第590話 ふつうなガッカリ
「――魔族の料理? ユータ君は変わったところに興味をもつんだね」
しっかりとルーを堪能していたら1日が終わってしまったので、オレは今日改めて鍋底亭にやって来ている。
プレリィさんは珍しく起きていたけれど、きっと退屈していたんだろう。いそいそと腰を据えたお話モードに入ってくれた。
「オレ、今度行……あ、えーっと。海人とか森人とかいろんな種族の美味しいお料理を知ったから、魔族はどうなのかなって」
魔族の国へ行くなんて、あんまり公に言っちゃいけないよね。森人だしプレリィさんだし、大丈夫かなって気はするけれど。
案の定大して気に留めた様子もなく、ふうんと流される。
「その歳で随分とあちこちの料理を知ってるんだね。それってすごいことだよ? 君はどこの料理でも楽しめる舌を持っているんだね」
ふんわりと微笑んだプレリィさんは、とても嬉しそうにオレを撫でた。
「それで、魔族の国かぁ。僕もさすがに詳しくはないんだけど――」
ゆったりと話すプレリィさんの声は店内に静かに広がって、椅子もテーブルも耳を澄ませているような気がした。大樹のざわめきみたいに、身体に心地良い声。
入れてくれたお茶は、木の香りがする。
軽く伏せられた淡い緑のまつげは、オレのより柔らかそうだ。サラサラした同色の髪に、ふとシロが言う『お野菜のヒト』を思い出して、ほんのりと口角を上げた。
こんな街中で、森の中にいるみたい。プレリィさんは日の当たる森の気配がする。
同じ森人だけど、メリーメリー先生やキルフェさんはあまりそんな風に思わないんだけどな。
いつものプレリィさんみたいにカウンターにほっぺをくっつけてみると、木目のあるそれは、なぜか温かいような気がした。
「――という感じかな。味覚自体は魔族も僕たちも変わらないんだから、そうそう変なものは……おや? 寝ちゃったかな」
心の底からリラックスして穏やかな声を聞いていたら、思わぬ台詞が聞こえて慌てて顔を上げた。
「お、起きてるよ! 落ち着いてるの!」
「そうだったかな?」
くすくすと笑って細い指がオレの頬をなぞる。確かに、木目の跡はついているけれど! プレリィさんと違ってオレはちゃんと起きてたの!
「ちゃんと聞いてたよ! 毛のないホーンマウスみたいなのと、毒みたいな飲み物でしょう」
聞いてたけど、それだけだと全然美味しそうには聞こえない。
「そうそう、ウーバルセットっていう生き物なんだけど、ここらにはいなくてね。機会があればぜひ食べてみるといいよ。ものすごく柔らかい肉質なんだ。毒みたいな飲み物はね、聞いたことあるだけで僕は知らないから、是非試して欲しいな! 王都によく行くんでしょう? もしかすると売ってるかもしれないし!」
「毒みたいなのに……?」
「大丈夫、魔族の国では飲まれているらしいから!」
胡乱げなオレに、プレリィさんはきらきらした瞳で力説したのだった。
「ねえ、この格好で大丈夫?」
「まぁ……イマイチ。流行の『り』の字も取り入れてねえじゃん」
そんなことどうでもいいよ! 魔族の国で馴染めるかどうかって聞いてるの!
やれやれと言いたげなアッゼさんを睨み上げ、頬を膨らませた。オレ、そもそもこの国の流行だって知らないよ。
「別に、アッゼ様ほどスタイリッシュにする必要はないだろ? それにここで揃えるには限りがある」
リンゼの台詞に、さりげなくアッゼさんが髪をかき上げた。せっかく格好つけているけれど、マリーさんはアッゼさんを視界に入れてはいないようだ。
「そうそう! だから向こうで着替えましょ! あ、でも私の館には小さい男の子用の服が――」
「う、ううんっ! オレ、これでいい! こういう格好の人もいるでしょう? 目立たなければそれでいいよ!」
ミラゼア様のご厚意は丁重にお断りしておく。瞳を輝かせたマリーさんとエリーシャ様を含め、オレの危機察知能力が大いに反応を示しているから。
魔族の国へ帰ると言っても、アッゼさんの転移で一瞬なので旅支度の必要もなければ馬車もいらない。見送りだってこうして室内でOKだ。
ひとまずミラゼア様の領地に飛んで、他のみんなはそこから王都まで行くらしい。
オレは、さすがに王都は危険だってことで当初の予定通りミラゼア様の領地内を散策だ。
ふいに身体が浮きあがり、ブルーの瞳が間近で瞬いた。
「アッゼ、頼むぞ? 大丈夫か? こいつはトラブルを量産するからな」
「そんな不吉なこと言わないで?! 頼むから大丈夫なトラブルだけにしてくれな?」
オレにそんなこと言われても。
むっと唇を結んでブルーの瞳を見つめると、視線に気付いたカロルス様がぎゅうっとオレを抱き込んだ。
「し・ん・ぱ・いしてんだよ。こんなちっこいくせに離れて行こうとするんじゃねえよ、頭から食ってやろうか」
なんで?! 目の前でがあっと大きな口を開けられ、オレは楽しい悲鳴をあげて手足をばたつかせた。
確かに、びくともしないその身体は随分大きい。カロルス様からしてみれば、オレの身体はさぞかしちっこいことだろう。
「だって、大きくなるために離れるんだよ! オレ、カロルス様ぐらい大きくなるんだから」
そのためには、きっと早くからいろんなものを詰め込まないといけない。
「ほどほどでいいんだっつうの」
ほどほどじゃあ、嫌だよ。大きな男になって、カロルス様だって守りたいんだもの。
これから出発だというのに、カロルス様は中々オレを放してくれなくって、順番待ちしていたエリーシャ様たちからブーイングが出るくらいだった。
「じゃ、行くぜ。バルンの見張り塔で待ち合わせてるから、ひとまずそこに出るぞ」
アッゼさんがそう言うが早いか、2人ずつ連れてその場から消えていく。最後は、オレとミラゼア様。
相変わらず泣き出しそうな顔で見送ってくれるエリーシャ様とマリーさん、のほほんと手を振るセデス兄さん、じっとオレを見つめる執事さんとカロルス様。
「じゃあ、行ってきま――」
す、と言い終わった時には既に景色が変わっていた。
「わ、狭っ」
転移した石造りの小部屋は、オレたち全員が入るとかなり手狭になっていた。バルンの見張り塔と言われてもさっぱり分からないけど、ここが既に魔族領なのは間違いないだろう。
「さぁさぁ、ちびっ子ども、下りた下りた!」
ちゃっかり部屋の外に転移したらしいアッゼさんが扉を開け、オレたちを追い立てた。見張り塔、と言うだけあってどうやら高い建物だったらしい。ぐるぐると螺旋状の階段を下りるにつれ胸が弾むのは、つい駆け下りたせいだろうか。
開かれた地上の扉から勢いよく飛び出すと、何ひとつ見逃すまいと眩しさを堪えて見回した。
「…………あれ。ふつうだ」
スン、と力を抜いてきょろきょろしてみる。
禍々しくうねった木々は? 暗く淀んだ空気は? おどろおどろしい生き物は……?
後ろには石造りの簡素な塔、周囲は緑。
気持ちの良いお日様が青々とした草原を照らし、近くの森から木々の擦れ合う音がする。
「え? 何その目? アッゼさん何かしましたっけ?」
非難めいたオレの視線に、アッゼさんが訝しげにオレを見下ろした。
『主は一体何を想像してたんだよ?』
チュー助まで不思議そうな顔をする。
知ってた。分かってたけど、だって魔族だっていうから……もうちょっとばかり、ほんの少し期待していたところもあっただけで。
ほんのりと不満を抱くオレをよそに、みんなは迎えに来た大きな馬車に乗り込んでいくのだった。
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ちらほら感想頂けて嬉しいです!
外伝も好評のようでホッと一安心……!
近々Twitterの方でプレゼント企画もやりますね!
ちなみにね……既に12巻の予約が始まっていたりなんかして…………!!!
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