第646話 カリカリチーズ

チーズせんべい作りは、繊細な火加減が必要だ。焦げないように、安定した加熱をしなきゃいけない。オレがキッチンのコンロを使うよりも、むしろ熟練の管狐部隊に任せた方が上手くいきそうだ。

「カロルス様〜ちょっと来て!」

必要な物品を揃え、必要な人出を確保する。カロルス様ならいつでも空いているだろうし。


「おう、なんだ?」

案の定、机に足を乗せて暇そうにしていたので、キッチンまで引っ張って来た。

「こっちこっち、これを持って!」

キッチンで見つけた屋台みたいな鉄板。これならたくさん一気に作れると思うんだ! ヒョイと抱えたカロルス様を、オーライオーライと庭まで誘導、かまどとは名ばかりの石の台へ乗せてもらう。火は管狐部隊が担当するから、台座さえあればそれでいい。

ぐらついたり傾かないようきちんと位置を見て、よし、とうなづいた。

「ありがとう! もういいよ!」

にっこり笑えば、途端にカロルス様が妙な顔をする。

「は?! お前、俺にこれ運ばせるために呼んだのかよ?」

「そう」

いそいそと準備に勤しむオレは、じっとりした視線に心当たりなく首を傾げた。


「……まあ、いいけどよ。なんか食い物作るんだろ?」

「そうだけど、お腹が膨れるものじゃないよ? おつまみみたいなもの!」

立ち去る気配のないカロルス様は、チーズせんべいが出来上がるまで待っているつもりだろうか。いつもの勢いでお腹が膨れるほど食べられると、大変困るのだけど。

「うーん、じゃあカロルス様陣地はこっちの端っこね! オレはオレで作るから、カロルス様が食べる分は自分で作って!」

「何するか知らんが、俺は作れんだろ」

困惑気味のカロルス様だけど、心配ご無用、カロルス様にしてもらうことなんてほとんどない。


「じゃあお願いね!チーズが焦げない程度にしたいんだ」

「「「きゅっ!」」」

王都で買った種々のチーズを取り出し、スライスしては熱した鉄板に乗せる。パチパチ弾ける良い音と共に、みるみるチーズが溶けて広がった。

「これをね、カリカリになるまで焼くだけ! ね、できるでしょう?」

「チーズを焼くだけか? ならそのまま食えばよくないか?」

そう思うなら、そのまま食えばよろしい。チーズなんだから、そのままで当然美味しいよ。


せっせと鉄板全体にチーズを並べた頃には、最初の一枚がいい感じに焼けている。フツフツと穴ぼこが空いて薄っぺらくなったそれをそうっとひっくり返せば、濃いめの管狐色だ。

色んなチーズの濃厚な香りが庭に広がって、湧き上がってくる唾液をこくりと飲み下した。ぜんぜんお酒は飲めないのに、ワインが欲しくなる。この香りを嗅いでいると、飲めそうな気がするのになあ。

「ほう、なるほど酒が欲しくなる香りだ」

素直にそのままチーズを齧っていたカロルス様が、おもむろにナイフを取ってチーズに当てがった。どうやら作る気になったらしい。


「わあ! カロルス様すごいね!」

まるで刀削麺みたい。高速でスライスされたチーズが、見事に鉄板に並んでいく様に歓声をあげた。これは、いい人材を見つけたかもしれない。

「カロルス様、こっちも!」

「おう、これなら手伝えるぞ」

早い早い! おかげでじっくりと焼け具合を判別できる。ただ、焦がさないようにひっくり返す作業も頑張らなくては。

「へえ、何もしてねえのに、全然違うモンになるんだな」

職人ワザを披露したカロルス様は、ほどよく冷めたチーズせんべいをパリッとやって不思議そうにしている。

「何もしてなくないよ! 切って焼いたでしょう」

お肉だって、大体切って焼くだけだと思うけど。


食べていいのはカロルス様の陣地だけ、と念を押したせいで、鉄板が空くやいなや、せんべいを咥えながらチーズを並べてくれる。

管狐部隊の火加減も、オレとの連携でほどよい頃合いに調整してくれたので、作業は大変にはかどった。

想定よりずっとたくさんのチーズせんべいをこしらえることができて、大満足だ。

プレーンの焼いただけせんべいだけでは飽き足らず、種々のスパイスやハーブをふりかけたものも作ってみたんだよ!


「あー酒がいる。喉が渇くな」

「お酒を飲むには、まだ早いんじゃない?」

ぼやきながらもせんべいを離さない様子に苦笑した時、カロルス様がハッと顔を上げた。

何事かと周囲を見回してみても、特に変わったことはない。

「どうし――あれ?」

カロルス様は? 目の前にいたはずの彼が、忽然と姿を消している。そこにあったせんべいがあらかたなくなっている所を見るに、持てるだけ持って立ち去ったのだろうか。


「――おや、おかしいですね。ここに不届き者がいるような気がしたのですが」

今度はオレがビクッと飛び上がった。

いつの間にやら背後に立っていた執事さんに、何も悪いことをしていないはずだけど視線を彷徨わせてしまう。

「あ、えっと、今は誰もいないよ」

「そうですね、今はおりませんね」

ウッ……カロルス様、絶対バレてると思うよ。にっこり笑顔から漂う冷気におののいたものの、オレは何も怒られることをしていない。確かにカロルス様には声をかけたけども。


「執事さんも、これどうぞ! チーズせんべいだよ」

ぐいっと手を引いて座らせると、苦笑する執事さんにせんべいをさしだした。

「これが普通のでね、こっちがハーブの……」

隣にきゅっと詰めて座り、皿に並べたそれぞれの種類を説明する。

「ふふ、色々作ったのですね。夕食に出しますか?」

「うーん、おかずじゃなくて、本当はおつまみなんだよ! お酒と一緒に味わってもらおうと思ったんだけど、カロルス様はどんどん食べちゃうんだから」

黙って微笑むばかりの執事さんに業を煮やし、1枚手にとってパキッと割った。

「はい!」

「……はい」

はむっと半分を咥え、片割れを執事さんの口元へ押しつけるようにすれば、やっと囓ってくれる。


「美味しいですね。ぜひ酒の供にしたい」

ほんのりと緩んだ頬は、見た目だけじゃなくちゃんと中身も緩んでいると分かる。執事さんは結構お酒が好きなんじゃないだろうか。

「あのね、美味しいお酒が手に入ったら執事さんにも持ってくるからね! そうだ、オレが大きくなったら、一緒に飲もうね!」

自ら手を伸ばしてせんべいをかじっていた執事さんが、目を丸くしてオレを見た。真冬の月みたいな銀灰色が、みるみる温かく溶けていくみたい。

「それは……長生きせねばなりませんね」

かさついた手が、オレの頬を触れるか触れないかのところで撫でていく。

「そうだよ! お酒を飲まなきゃいけないから、元気で長生きしなきゃいけないんだよ」

離れようとする手を捕まえて、存分に頬をすり寄せた。大樹のように落ち着いた香りが、オレの心を寛げてくれる。

そうだ、執事さんには中々甘える機会がないから、この際存分に甘えておこう。


「ねえ、オレみんなにちゃんと甘えなきゃいけないことになったんだ。だから、今から甘えるからね! これは、ちゃんとした決まり事だから」

「ふふ、甘える宣言ですか。ええ、どうぞ。ユータ様はもう少し甘えた方がよろしいと思いますよ」

許可をもらい、満面の笑みを浮かべて執事さんの膝へ横座りに乗り上げる。これならお顔も見えるしちょうどいい。

人との距離が近いことに慣れきった身体は、こうして身を預けると途方もなくリラックスする。これは、大人になったらなくなってしまうんだろうか。

それは随分、惜しい事だと思う。


居心地の良さにぼうっとしていると、執事さんが微かに身じろぎした。

「あ……ごめんね、重い?」

見上げれば、困惑した瞳が揺れている。

「いえ、ちっとも重くはないですよ。ですが、その、私は分からないのです。ユータ様を甘やかす、とは、どのようにすれば良いでしょう」

思わぬ台詞に目を瞬かせ、つい声をあげて笑った。

「ふふっ! あのね、これでいいんだよ! オレ、こうしてると甘やかされてるの。じゃあ、ついでに撫でてくれるといいかも」

「ですが、それでは甘やかされているのは私では……」

「え、執事さんは、こうしてると嬉しいの?」

「――っ!」

驚いて見上げると、素早く視線を逸らされた。

「……い、いえ、そうではなく……ああ、いえそれは、そうで……すみません、失言です」

妙に狼狽える執事さんが珍しくて、つい見つめていると、ぐいと胸元に抱き込まれた。

「……勘弁、して下さい」

蚊の鳴くように弱々しい声は、随分らしくない。

なんのことやら分からないけど、オレはご機嫌で『いいよ!』と言ったのだった。



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