第577話 置き去り
「ねえカロルス様! リンゼたち村へ行ってもいいよね?!」
朝食の席へ現われたカロルス様へ飛びつくと、ひょいと肩へ乗せられた。
「いいぞ。村も広くなったからな、グレイかマリーと一緒に行けよ?」
それを聞いたミラゼア様の瞳が光ったのは言うまでもない。ミラゼア様、ちゃんと村を見てね?
「ほら、大丈夫でしょう。オレも帰ったら一緒に遊べるからね!」
満面の笑みでそう言うと、リンゼが意地悪く笑った。
「俺は子守が苦手だからなぁ」
子守? きょとんとしてからその意味に思い当たり、オレのほっぺがぱんぱんに膨れあがる。
「そんなこと言うリンゼには、もうおやつ作ってあげないから!!」
「いや俺が悪かった!!」
秒速で手の平を返したリンゼに、魔族仲間からの生温かい視線が注がれる。
そんな彼らをそっと見つめ、ミラゼア様は柔らかな微笑みを浮かべていた。
「じゃあ、私たちは先に行ってるから、ユータちゃんたちも続いて来てちょうだいね? 私、ユータちゃんが来るのを確認しないと動かないからね?」
「うん、転移魔法陣で行くよ!」
だけど、報告に行くのはエリーシャ様たちなんだから、オレたちを待つ必要はないと思うんだけど。
まずはカロルス様とエリーシャ様、そしてアッゼさんが赴き、ガウロ様と話をつけてくるらしい。案外王都の方が魔族への偏見は薄いそうだけど、リンゼを見たあの冒険者さん……確か、ダートさんだっけ? あの人みたいな反応だってある。いきなり魔族の子たちを連れては行けないからね。
タクトとラキを伴い、そんなことを考えながら転移魔法陣を起動する。転移って、本当に便利なものだ。今回助かったのも、アッゼさんの転移があればこそで――。
「あ……」
「どうしたんだよ? 転移しねえの?」
ふと挙動を止めたオレに、タクトたちが訝しげな顔をする。
「あ、ううん、ちょっと気になっただけ……」
「何が気になったの~?」
上の空で二人の声を聞きながら、オレは必死に頭を巡らせていた。
だ、大丈夫、だって魔物はあらかた巻き添えになって殲滅されていたし、あのヒトたち……ヒューゲルとケイカさんが敢えてあの二人を狙うとは思えない。たらりと垂れた汗を拭って、きっと問題はなかったと乾いた笑みを浮かべて振り返った。
「えっと、あの時の冒険者さんたち……置いてきちゃったなって。ほら、森で一緒だった……」
あんまり大きな出来事があったから、すっかり忘れちゃっていた。首を傾げていた二人も、ぽんと手を打って苦笑する。
「あ~。気にならなかったのは、問題がなかったって証拠だよ~」
「そう言や忘れてたな!」
気付いてしまえば気になってくる。彼らは大丈夫だろうけど、あっちはあっちでオレたちのことを心配しているんじゃなかろうか。ダートさんは魔族に怯えていたから、あのまま帰っているかも知れないけれど。
「その、やっぱり気になるしちょっと行ってくるね!」
「あ、ユー……」
阻むようなラキの声を置き去りに、善は急げとあの森へ転移した。一応、ヒューゲルたちを警戒してレーダーの精度は広く、ラピス部隊は戦闘態勢をとっている。
――来るなら行くの! 返りムチにするの!
ラピス、せめて来るのを待ってあげて。普通は『来い』が正解だと思う。そして後半は微妙に合ってるんだろうか……相手が鞭使いだけに。
だけど、そんな警戒が拍子抜けるほど周囲に強い気配はなかった。あのヒトたちは突如現われるから油断はできないけど、この荒れた森に用事があるとも思えない。
「シロ、匂いで分かりそう?」
『うーん。この辺りは匂いがぐちゃぐちゃで分からないよ。僕、あの人たちの匂いはあんまり覚えてなくて……どうかなあ』
そりゃあ、誰も彼もみんなの匂いを覚えてはいられないだろう。オレもレーダーで探すけれど、彼らを個別に探せるかと言うと、ちょっと無理だ。個人を識別できるほど知らないから……。
シロと歩く森の中は、打って変わって静かだった。魔物がいるにはいるけれど、激しい戦闘の影響か潜んでいて出て来ない。村人たちは村に帰っているはずだけど、あんなことがあった後だもの。ギルドの調査が入るまでみだりに森に入ったりはしないだろう。
現にレーダーに人影はひとつも――
「あれ?」
『あ!』
オレとシロは同時に声を上げた。
「――ねえ、さすがにこの奥にはいないんじゃない?」
前を行く背中へ、スーリアさんが遠慮がちに声をかける。無言で歩いていたダートさんは、足を止めて顔を上げると、周囲を見回して項垂れた。
「そう、だな……」
そうっと茂みから窺って二人を確認し、無事な姿に安堵すると共に眉尻を下げた。
もしかして、彼らはいまだ村へ帰っていないのだろうか。
まだ村人を探しているらしい二人の姿に罪悪感が募る。村人が戻ったことも知らずに森を彷徨っているのだとしたら、大変に申し訳ないことをしてしまった。
「どうしよう。早く知らせてあげたいけど、オレが言って信じてもらえるかなぁ。ああ! そもそもオレ、リンゼが魔族って知ってて黙ってたのバレてるんだった!」
それってもう何言っても信用してもらえないよねぇ……。何とかして、ダートさんの心を開いてもらわなければ。
なんだかこれって、魔族の子たちに信用して貰おうとした時と同じみたい。
『だったら、またカロルス様を呼べばいいんじゃない?』
ぽん、と弾んだモモに頷きつつ、今はガウロ様のところへ行っているだろうし……と頭を悩ませる。だってカロルス様を待っている間も、彼らはずっと森を探し回る羽目になってしまう。
ひとまず彼らに村人の無事を伝えてみて、それでダメならカロルス様を待とう。
オレは最悪攻撃されることも想定に入れ、よし、と気合いを入れた。
* * * * *
「魔物は減ったのに、どうして見つからないんだ……今なら、森の外まで逃げて来られるはずなのに」
焦燥の伝わってくるダートの様子に、スーリアは胸を痛めて彼を見つめた。
「きっと、森を出たのよ。私はそう信じるわ」
慰めにもならないと分かりつつ、自らを誤魔化すように呟いてみる。だって、見てしまったから。森の中心部の荒れ果てた様子を。
一体、何をどうしたらそうなるのか、そこは地面までえぐり取られるように陥没していた。
方向転換して再び歩きだろうとしたダートの足が、またピタリと止まった。訝しげに空を仰ぎ、スーリアを振り返る。
「なあ、これ……何の匂いだ? 俺の鼻がイカレてるか?」
「匂い? まさか、幻惑蝶?! 逃げるわよ!」
慌てて身構えたスーリアに、ダートは妙な表情で首を振って腹を押さえた。
「いや、そうじゃねえ。いやいや、もしかしてそうなのか? 既に術中にはまってるってことか?」
「ちょっと、どうしたのよ? 一体……あら?」
不安げな表情をしたスーリアが、ふわりと漂った香りに鼻をひくつかせた。同時に、ぐう、と腹が鳴る。
二人は顔を見合わせ、誘われるように香りを追って足を踏み出した。
ガサリ、と茂みを掻き分けた頃には、疑いようもないほど周囲に香りが立ちこめていた。しきりと腹を鳴らす、なんとも食欲をそそる香りが。
「お、お前っ?! 何で……!!」
思わず零れた大きな声に、一心不乱に何かをじゅうじゅうとやっていた小さな人影が、ビクッと飛び上がって振り返った。
「あ、あれ?! まだ出来てなかったのに。先に見つかっちゃった」
情けない顔でえへ、と笑ったユータは、もじもじと二人を見上げる。
「あの、あのね、とりあえず美味しいものを食べてお話しようと思って……お好み焼きを焼いてました」
しばし呆然と言葉を失った二人に何を思ったか、ユータはほんのり寂しそうな顔で微笑んだ。
「……食べない? じゃあ、聞くだけきいてね、あのね、二人が探してる村人さんたち、ちゃんと村へ帰ってるから。信じられないと思うけど、一度村に帰ってみて」
もう一度微笑みを浮かべると、ユータはお好み焼きをふたつ、皿に載せて切り株へ置いた。
「だから、もう探さなくて大丈夫なんだよ」
ユータがそっと二人とお好み焼きから距離を取ろうとしたとき、ふるふると震えているダートが目に入った。
次いで、太い腕が立ち去ろうとするユータをむんずと捕まえる。
そう言えばこいつ、俺より強かった。そんな思考を追いやって、ダートは思い切り小さな体を掴み上げる。ごつん、と額がぶつかったのも構わず、漆黒の瞳を睨み付けて声を張り上げた。
「こ、この野郎……!! 探していたのは――お・ま・え・だー!!」
悲しげだった顔は、きょとんと目を瞬いてダートを見上げたのだった。
* * * * *
「ユータちゃんが来ないっ! どうしてっ?! なぜなの?! まさか、まさかもう反抗期に……」
その頃、王都の一角ではエリーシャの悲痛な声が響いていたという……。
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コミック最終巻、ホント悲しいですよねぇ! 私も続き出して欲しい!!
だけど私に言って頂いても何の力にもなれないのです……読者様の方が力があるんですよ~~!!
出版社に!KADOKAWAさんに是非ご意見を!! あとは片岡先生へのファンレター! それらは必ず先生への力になりますから…
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