第613話 遅すぎる用心

「お待たせ、これ俺が昔使ってた本で――」

使い込んだ風合いのある本を手に、戻って来たイリオンが机の上を見て訝しげな顔をした。

「あっ?!」

視線を追ったオレは、転がっていた生命魔法の魔石モドキに気付いて慌てて手の平に握り込んだ。

「それ、綺麗な魔石だね。見たことない気がする」

ばっちり見られてた……だけど、オレが作ったってバレなければいい。単に貴重な品ってだけだ。

「え、ええと……オレもよく知らないけど、貴重なものだからあんまり出しちゃいけないんだ」

「そうなんだ! 大事なものをそんな風に転がしてちゃダメだよ。魔石にも色々あるんだね、どうにかもう少したくさん入手できたらいいんだけど」

幸い、それ以上興味を示すこともなく、イリオンはオレに羨ましそうな目を向けた。


「じゃあ、普通の魔石と消却加工した魔石を交換するのはどう?」

イリオンだって星持ちだもの、お金に苦労していないだろうし金銭のやり取りは嫌がるかもしれない。

欲しいもの同士を交換するならお互いWin-Winだ。

「いいの?! 願ってもないことだね!」

パッと瞳を輝かせたイリオンは、思案げに何やら零すと、やや自信のなさそうな顔でオレを見つめた。

「ええと、このくらいのサイズの魔石なら……1つにつき消却加工3つでどうかな」

「え? 魔石1つに消却加工1つじゃないの?」

「全然! それじゃ価値が違いすぎるよ! 価値で言うと魔物を倒してしか得られない魔石の方がずっと労力もかかるし、価値があると思うんだけど、単なる価格で換算するとそのくらいになるんじゃないかと思って。だけど俺の消却加工を頼らなくたって店を通じてやればいいわけで――」

またもやぶわーっと話し始めたイリオンを慌てて止め、テーブルに乗っていた魔石の小山をずいっと差し出した。


「オレ、消却加工のお値段とか知らないから、イリオンがそれでいいならありがたいよ! じゃあこれ、加工と報酬分で渡すね!」

「こ、こんなに……」

ごくり、とイリオンの喉が鳴る。これらは主にゴブリンやらホーンマウスやら、いわゆる『雑魚』と呼ばれる魔物の魔石だ。それだけでは大した値段にならないしラキ用にとっておいたけど、ここへ魔法を込められるなら話が違ってくるよね! さっき生命魔法を込められたんだから、もしかすると他の魔法もオレが込めることができるんじゃないかな。その練習用にも、きちんと消却加工された魔石がたくさん欲しい。オレが魔力を吸収した魔石との違いがないかも検証したいし。


「ねえ、大きな魔石はあんまり持ってないけど、大きい魔石を消却加工したら、魔法もいっぱい込められるの?」

時間もないしひとまず今できる分を、と頑張ってくれているイリオンへ、オレは思いつくままに質問している。作業中なら、イリオンとの会話も弾幕にならずにほどよい感じだ。

「うーん、技術にもよるらしいけど、基本はひとつの魔石にひとつの魔法だって習ってるね。ちなみに、大きな魔石だと数人がかりで消却加工したりするそうだよ」

そうなのか。じゃあ、これより大きい魔石だとイリオンに頼むのは難しいのかな。


持ってきてくれた本をパラパラとめくっていると、魔石のことよりも魔道具のことがメインなのかな。魔石の使い方なんかも載っていて、ラキがヨダレを垂らしそうだ。

「これ、本屋さんに売ってる? こういう本が欲しいな」

「ああ、技術系が載っている本ってあんまりないし高いよね。それは授業で使ってたから量産品だけどね」

さすが星持ち、教科書は買い取りなんだな。オレたちの学校ではレンタルだから、あんまり扱いが悪くて汚れちゃうと罰金がある。だけど教科書だったら売ってないだろうなあ。


「古くても良ければ、あげるよ。こんなにれんしゅ……実践させてもらった上に魔石までもらっちゃうんだから」

思わぬ台詞が耳に飛び込み、がばっと顔を上げた。

「い、いいのっ?! だけど、イリオンが使うでしょう?」

「それ、初歩だから。もう使わないよ」

なんでもないことみたいに言うけれど、本って高いんだよ。量産品なら多少は値が下がるかもしれないけど、絶対に金貨がいる本だと思う。


「あ、あの……じゃあもう少し大きい魔石と交換とか、どう? いくつくらい必要かな?」

ひとまずウーバルセットとウーバルセットゴアの魔石を取り出しみせると、イリオンは目を見開いて再び生唾を呑んだのだった。


結局、ウーバルセットサイズの魔石を2つで交渉成立し、お互いほくほく顔でサロンを後にした。イリオンの力では、ウーバルセットサイズまでの加工が限度らしい。残りの消却加工予定の魔石は、出立までに仕上げてくれるそうだ。

それよりも手に入れた魔石で他の加工や作業をしたい欲望が勝ったらしい。気もそぞろな様子はラキそっくりで、思わず笑った。


さて、遅くなってしまったけどカレーの進展具合を確かめに行かなくては。

スキップしながら厨房へ向かっていると、パッと目の前に現われた人影にぶつかった。こんな登場は、彼しかいない。

「アッゼさん、どうしたの?」

「今日はウーバルセットが食えるだろ? それは功労者の俺が食わなきゃ誰が食うって話だ!」

フッと髪をかきあげてみせたけれど、言ってることは単なる食いしん坊だ。

そう言えば厨房にウーバルセットを渡したから、きっと夕食に出してくれるはずだ。朝から食べたっていうのに、豪華なディナーになると思うと今からヨダレが止まらない。


「……と、別件だな。部屋行くぞ」

耳元で囁くのが早いか、転移するのが早いか。瞬きの間にオレに割り当てられた部屋へ戻っていた。

リンゼが同室なのだけど、彼は寝る時しか戻って来ないらしい。いつもいないけど朝は起こされるから、きっと一緒に寝ているんだと思う。


「聞かれて困るなら、見張りたてとけ」

アッゼさんはそれだけ言って、ドサっとオレのベッドへ腰掛けた。

「何の話? 別にここにいる人に聞かれたって――」

「……天使」

ぼそっと呟かれた台詞を耳にするやいなや、オレは的確に指示を飛ばした。

「シロ、誰も来ないよう警戒お願い! ラピス、部隊の最重要機密事項! 厳重警備で!」

『わかった!』

「きゅきゅう!!」


バッと持ち場に散った管狐部隊にひとつ頷いて、オレも真剣な顔でベッドへ乗り上げた。

「……それで? 何の話?」

「お前さ、その用心深さはやらかす前に発揮しろよ」

ぺちっとおでこを弾かれ、呆れた視線が突き刺さる。オレはきりりと顔を引き締め、アッゼさんを見上げた。

「アッゼさん、後悔はやらかしてからじゃないとできないんだよ?」

「いいこと言ってる風に言うなっつうの!」


「いったぁ! ……もう! それで、なんなの!」

今度はバチンと弾かれ、赤くなっているだろうおでこをさすった。

「お前、アッゼさんが色々調べてやってんのにそれはねえだろ。ほらよ」

差し出されたものを見て、目を丸くした。

「すごい、これって写真?! どうやって撮ったの?!」

金属板みたいなものには、不鮮明だけど確かに人影と風景が映っていた。


「そこじゃねえだろ!!」

またおでこを弾かれそうになって、慌てて両手でガードした。

「そこが気になったんだよ! ええと……これってオレ? いつ撮られたの?」

そこに映っていた人物は、多分オレだろう。そして、きっとこれは洞窟で舞った時のものだ。

「映像があるって言ったろ。それを写し取ったのがこれだ」

「へえ……すごいね! だけど、これだったら全然大丈夫、問題ないよ」

だって、多分人が舞ってる、くらいしか分からないもの。どうやらアッゼさんはその映像がどの程度のものか、どういう話しになっているか調べてくれていたらしい。



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12巻の表紙イラスト出ましたよ!!!

めっちゃ美し可愛い!!素敵です!!

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