第647話 夜までの長い時間に

さあ……! 今日、今日だよね?!

オレは何度目になるか分からない確認をして、満月を心待ちにしている。……ちなみにまだ、起きたばっかりだけど。

「ねえプリメラ、なんとか早く夜になる方法はないかな」

こういう時に限って起こされるより早く目が冴えてしまって、いつものようにオレを起こしに来てくれたプリメラが面食らっているみたいだ。

その長い身体はオレの短い両腕に絶妙にフィットして、なんとも抱き心地がいい。自然に頬を寄せれば、柔らかな短毛がふわふわする。腕がプリメラの呼吸に合わせて上下して、このぬいぐるみみたいな物体が生きていることが、たまらなく嬉しくなる。


「ピィ~!」

プリメラを抱き込んで考えを巡らせていたのに、するすると腕から抜け出してしまった。私忙しいのよ? とでも言いたげに鳴いて頭を擦りつけ、そのまま部屋から出て行ってしまう。

最近プリメラが構ってくれなくて、寂しい限りだ。オレがもっと小さい頃は、割と側にいてくれたのに。

『そりゃあ、お守りがいらなくなったと判断されたんだから、いいことなんじゃない?』

「え、あれはお守りだったの?! オレってプリメラにまで面倒みてもらってたの?!」

なんだかお姉さんっぽいなとは思っていたけれど……本格的に弟ポジションだったとは。

『面倒、今もみてもらってる』

大きな耳を丁寧に手入れしていた蘇芳が、そう言ってまたぱふりと布団に伏せた。

「起こしてもらってるだけだよ! そんなこと言ったら、蘇芳なんてぜーんぶオレが面倒みてるんだから!」

寝起きのぬくぬくした蘇芳を抱き上げ、思い切りお腹に頬ずりする。

『スオー、それでいい』

ぺたぺたした小さな指がオレの両頬を抱え、お返しとばかりに顔を擦りつけた。温かい大きな耳がぱたぱた当たって、ついでに鼻水が擦られた気がする。

「オレも、それでいいよ!」

くすくす笑って顔を拭った。召喚獣になってしまったみんなは、以前ほどお世話することがなくなっちゃった。当然楽にはなったのだけど……それはそれで切ない気がするから。


満足そうに頷いた蘇芳は、再びうとうとしだしてしまう。今起きたんじゃなかったの?

「オレも夜まで寝てしまえれば、ちょうどいいのに」

そうすれば、こんな風に満月を待ちわびてヤキモキすることもなく、はたまた出かけた先で眠くなることもない。

「そうだ! 運動すれば眠くなるかも!」

いっぱいに身体を動かして、お昼寝しよう! 起こさないでって言っておけば、きっと夜まで眠れるんじゃないだろうか。

そうと決まれば、さっそく――何をしよう。

無意味にトレーニングするのもつまらないし……いや、無意味ではないんだけども。こういう時、畑があればせっせと耕したり草抜きをしたりできるんだけど。


『主、草抜きくらいで疲れないだろ?』

『ぼくと追いかけっこすればいいよ!』

そう、加護もあって割と体力のあるオレは、お庭の草抜きくらいじゃバテたりしない。かといってシロとの地獄の追いかけっこは遠慮したい。

「ええと、せっかくなら何か意味のあることをしたいんだけどな。ちょうどいい依頼とかあれば助かるのに」

ヤクス村にギルドはないし、今日はタクトとラキは学校に行っている。オレ、先走って試験を受けすぎたかもしれない。

ちらりとまた時刻を確認してみたけれど、さっきからほとんど変わっていない。この分だと夜になるまで1年くらいかかりそうな気がする。



「――とりあえずギルドに来てはみたものの……依頼、残ってないよね」

既に朝のラッシュが過ぎ去ったハイカリクのギルドは、閑散とは言わないまでも、落ち着いた雰囲気だ。

オレはカウンターに両手をかけて伸び上がり、なんとか顔を覗かせる。どうしてカウンターをこんな高さにするんだろうか。オレの身長と同じか、それより高いくらい。

「あの」

「わっ、ビックリした。ユータくんじゃない、どうしたの?」

書類仕事に集中していた受付さんが、身を乗り出して微笑んでくれた。

「配達やさんじゃない事で、今日中に終わって、割と疲れるものってないかな?」

「え、ええ?? 重労働がいいの? 力仕事ならあるかもしれないけど……」

無理よね? と言いたげな視線に、無理だよ、と首を振る。シロがいるので任せられるけれど、それだとオレは疲れないもの。


「だったら、まずどうして重労働をしたいのかな? お金が必要なの?」

受付さんがオレを撫でて苦笑する。

「ううん、夜まで待ちきれないから、疲れて寝ちゃおうと思って」

「…………うん?」

ちっとも分かっていない顔で首を傾げられ、これも暇つぶしと丁寧に説明した。

「……えーと、ユータくん。依頼っていうのはお仕事でね、暇つぶしにするものじゃないっていうか……」

……お、おっしゃる通りです。ハッとしたオレは、しおしおとカウンターから手を離して項垂れた。

「だ、大丈夫、ユータくんが適当なことをしないっていうのは分かってるから! ええと、そうだ、お金が必要ないなら、簡単なお手伝いでいいんじゃない? お小遣いくらいはもらえるし、つまり夕方まで時間が潰せればいいんでしょう? ギルドなんかだと雑用も多いわよ?」

そっか、それもそうだ! 別に重労働である必要はなかった。そわそわとオレを見つめる視線を不思議に思いつつ、お手伝いが必要そうな場所を思い浮かべる。

「うん、オレ行ってくるね! ありがとう!」

「え、あの、ここで――」

にっこり笑って踵を返した後ろでは、受付さんが崩れ落ちていたのだった。 


どうせお手伝いするなら、お世話になっている人に喜んでもらえることがしたいよね! 

オレはさっそく街中へ繰り出すと、お目当ての店へ足を踏み入れた。

きっと、早朝に仕込みをすませたのだろう。薄暗い室内には、いろんな香りのする空気がしっとりと混じり合っていた。外の喧騒が遠くなり、微かにことこと鳴る鍋の音が聞こえる。

「プレリィさん、おはよう!」

「はっ?! いらっしゃ……あれ? まだ朝?」

そこは『もう朝』じゃないんだろうか。お客さんがいないのをいいことに、今日もカウンターで寝ていたプレリィさんが飛び起きた。

「おや、ユータくん。久しぶりだね、こんな時間からお客さんかと思っちゃった」

ゆっくりと微笑んで、安堵したように再び頬杖をついた。


「久しぶり! あのね、魔……王都に行った時にプレリィさんの言ってた食べ物があったんだよ! 今日は色々聞いたお礼をしようと思って」

「お礼?」

オレは、じゃーんとショクラの実を差し出した。ウーバルセットは生ものだし王都から持って帰ってくるのはちょっと不自然。だけどショクラの実なら持ち運びできるんだから、大丈夫だろう。

「これ、プレリィさんが言ってた『毒みたいな飲み物』の材料だよ! 粉に引いてお湯で濾して飲むの!」

途端に、とろんとしていた淡いグリーンの瞳が輝いた。

「嘘、本当に手に入ったの?! うわあ、すごい! 良い香り……」

今、プレリィさんカウンター跳び越えた? ひと息でオレの前まで来てショクラを検分している。ショクラなら、魔族領だと普通に売っているからいくらでも買ってこられるし、これはプレリィさんのお土産用。


「これ、あげるね! あとスパイスがいっぱいあるんだ。レシピと一緒に分けっこするから、いい使い方があったら教えてほしくって!」

何とも下心満載のお土産だけど、オレならもらって嬉しいから、きっとプレリィさんも嬉しいはず。現に未だかつて無いほどの輝きを放ってオレを拝みそうな勢いだ。

「うわ、うわぁ、幸せ……知っている情報伝えただけなのに、こんなにお礼をもらっちゃ申し訳ないよ! これは僕も頑張ってお返ししなきゃね?」

スパイス袋に頬ずりしているのを見ながら、首を傾げる。

「お礼は、これからするんだよ? それは、お土産!」

「おみ、やげ……? この宝物たちが……?」

素材を前にしたラキみたいなプレリィさんに苦笑して、オレは胸を張った。


「うん! あのね、いつもお世話になってるから、今日はオレがお手伝いしようと思って!」

だって、お店が潰れちゃったら困るもの。それに、持て余した時間を潰すために必要だから!

……おや? それってどれも、オレのため? だったら、お手伝いにもお礼をしなきゃいけなくなっちゃうかも。

困惑顔のプレリィさんを前に、そんなことを考えてくすっと笑ったのだった。

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