第589話 目的意識

「ああ、エリーシャ様! あの猛攻をここまで耐えるなんて! マリーには、マリーにはとても!! その勇姿、しっかりとこの両のまなこに刻まれております!」

「だけど……だけど、私っ……!! ごめんなさい、マリー。屈してしまった私を許して……」

「そんなことおっしゃらないで下さい! マリーなら秒殺なのですから……」

相変わらずな2人を尻目に、許可を得たオレは喜び勇んで部屋を飛び出した。


「ねえ! オレ、魔族の国に行ってもいいって!」

「おー、許可もらえたのか!」

2人の部屋に飛び込んだものの、見回してもタクトしかいない。

「あれ? ラキは?」

「お茶会の時のヤツとずーっとしゃべってるぜ」

そ、そう。随分と気が合う仲間が見つかって良かったね。

「そっか、それならラキも一緒に行きたがるかなぁ?」

「魔道具の店に行くならな。俺も行ってみてえけど、魔力多くねえし見た目もこんなだから無理だなー」

タクトがちぇ、と不服そうに唇を尖らせたところで、部屋の扉が開いた。


「あ、ユータ~。あのさ、彼らっていつ頃発つ予定~? 積もる話があるもんだからさ~」

戻って来たラキは、どこかツヤツヤと満足げな顔でオレに尋ねた。おかしいな、彼らはほぼ初対面のはずだけど、いつ積もったんだろうか。

「うーん。出発はアッゼさん次第なのかな? それがね、オレ魔族の国に行ってもいいことになったんだ!」

ラキも一緒に行きたがるなら、どうしようかな。髪色が淡いからそこは問題ないけれど、瞳の色も淡くてどう見ても紫じゃないし……

「そうなの~? よくエリーシャ様が許してくれたね~! じゃあ僕らはその間王都で依頼でも受けておく~?」

「……あれ? ラキも行きたいって言わないの?」

拍子抜けてまじまじと見上げると、むしろ不思議そうに首を傾げられた。


「僕が~? タクトなら行きたいって言うだろうけど。ああ、魔道具のこと~? 興味はあるけど僕が学んでも性能のいい魔道具は作れないんだよね~。それなら王都の方が興味あるよ~」

どうやら加工技術的には王都の方が上、魔道具の性能は断然魔族の方が上、ということになるらしい。そして魔道具の性能は魔族の魔力量があってこそなので、技術云々以前の問題みたいだ。

「その割りに話が盛り上がってんじゃねえの?」

「そりゃあね~! アイディアを交換したり、知ってる情報を教え合ったり、それはもう有意義な時間だよ~。魔族が性能、僕らが加工を受け持ったら最高の道具を作れるんじゃないかって盛り上がってさ~! ああ、あと土魔法での――」


タクトが余計な燃料を投下してしまったみたい。嬉々として語り始めたラキは、しばらく戻っては来ないだろう。

オレはタクトと顔を見合わせて肩をすくめたのだった。



「ルーは、魔族の国へ行ったことある?」

温かい漆黒の被毛に指を埋め、のしかかるようにうっとりと頬を寄せる。よく干されたふわふわの毛並みは、ほんのり土と、ルーの香りがした。

「どこが国の境かなど、知らん」

そうか、ルーが行った頃はもしかすると国自体がなかったのかもしれない。

「あのね、ここがロクサレンだとすると、海を挟んで――こう、こっちの方だって!」

顔の前まで行って地面に大まかな位置関係を描いてみせる。

「行ったことある?」

大した興味もなさそうに半眼でそれを眺めたルーは、ある、と言って大きなあくびをした。


「ほんと?! ねえ、何準備して行ったらいいかな? なにか美味しいものあった? こっちと全然世界が違ったりするのかな?」

「なぜ海を渡っただけで世界が変わる……。大した距離じゃねー」

そうかもしれないけど! だけど外国だよ?! それにルーにとってみれば大した距離じゃないかもしれないけど、ヒトにすれば遙かな距離だ。それも海を挟んでいるってことは、生態が全く異なる可能性だってあるんだから!

つまりは――


「オレの知らない美味しいものがあるかもしれない……!!」

そう言って拳を握ると、伏せていた黒い耳がピクッと反応した。

『未知の生態と来て、どうしてそういう思考になるのかしら』

さりげなくルーの背中で極上毛並みを堪能しつつ、モモが胡乱げな視線を寄越す。

「だってそうじゃない? ところ変われば料理も変わるんだから! ね、ルーのほっぺが落ちちゃうおうなおいしいお肉の魔物だっているかもしれないよね?」

そ知らぬふりした金の瞳は他所を向いているけれど、べろりと口の周りを舐めた仕草が全てを物語っていると思う。


――きっとおいしいものがあるの! 甘くてサクサクのクッキーみたいな魔物もいるかもしれないの!

ケーキみたいにふんわり甘いのだっているかもしれないの!

くるりくるりと空中を舞うラピスが、嬉しげに両前肢でほっぺを押さえた。

う、うん、それは想定外。美味しいってそういう……? だけどこんな世界のことだもの、ないとは言い切れないよね! 

あとはどうやって探すかだ。しっかりと目的意識を持たなくては。それも美味しいものを探す、なんてあやふやで漠然とした目的ではいけない。時間は限られているのだから、ある程度具体性と実現性のある目的を設定して――。


『主、なんか格好良さそうなこと言ってるけど、俺様格好良くないと思うぜ!』

『あうじ、らいじょうぶらぜ! あえははかっこいいと思うらぜ!』

……オレの熱意はアゲハには伝わっているらしい。だけど、格好いいことを考えてみたものの、いざ具体性と実現性のある目的はと言えば咄嗟に浮かばない。

オレはぱふりとルーの毛並みに顔を埋めてむうんと唸った。


『お料理のことなら、お鍋屋さんに聞けばいいよ! お野菜のヒトなら教えてくれるよ!』

考えるだけで美味しかったのか、シロがしきりと口の周りを舐めつつそんなことを言う。

お鍋屋さん……? お野菜のヒト……?? しばし首を傾げてぽんと手を打った。

「ああ、鍋底亭! なるほど、プレリィさんなら魔族の国のことも知ってるかも! それにお土産のリクエストがあるかもしれないね! さっそく聞きに行かなきゃ!」

よし! とにんまり笑って……ぐりぐりと腕の中の被毛に顔をすりつけた。


「行くんじゃねーのか」

じろりと睨む金の瞳に微笑んで、遠慮無くその身体に乗り上げる。

「うん、急いで行くよ! あとでね!」

「それは急ぐって言わねー!」

だって今はルーを味わうことで忙しい。これはこれで急ぎの用事だから!

不服そうな声に構わず、オレは全身でルーを堪能して至福の笑みを浮かべたのだった。





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皆さま11巻いかがでしたか……?

楽しんでいただけましたかね……ソワソワソワ

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