第628話 別働隊選出

「――ふう。ひとまず、これで今日明日が心配ってことにはならないはずだよ!」

滲んだ汗を拭って、オレは付き添ってくれた男の人を見上げた。

数も多かったし、申し訳ないけれど重傷者は少し控えめの回復で眠ってもらうことにした。最初に広場で派手に活躍したおかげか、リプリーのお兄さんみたいに彫像化してしまうことはなかったけれど、それでも瞬きを忘れた瞳でオレを凝視している。

「……ええと。その、ゴブリンって何匹くらいいたの? 怪我人が多いんだね」

少しきまり悪くなってもじもじと視線を外すと、気になっていたことを尋ねた。あまり規模が変わらないはずなのに、レドリア村に比べて怪我人が多いのは、偶然ではないだろう。

我に返った男の人が、咳払いしてしゃがみこんだ。


「何匹だろうな……一度に20匹前後ってところだろうが、俺たちだって撃退した分減らしてるはずなんだがな……。いや、そんなことより、君は大丈夫なのか? 無理をさせただろう、こんな小さい君に頼ってしまって――すまない。だけど、これならまだやれる。休んでいてくれ、君だけは絶対に守るから」

小さな肩には大きな手が置かれ、間近くオレを見つめる瞳はこれ以上ないくらい真摯で熱が籠もっている。

けれど、それは、うん、ご心配なく。お気持ちだけもらっておくね。

それより、気になったことがある。

「ありがとう。オレ、けっこう強いから大丈夫だよ? ねえそれって、何回も襲撃があったってこと?」

そして、その台詞からすると今後も襲撃が来ると確信しているみたいだ。


ちなみにこの人も元怪我人、村長さんと言い合っていた足に包帯の人だ。つまり、頭に包帯の人が村長さんだったみたい。どちらも30になるかならないかくらいだろう。お年寄りを想像していたのに、随分若い村長さんだったらしい。

「ああ、そうか知らずに来たんだったな。すまない、俺たちも最初の襲撃を凌げばしばらくはもつと思っていたんだが……」

ゴブリンは、さほど執念深い生き物ではない。無理だと思えばさっさと引くし、痛い目を見れば忘れるまではそこへ近づいたりしない。まあ、割とすぐ忘れるのが玉に瑕なんだけども。

それでも、話を聞くと日に2回来た時もあるらしいから、さすがに普通ではなさそうだ。


「まさか、連日何度もやって来るなんて思わなかったから、あっという間に余裕はなくなるし村から出るのもリスクが高すぎてな。女子供だけでも逃がそうと思ったんだが」

苦々しく語りつつ、まるで本当の幼児にするみたいに大事にオレの手を引いて歩くもんだから、少々こそばゆい。Dランク冒険者なんだけど、言った方がいいのだろうか。

『主ぃ、心配いらないぜ! 主は本当の幼児だからな!』

『そうらぜ、らいじょうぶなんらぜ!』

嬉々として余計なところにツッコミをいれるねずみと、よく分からないまま追随するアゲハ。どうしよう、アゲハがこんなうるさいねずみになってしまったら。

真剣な話の途中で気を逸らされつつ、どうしてそんなに執拗に襲ってくるのかと首を捻った。


「誰かが魔寄せを持ってるとか――ないか。嫌な感じはそれほどじゃないし」

人が襲われ、淀んだ空気は、やはり邪の魔素へ汚染されていくような感覚がある。あるけれど、さすがに魔晶石があったり、それを成長させるほどの濃いものではないと思う。

「はは、魔寄せなんか使われてたらたまったもんじゃないな。どうせあとの二人に話してるだろうから言ってしまうが、『統率者』が出たかもしれん」

「統率者? 従魔術師?!」

まさか、ヤクス村の時みたいに? 目を丸くしたオレだけど、彼は訝しげに首を傾けた。

「従魔術師? いや、ゴブリンの『統率者』だ。親玉だよ、群れ同士がぶつかった時にたまに生まれるって話だ」

ゴブリンの群れにもリーダーはいるけど、他所の群れとぶつかり、リーダーが競い合って変異することがあるそう。ゴブリンの最上位種ってやつかな。


『そんな所も人と似ているのね。戦って成り上がってきたヤツがいるってわけね! 村を乗っ取って下克上ってこと?』

モモが気合いを入れるようにまふっと跳ねた。

廃村をそのままにしていると、ゴブリン村になってしまうことがある。だけどまさか、今人が生活している村を乗っ取ろうとするなんて。

そのまま村長宅らしきところまで案内してもらったところで、ちょうど出てきたラキとタクトに手を振った。

何にせよ、トーナクス村もちゃんと間に合った。油断はしないけれど、数日くらいオレたちで村を守ることはできる。あとは、ギルドに応援を呼ぶなりなんなりすればいいだけだ。

よし、と頷いて二人に駆け寄ろうとして、ぴたりと足を止めた。


「どうしたよ?」

「ユータ、大丈夫~?」

代わりに駆け寄ってきた二人が、固まるオレを覗き込んで不思議そうな顔をする。

「大変! 何度も襲われたなら、じゃあ、レドリア村は?! あっちもまた襲われるかも?!」

二人にも、ちゃんと伝わったらしい。ハッと視線を交わし、難しい顔をした。

恐ろしい予感にじわりと汗が浮かぶ。どうしよう、オレだけあっちへ行く? だけど、シールドを張れないと二人が全体を守りきるのは難しい。なら、モモを置いていけば――ただ、オレたちが依頼を受けたのはこの村。ここを放り出して3人しかいないパーティメンバーが、他所へ行くのはどうなんだろうか。


一刻を争うと焦りばかり募る中、ぺろりと暖かい舌が頬を舐めた。

『ぼく、行ってこようか? みんなきっとぼくのこと、覚えてるでしょう? モモと一緒に行くよ!』

「そ、そっか! シロが行ってくれるなら安心だよ! なるほど、別働隊を作ればいいんだ」

だってオレは召喚術師だ。ここにいながら他の村を助けられるじゃないか。

「よし、じゃあメンバーを選出するよ! ラピスは――」


――ラピスはユータと一緒なの。部隊を派遣すればいいの。

え、えーと。部隊を派遣されちゃうと少々、というより特大の不安が……。だからってラピスがいても同じことだけど。

「相手はゴブリンだからね、部隊はいらないと思うよ。うーんと、アリスを喚ぼうかな」

管狐たちは姿形はほぼ同じだけど、性格はそれぞれ違う。オレが知る限り一番思慮深くて頼れるのが、カロルス様の机をお気に入りしているアリスな気がする。アリスを喚びだしている間は他の管狐にロクサレン担当をして貰おう。どうせカロルス様から大した用件はないと思うし。


――いい人選なの、さすがはユータなの。きっと立派に任務をはたせると思うの。

重々しく頷いたラピスが、高らかに召喚を宣言した。

――いねよ! 特別親衛隊所属一番隊隊長、アリス!

……ちょっと間違ってるけど。それってどこかの地方で帰れって意味にならなかったっけ。それにしても、随分と大層な肩書きがついたんだなあ。

「きゅっ」

難のある喚びだし宣言にも関わらず、ちゃんと空気を読んだアリスが何食わぬ顔で出現した。シロ、モモ、アリス、あとはチュー助は話せるから行ってほしいけど……どうしようかな、そうするとオレが短剣1本になっちゃう。

『つらいな主、俺様優秀だからどっちにも必要……!! だけど俺様の身体はひとつ! さあ、じっくり悩んでくれ! 感じるぜ、その苦悩、葛藤が――』

「チュー助、向こうで」

自らの身体を抱きしめて悦に入っていたチュー助が、ぱたりと倒れた。そのままきゅっと丸まって影を背負ってしまう。


つい、速攻で追いやってしまったけど、優秀なのは本当なんだよねえ。ただ、うるさいだけで。本当、うるさいだけで。

『おやぶ、いっしょにいこねー! がんばろねー』

さすさすとチュー助の背中を撫でるアゲハは、そろそろお姉さん役になれそうだ。

「お話できるのはチュー助だけなんだからね、重要任務なんだよ?」

やれやれと小さな背中を撫でれば、ちらりとこちらを窺ったチュー助がシャキーンと復活した。何やら騒がしく口上を述べるのを聞き流し、ため息をひとつ。

おかしいな……さっきまでの不安も焦燥もきれいさっぱりどこかへ行ってしまったと、オレはみんなを見回して苦笑したのだった。




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いよいよですよ……!!

もふしら12巻 8月10日発売日!!!

早いところでは今日あたりから並ぶかもしれません!

ソワソワソワ キリキリキリ……

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