂いを辿ると、再び路地裏へやってきて――
頭を上げたシロが、耳をぴこぴこ動かした。
『泣いてる。誰か、泣いてるね』
「持って行った子かな? どうしたんだろう」
果たして、泣き声と匂いは一致していた。路地裏の隅で、身を潜めるように声を殺して泣く女の子。まだ小学生に上がったばかりといった頃合いだろうか。
「ねえ、どうしたの? もう一人はどこに行ったの?」
見つかったのは一人だけ。着ぐるみも見当たらないので、もう一人が持っているのだろう。
ビクリと肩を震わせた女の子は、目の前にいるのが幼児であることに気付いてぱちりと瞬いた。途端に、ころりころりと涙の粒がこぼれ落ちる。
「どうして泣いてるの?」
見たところ怪我はないようだけど、転んだのか全身泥まみれだ。
にこりと微笑んで人差し指をたて、しいっとやってみせる。周囲に人がいないのを確認して、回復、洗浄、そしてエフェクト代わりの淡いライトで女の子を包んだ。
「どう? すごいでしょう?」
ふわっと光がおさまった時には、すっかり綺麗になった女の子が、バラ色の頬で瞳を輝かせていた。
「も、もしかして、あなた精霊様?!」
想定外の方向からやってきた質問に、思わずかくんと力が抜ける。そこは、強い冒険者さんだとか、凄い魔法使いだとか、色々バリエーションはあったと思うんだ。
「ち、ちがうよ?! オレ、冒険者だよ!」
とりあえず涙は止まったようだから、良しとしよう。苦笑したところで、側でしっぽを振るシロに気付いたらしい。もう一度ビクッと飛び上がってから、あっと口元に手をやった。
「このワンちゃん、踊ってた……? じゃあ、もしかしてあなた、桃色の動物さん?」
不安げに揺れる瞳を前に、少し眉尻を下げて頷いた。
「そうなんだ。あのね、あの着ぐるみがどこに行ったのかなと思って」
大人ならいざ知らず、子どもが興味を持つのは当然のことだ。外に放置していたオレが悪い。責めるつもりはないと微笑んでみせると、再び涙が決壊してしまった。
「ごめ、ごめんなさい! でもね、すぐ返そうと思ったの。ほんとよ。ちょっと着てみたかっただけ」
「うん、うん、大丈夫だよ、貸してあげるからね? いいんだよ」
一生懸命そう言って背中をさすると、女の子はしゃくりあげながら首を振った。
「ちがうの、ちがうの。もう返せないの。連れて行かれちゃったの! あたしのお友達といっしょに!」
「え? ええっ?!」
それって、それってつまりは誘拐……?! それとも、着ぐるみほしさの犯行?? で、でもまだ犯罪と決まったわけでは……知人が連れ帰ったのかもしれないし。
だけどもし、もし何かあったとしたら。
それって、元を正せばオレの着ぐるみのせいってことで……?
オレは、さあっと血の気が引いていくのを感じたのだった。
--------------------------------
本日から新作投稿しますね~!
『宝箱を設置するだけの簡単なお仕事です!』ってやつです。
一応コンテスト用なので今のところカクヨムさんのみです。字数制限あるので詰めに詰めてなんとか3万字におさめようとしております……。だけどめっちゃ楽しいのでコンテスト終わったら連載しようかなーなんて。
『推しメン』コンテスト用なので、もふしらメンズたちのわちゃわちゃした感じがお好きなら、きっと楽しんでもらえるかと思います!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます