第627話 武器を同じくする生き物

階段を駆け上がり、廊下に躍り出たところで思い切り誰かにぶつかった。

当然のごとく見事に弾かれ、小さな身体は簡単に宙に浮く。

「おっとぉ!」

今登ったばかりの階段を転げ落ちるかと思いきや、がしりとつかまえられて宙ぶらりんのまま落下が止まった。

「回復、終わったのか?」

「そんなに慌てて、どうしたの〜?」

聞き覚えのありすぎる声に、オレは顔を上げるよりも早く口を開いた。


「回復は終わったよ! だけどね、この村がこんな様子なら、きっとトーナクス村だって……! 回復が間に合わなくなる人がいるかもしれない!」

ぶら下げられた状態で早く行こうも何もないけれど、とにかく急がなきゃ!

「連絡がとれているから、そこまで酷い状況じゃないとは思うけど〜、確かにユータが行けば助かる人はいるかもしれないね〜」

それは、この世界ではある意味仕方のない選択。助かる見込みの薄い重症者より、今無事である人たちを最優先にすることは、珍しいことじゃない。そちらに労力や支援を割くよりも、他へ割り振られるのはままあることだ。ギルドへの依頼が哨戒任務だからといって、他が無事とは限らない。


『行こう! ぼく、速いからすぐに着くよ!』

建物を出た途端飛び出してきたシロが、早く乗れとばかりに体を伏せる。そして3人がぎゅっと詰めて乗り込むやいなや駆け出して、皆へ挨拶の間もなくオレたちは村を飛び出した。

街道にさしかかった時点で、一声吠えたシロが、ぐっと姿勢を低くする。心得たモモが即座にシールドを張った。

『ちょうとっきゅう、行くよ!!』

まるで発射前のエネルギーを充填するような一時、白銀の身体を巡る気配が沸々とたぎっているように感じた。

次の瞬間、音が、消えたと思った。

本当に、打ち出された弾みたいだ。もし魔物がぶつかったら、木っ端微塵になるんじゃないだろうか。……魔物ならいいけれど。


『村はここ? 着いたよ!』

瞬きの間とはこのことだろう。走り出したと思っていくらもしないうち、世界が元に戻った。

目の前には、既に目的の村がある。

「すっ……げぇ!! 知ってたけど、シロすっげえ!!」

「フェンリルって、他の個体でもこんなに速いのかな〜? ここまでじゃない気がしてしょうがないんだけど〜」

目を輝かせてわしゃわしゃとシロを撫でるタクト、そしてラキがこめかみを揉みながらシロの背中から滑り下りた。


「荒れてる、気がするね」

「襲撃の後だもんな」

村周囲の畑は柵に囲まれていたけれど、所々破損し、イノシシが集団でやって来た後みたいだ。

村を囲う柵もやはり被害を受けているようで、あちこちを瓦礫で塞いで応急処置をしている。

1歩足を踏み入れてみれば、ここトーナクス村も、レドリア村とそう変わらない有様に見える。だけどレドリア村が襲撃を受けたばかりであることを思えば、やはりトーナクス村の方が被害は大きかったんだろうか。いまだに瓦礫は方々に転がり、生ゴミとなった食糧の類いがそこここに集められて、嫌な臭いを発している。

もう何日も同じ作業を続けているのだろう、村人たちの作業する手は重く、疲れ切っているように見えた。


「ひどいね」

「だな。空気が重いぜ」

「ゴブリンに始まり、ゴブリンに終わる、だね~」

村の中心へと歩きながら、オレたちは神妙に頷いた。それは、冒険者の格言みたいなもの。

単体では駆け出し冒険者でも相手にできるゴブリン。だけど、結局人の生活を最も脅かすのも、冒険者が犠牲になりやすいのも、ゴブリンだったりする。単体で弱くても、集団で強い。時に、単体で強い個体も出現する。大した特技はないけれど、その武器は……社会性。

――それは、まさにオレたちと同じ。

武器を同じくする弱い生き物同士、生息域だって被る。

オレたちの方が頭がいい。だけど、向こうの方が平均的に力が強く、丈夫で繁殖力が高い。どっちに天秤が傾くのかは、本当はすごく些細なことなのかもしれない。


無表情で黙々と作業する人たちに声をかけるのも躊躇われ、オレは精密なレーダーで怪我人を探した。オレはまずそちらへ、そこで村長宅を聞こう。

「……あっち! あんまり、状態が良くない。オレ、急ぐよ!」

弱々しい反応がある。駆け出したオレに、二人も何も言わずついてきてくれた。

「うわ、こっちの方がひでえな」

村の中央に位置する大きな建物には、レドリア村同様、たくさんの人がいた。違うのは、建物前の広場にも人が溢れていること。

急ごしらえの天幕にはぼろのシーツや布地が使われ、不格好に揺れている。そのささやかな屋根の下で、寄せ集めた毛布や敷物にうずくまった人たち。一見、大きな傷はないように見えるけれど、きっとろくな手当も出来ずに熱が出ているんだ。


誰に声をかけようかと足を止めたところで、苛立つ小さな声が聞こえた。

「――だから、マイケルとこのせがれも倒れた、次はもう防げねえって言ってんだ」

「分かってる。だから、どうする? ギルドへは使いが着いたはずだ」

「村長、あんただって分かってるだろ! あんなはした金で雇える連中なんて知れてる! 状況が変わったんだ、もう一度ギルドへ――」

抑えた声で言い争う双方は、どちらかが村長らしい。声の主を探して視線を彷徨わせると、頭に包帯を巻いた人と、足に包帯を巻いた人が人目を憚るように建物の影で向き合っていた。


どう見てもお取り込み中だけど、どうしよ――

「『希望の光』、来たぜ! 何が変わったんだ?」

一旦改めて先に怪我人の方へ、と思ったところで、溌剌とした声が二人の間に割り込んだ。

一瞬、硬直した二人が、オレたちに視線を走らせる。

「それは、まさか、君たちが、ギルドの寄越した冒険者――?」

こくり、と動いたのど仏は、きっと『NO』の返事を期待しているんだろう。

「……残念だけど、僕たちがその冒険者だと思います~」

ラキが肩をすくめた途端、包帯足の人が頭を抱えて崩れ落ちた。包帯頭の人は、ぐっと唇を結んで地面を睨む。絶望の滲む姿に、オレの胸も痛んだ。


「舐めんなよ! 俺らこんな見た目だけど、ちゃんとDランクだぜ! 心配すんな、ゴブリンが100匹いたってちゃんと守るからさ!」

俺だけじゃ無理だけど、とこっそりオレたちに耳打ちして、タクトがにっと笑った。

「気持ちは分かるけど~、多分、喜んでもらっていいと思うよ~。A判定の回復術師もいるからね~」

ラキがオレに目配せして頷いた。うん、モノアイロスとの集団戦闘の時と同じだね。オレたちがまずやるべきは、この沈んだ空気を切り裂くこと!

「まかせて! オレたちは『希望の光』、冒険者だよ! 応援に来たからね!」

注目を浴びるように声をあげて広場の中央に駆け出すと、いっぱいに空へ手を広げた。

ここは、惜しまない。萎れた人の心を奮い立たせるには、それなりの衝撃が必要だ。

溢れた魔力でふわりと髪が、服が柔らかくはためいた。

広範囲の回復呪文には、長い詠唱がある。だけど、オレが覚えているはずがないし、ここに覚えている人がいるはずもない。唱えているふりで十分。


「よく、なあーーれ!!」

きっと、そう。単純で的確な言葉が、一番強力な魔法だ。祈りや願いなんて抽象的なものと相性のいい生命魔法なら、なおのこと。

ふわ、とオレの魔力が広場へ満ちてほどけていく。

呆けたようにオレを見つめる人たちを見回して、にこっと微笑んだ。

「もう、大丈夫だよ」

広場は、静かだった。

きっと、回復の心地よさを皆が感じたはず。ほら、オレを見ていないで傷を確認してみて? 

少しずつ広がるざわめきを後に、オレはさっきの二人の元へ駆け戻った。


こつんと3人で拳を合わせ、オレたちはこちらを凝視する二人を見つめ返す。

「ね~? 安心して、いいよ~。見た目がこうでも、実力はあるから。話を聞かせてくれます~?」

「回復だけじゃねえよ? 戦闘だって任せろ!」

「建物の中の重傷者も、回復するよ!」

戦闘の面は、確認できるまでそうそう信用は得られないだろう。だけど、Dランクが偽りじゃないって分かれば、こうして非戦闘員となっていた人たちが再び立ち上がれるようになれば、変わるでしょう? 人の、心が。

淀んでいた時間が確かに動き始めたのを感じながら、オレは重傷者の回復に取りかかるのだった。


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