第624話 太陽?

「うっまぁ~!! 魔族の国って、こんな美味いものがあるのか!」

「や、やわらか……お肉がこんなに柔らかいの~?! 美味しいね~!!」

結局、ウーバルセットのお話までたどり着いたんだかついてないんだか分からないけど、オレたちは朝食にウーバルセットのおにぎらずを頬ばりながら、街の外へと向かっている。

そして二人の『全神経を舌と口腔に集中して味わいたいから』というよくわからない理由で、なぜかシロに乗せてもらっている。さすがにシロ車は町中では目立つし邪魔になるからね……シロに乗っていても目立ちはするけれど。


『おいしいね! がぶっと噛みたいのに、すぐになくなっちゃって寂しいな』

大きなウーバルセットを瞬く間に呑み込み、シロのご機嫌なしっぽがリズミカルに揺れている。

オレも小さめおにぎらずを頬ばって、んん、と目を閉じて感じ入った。

口いっぱいに幸せが広がって、じゅわっと唾液が溢れ……ははあ、なるほど。こうして他の感覚を遮断して味わうために、シロに乗る必要があるんだな。ふむ、合理的だ。

『合理的かしら……』

肩で揺れるモモがふよりと揺れ、呆れたため息を吐くのだった。


「それで、今日は何の依頼を受けてきたの?」

ゆっくり歩くシロに揺られつつ、後ろのタクトをふり仰いだ。

「たいしたのなかったんだけどさ、魔物に襲われた村の討伐依頼があったぜ! それ受けてきた!」

やっぱり討伐なんだね。だけど、それって村からの依頼ってことだよね?

「村が襲われたのに、Dランクの個別のパーティに依頼~?」

そう、普通は村が襲われて助けを求めるってことは、魔物の群れが相手ってことだ。なので、中~大規模依頼になるはず。だって、いくらなんでも村に戦える人がゼロってことはない。何せ、日常的に魔物の脅威があるのだから。それで対処できない数なら、Dランクの個別パーティに依頼するはずがない。

あとは、強力な個体の出現だけど、それならなおさらDランクに依頼するはずがないよね。


「ああ、もしかして畑が荒らされた、みたいな~?」

ぽん、と手を打ったラキに、オレもなるほどと頷いた。以前のライグー討伐みたいなやつだね。

「違うっての! だけどまあ、たいしたのじゃねえの。襲われはしたけど、撃退済みなんだってさ。それもさ、未知の魔物とかじゃねえの、フツーのゴブリン」

それは、良かったねって言うところだよ。気持ちは分からんでもないけれど、不満そうなタクトのほっぺをつねって苦笑した。後ろのラキからも反対の頬を引っぱられ、タクトの顔がいびつに歪んでいる。

「それで~? 撃退ずみなら、何を討伐するの~?」

「ひゅうふぇんふぉ……周辺警戒して、残っていた場合に討伐だってさ! 先の戦闘で割と怪我人が多いらしいからな」

ぶるっと首を振ってオレたちの手を振り払い、何事もなかったように言葉が続けられる。詳細を聞くに、万一のために数日村へ泊まり込みで哨戒任務を行うという認識でいいらしい。ゴブリンたちとの戦闘で疲弊した戦闘員が回復するまでってことだね。


あまり大きな村ではないそうだし、依頼料はおいしいとは言えない。しかも、ゴブリン相手だ。ゴブリン相手が嫌われるのは、素材が取れないからだそう。確かに、これが美味しいお肉の魔物だったら、きっと今頃依頼の取り合いで大騒ぎだものね。

『おいしいのは、大事』

『俺様、そういうことじゃないと思う……』

蘇芳が重々しく頷き、チュー助がぼそぼそと反論した。

『食べることを真っ先に考えるのは、あなたたちだけよ』

モモの台詞に、チュー助が我が意を得たりと何度も頷いている。そんなことないよ、クラスのみんなだって、メリーメリー先生だってそうだもの。

口を開こうとした時、タクトが何かに気付いて手を振った。


「よう! お前らどうしたんだー?」

大きな声に耳がびりびりする。タクトの視線の先には、オレたちより少し上の冒険者グループらしき3人が真剣な顔で額を寄せ合っていた。

「あ、タクト! あれ? 今日は黒髪のちっちゃい子がいるんだ! ユータだっけ? 久しぶりだなあ」

「そうだぜ、やっと戻って来たからな!」

タクトの知り合いかなと何の気なしに眺めていたら、にっこり微笑まれて思わず目を瞬かせた。

「え……覚えてない? ま、まあな、俺ら情けなかったし特に印象なんてないよな……」

きょとんとしたのがバレたらしい。がっくりと肩を落とした様子に既視感を覚えて、ハッとした。

「あ、お、おおお覚えてるよ?! あの、ええと、そう! あれだ、バルケリオス様と会った時にいっしょにいたよね!」

ギリギリセーフ!! 大丈夫、思い出した。そうだ、オレたち3人で初めてのダンジョンに行った時、一緒になった少年冒険者たちの中の3人だ。ダンジョンで一泊してバーベキューまで一緒にやったのに、ちょっとばかり忘……思い出せなかったなんてとても言えない。どうやら、彼らとはオレがいない間に再会していたみたい。


「オレたち、これから依頼に行くんだ! みんなもこれから?」

ちょうどギルドの前だから、きっとそんな所だろうと検討をつけてにっこりする。まずは、この『覚えてなかっただろ?』と言いたげな周囲の視線を断ち切るのが先だ。

「あ、ああ、いや。俺たちは……むしろ依頼する方だったんだけどな。今は買い出しして帰るところだ。お前らはどこまで行くんだ?」

「トーナクス村まで行くよ~。何を買ったの~? すごい荷物だね~」

ラキの視線を辿って、少し驚いた。失礼だけど、彼らはさほど自由になるお金を持っていないと思う。だけど、側にあった荷車には山になった荷物が積まれていた。


「これ、俺たちの荷物ってわけじゃないんだよ、村に持って帰るんだ。本当はギルドに依頼できたら良かったんだけどな。――そうだ、厚かましいとは思うんだけど……もし、もし良かったら途中まで一緒に行ったらダメか? 俺ら、レドリア村なんだ」

「え~と、レドリアなら僕らの道中だもんね~。僕たちもう出るけど、それで良ければいいよね~?」

異論のあるはずもなく頷いたオレたちを見て、少年たちは明らかにホッと表情を寛げた。

「良かった……金目のモンなんてないんだけど、この大荷物で俺たちだけだろ? 狙われたり魔物が来たらどうしようかと思って」

どうやら、いつ出発するのが一番安全か話し合っていたらしい。どこかの商隊を待って後についていくか、それを待つよりこの時間に出て早めに到着する方がいいのか、2択で悩んでいたそうな。


「本当、助かる。悪い、次は何か役にたとうと思っていたんだけどな」

しょんぼりする彼らの気持ちも分かるけれど、こと冒険に関してはなかなかオレたちの役にたってもらうのは難しいんじゃないかな! だってオレたちDランクなんだもの! むしろ、頼ってくれたらいいと思う。むふふ、と笑みを零し、オレたちは得意になって先を進む。

元々はシロ車をかっ飛ばして行くつもりだったけれど、彼らに合わせるのでゆっくり道中を歩いて行くことにした。彼らと別れてからかっ飛ばせば、今日中に到着できるだろう。

ところが、そうなると不満なのがひとり……いや一匹。


『みんな、乗ってくれないの? ぼく、みんなを乗せて引っぱりたい! じゃあ、そっちの車もぼくの車に繋げたらいいよ! そうしたら乗れるでしょう?』

シロはそう言うけれど、荷車があるのでそれを引っぱる者が必要で。そしてさすがにみんなでシロ車に乗った上に、荷物満載の荷車まで引く犬がいたらおかしい。もしくはオレたちが虐待しているみたいだ。

彼らにシロ車を勧めてみたけれど、遠慮して乗ってくれない。そうするとオレたちだけ乗るわけにもいかず……。

『じゃあ、ぼく、そっちの車を引くだけで我慢する!』

涙を呑んでそう言うシロだけど、いかんせん彼らはそれも遠慮してしまう。

シロは……へたりと耳を垂らして瞳を潤ませた。

フゥ~ン、きゅうーん、きゅんきゅ~ん。

悲しいです、を見事に表現した鳴き声が響き、その視線は一点に注がれた。


「あ、あのさ……この犬、どうしたの? あの、なんでそんな目で俺を見つめてんの?」

少年がたじたじとオレに助けを求めてきた。その傍ら、項垂れた水色の瞳が切なさを込めて真摯に見つめている。時折ちらちらと視線が荷車とそれを引く少年の手に移動して、大きな図体から想像もつかないような悲しげな声が零れた。

「こ、これ? これを引きたいの? だけど重いし……」

前半の台詞でぱあっと満面の笑みを浮かべ、後半でこの世の終わりのごとく悲しい瞳をする。なんて見事なボディランゲージ? なんだ……。


――ガラガラと軽快な音が響き、持ち上がった白銀のしっぽが左右に振れている。

ともすれば先へ行こうとする荷車を掴まえているせいで、全員の歩行速度が格段に上がった。

『楽しいね! ほんとはみんなに乗ってほしかったけど、ぼく、ちゃんとこれで我慢するね!』

フェンリルは荷車を引きながら、足取りも軽くぴかぴかの笑顔を浮かべていた。

ものの数分で陥落した少年たちに、ふとオレは『北風と太陽』の童話を思い出したのだった。

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