第625話 それぞれの役割

息を弾ませる少年たちを気に掛けつつ、オレたちは早足で道中を進んでいる。そんなに急ぐ必要もないのだけど、荷車に手を掛けていると自然と引っぱられてしまうのだから仕方ない。

「ねえ、みんなは荷物を運ぶ依頼なの?」

荷車が必要な大荷物だと、あんまり子どもに任されたりしないものだけど、金目の物じゃないと言っていたしなあ。


「俺たちは依頼じゃないんだ、村の買い出しだよ。村にはギルドがないから王都まで出てるけど、俺らは元々レドリア村に住んでるんだ」

ああ、だからあの時のメンバーじゃなくこの3人だけだったのか。

ちなみに、3人を代表するように話すのがコーディで、人見知りな女の子がリプリー、右手を荷車、左手をタクトに引かれて半ば宙に浮いている少年がダグ――と言うらしい。らしい、と言うのは決してオレが忘れていたわけじゃない、前回は全員の名前を覚えられる気がしなかったから敢えて聞いていなかったんだもの。


「タクト、引っぱりすぎぃ! よそ見しないで僕を見てよぅ、足がついてないんだよ!」

「お、悪い! だってお前遅いもん。そのうち荷車に引きずられるぞ?」

「既にタクトに引きずられてるよぉ~」

そんなに弱り切った声を出すなら、荷車に乗ってしまえばいいのに。荷物は満載だけど、ダグ一人が腰掛けるくらいのスペースはあるんじゃないかな。

「そう言えば、この荷物って何なのか聞いてもいい? 村の買い出しって食糧か何か?」

まさか、子どもが運ぶ荷物に機密事項も何もないだろうと、コーディを見上げた。

「うん、しばらく保つように保存食とか色々だな! あとは回復薬とか薬の類いだよ。ゴブリンにやられて、畑もいくつかダメになったし怪我人が出てるんだ。俺たちも戦ったんだけど、まだ早いってあんまり任せられなくてさあ」


「ええ、大丈夫なの? 村の人が買い出しに行けないくらい? トーナクスが襲撃されてるから、近い村にもやっぱり被害があったんだね」

トーナクスは村外の戦力を頼るくらいに消耗しているそうだけど、レドリアも似たような状況ではないんだろうか。

だけど、トーナクスが襲われたと聞いてコーディは目を丸くした。

「え、そっちが襲われたのか! なら、ウチはしばらく大丈……いてっ」

思わず零れた本音を聞きとがめ、リプリーの肘打ちが横っ腹に炸裂している。


「……今のなし。ええと、ウチは周囲のゴブリンが増えて警戒してるだけだから。俺たちが買い出しに行くことになったのも、俺らが戦力外扱いだからってね! 戦力になる大人たちが村を離れられないから、頼まれたわけ」

「で、でもこれも大事なお仕事だよ? 村を動けない大人に代わって私たちに任せるって、言ってもらったもん。危険のある道中だから、戦える私たちに頼むって」

やっと慣れてきたのか、リプリーも時折話に参加するようになってきた。

「そんなの、俺たちをその気にさせるホーベンってヤツだって!」

「ええ?! そうなの……?」

驚愕する素直なリプリーと、コーディのぶすくれた不満顔に思わず笑った。どっちの言い分も、きっと本当のことだ。コーディも分かっているから、こうして役割を担っているんだろう。


「でもさ、そっちの村は本当に襲われたわけだろ? お前たちは何しに行くんだ? あっ、お前らが強いのは知ってるけどさ、そういうのって普通大勢で行くんじゃないのか?」

それなら俺たちも、と言いたいのがありありと滲んだ表情は、そのまんまタクトみたいだ。

「ふふ、もうゴブリンは撃退したみたいだよ。だけど村も疲れちゃったから、ちょっとの間オレたちが警戒を交代してお手伝いするの」

「なんだ、そうなのか……」

「お前、それガッカリしたらダメなやつだぜ!」

横合いから得意げに口を挟んだタクトに、オレとラキの吹き出しそうな視線が交差する。

『タクトも、誰かに言ってみたかったのね……』

モモの視線はただひたすらに生ぬるかった。


タクトとシロに引っぱられるダグがすっかりバテた頃には、想定より早くレドリア村へ到着し、オレたちは村の前で盛大に感謝する彼らを見送った。

彼らには街道からの分岐道まででいいと言われたけど、ここまで来て村の前でゴブリンに襲われたら目も当てられないもの。

「よし、じゃあ俺らも急ぐか!」

『ぼくの出番だよ! みんなと歩くのも楽しかったけど、走る方がいいね!』

シロがにこにことしっぽを振ってオレたちを急かすけれど、メイン街道に戻ってからね。

うきうきと弾む四つ足で歩き出したものの、いくらもいかないうちに三角耳をぴくりとさせた。

『あれ? 呼んでるよ?』

振り返ったシロにつられて視線を巡らせると、さっき別れたばかりのリプリーが村から飛び出してきた。


「まっ……て、おねがい、ちょっと……!」

相当慌てて駆けてくる様に、オレたちも何事かと走り寄った。

「どうしたんだよ?!」

足をもつれさせたリプリーがつんのめるのを見事にタクトがキャッチし、呼吸が整うのを待って覗き込んだ。

「ま、間に合ったぁ。あの、応援、呼んでほしいの。それと、トーナクス村に、情報、伝えてほしいの!」

「応援~? もしかして、ゴブリンの襲撃に遭ってるの~?」

スッと気配を鋭くしたラキとタクトに、オレもレーダーへ意識をやった。

『近くには、いないよ? 色んなニオイはするけど』

スン、と鼻を鳴らしたシロが首を傾げ、リプリーも首を振った。

「ううん、トーナクスと同じなの。ゴブリンは撃退したんだけど、それで結構やられちゃって……人手が足りないの。他の魔物が来るからゴブリンの死骸も早くに片付けてしまわないといけないし、トーナクスとレドリア両方襲う規模の群れだったんなら、まだ残ってるゴブリンもけっこういるはずだって」


大規模なゴブリンの群れ、と聞くとついヤクス村でのゴブリン団を思い出したけれど、小さな村ひとつ落とせないなら、人が指揮していることはないだろう。どうやらちょうど村と村の間くらいに集落があったようだ。

「怪我人も多くて。こっちから人を出せないから、トーナクスからギルドに一報入れてほしいって。回復薬、もっと買えば良かった……」

しょんぼりするリプリーに、オレたちは顔を見合わせる。

「仕方ないね~、乗りかかっちゃったみたいだし、一旦寄っていこうか~」

ラキが肩をすくめ、オレたちはひとまず現状を把握するために村へと足を踏み入れた。


「うわ、割とひでえな」

「うん……私たちが買い出しに行ってる間に……」

少し気が緩んだらしいリプリーが、零れそうな涙を一生懸命堪えている。もしかして、大人たちはこの可能性があったから彼らを使いへ出したのかも知れない。

小さな村はどこもゴブリンの爪跡を残し、異臭が漂っていた。ゴブリンの臭い、方々へ散らばった食糧の臭い、土の臭い、何かが燃える臭い、そして血の臭い。

くたびれきった顔のお年寄りや女性が、のろのろと散らばった瓦礫や食糧を片付けている。それは、撃退したとは思えない蹂躙の跡だ。


「これ、もしかしてトーナクスもこんな感じなんじゃ……」

口をついて出た台詞に、ラキとタクトも難しい顔をした。だったら、向こうだって今すぐに人手が欲しいはず。依頼を受けた身で、こちらを優先するわけにはいかない。

「ひとまず、怪我人は~?」

「あっちの建物だけど……どうして?」

不思議そうな顔をしたリプリーに答えず、ラキが頷いた。

「僕は村長さんの所へ~。ユータは怪我人ね、応急処置だけすませてトーナクスに行くからね~。大丈夫、緊急時対応に当たるはずだから、タダ働きにはならないよ~」


オレの複雑な顔を即座に読み取って、ラキがにっこり笑う。そっか、なら大丈夫だね! オレとしてはタダ働きしても全然構わないのだけど、あまりそういうことをしてはいけないと以前学んだからね。

そうと決まれば、さっそく取りかかろう!

オレたちは頷き合ってそれぞれの役割を果たすべく散っていった。

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