第570話 思いに蓋をしないで

「育てる……? 魔晶石を?」

あれって、育つの?! ううん、結晶みたいだったから、確かに条件が揃えば育つのかもしれない。

「本当に知らないのか」

オレを見つめる呆れた視線に、こくりと素直に頷いた。

「呪晶石は邪の淀みが結晶化したもの。当然淀みを吸って成長する。濃縮された淀みがあればいい」

「淀みが濃い場所で成長するってこと……?」

肯定の頷きに、眉をひそめた。だけど、淀みって『嫌な感じ』のことで、チル爺たちの言う『邪の魔素』でしょう。それってどこにでもあり得るけど、地下だとか戦場に多いって言っていた。呪晶石さえなければこのあたりにそれが漂ってはいないし、ましてや村から発生しているはずがない。

以前、オレの回復強化のせいで洞窟にいっぱい集まってしまったけれど、屋外で集めることなんてできるんだろうか。


『じゃあ、集めるんじゃなくて作るの? 魔素ってどうやってできるのかな』

小首を傾げたシロにオレもうーんと頭を悩ませる。

だけど、例えば火山であるサラマンディアで火の魔素が多いのは、集まっているからじゃなくてその場から生まれるからじゃないかな。オレだって生命の魔素をまき散らしているらしいし、その場の自然や生き物たちから生まれるもの?

「なら、何から邪の魔素って生まれるんだろ。それこそ呪晶石からは発生しているみたいだけど。他は呪いだとか、『神殺しの穢れ』くらいしか知らないよ。自然に発生する嫌な気配なんて――」

オレは、ハッと言葉を切った。


あった。魔素が穢れていくような感じ。あれが、邪の魔素の発生だとしたら。

最近にあった呪晶石関連の大規模戦闘、モノアイロスの群れとの戦場でそれを感じた。

「村人が襲われると……邪の魔素――じゃなく『淀み』が発生するの?」

驚愕したオレが振り返ると、聞き耳を立てていたラキとタクトも同様に目を瞬かせている。

「そうだ。戦場だとか、魔物の群れに襲われただとか、ヒトが理不尽に蹂躙された時に淀みが発生しやすいと言われている。だが、あの呪晶石は魔物を寄せるに十分な能力があったはずだ。なぜそんなことをするのか分からん」

リンゼがぐっと眉をひそめた。それ……本当に? 本当にそんなことのために村人を犠牲にしようとしたの?

一体、何の理由があればそれが対価となり得るんだろうか。あの人たちは何のために動いているんだろうか。

オレの脳裏に、漆黒に浮かぶ金の瞳がちらついた。

答えてくれるだろうか。だけど、聞いてみなくちゃいけない。


胸の中がもやもやとして、手元の紅茶を見つめた。

悲しいのだろうか、怒っているのだろうか。自分の感情がいまひとつ分からないけれど、ただ、それは小さな体いっぱいに暴れて手がつけられない。

ぺろり、とほっぺを舐められ視界が揺れた。我に返って身体をずらすと、シロが正面からのし掛かるようにオレの肩へ顎を乗せた。

『ぎゅーってしてみて。どんな感じ?』

言われるままに、大きな身体を抱きしめる。さらさらと冷たい毛並みが肌をくすぐって、触れた部分からゆっくりとぬくもりが伝わってくる。頬を寄せれば、ぺたっと伏せた三角の耳が触れた。

シロの、大きくて優しい気配。ひたすらまっすぐにオレへ向けられる、親愛の気持ち。


『ぼくは、ゆーた大好きって感じがするよ! 見て、しっぽが喜んでる』

顔を上げると、シロの水色の瞳が透き通ってこちらを見つめていた。次いでぶんぶんと振られるしっぽが見えて、口元からゆるりと力が抜ける。

「ホントだね。オレもしっぽがあったら同じになってるよ」

『そう? じゃあ、嬉しいね!』

まるで、シロから光が射すみたい。溢れる大好きの光に包まれて、凝り固まっていた心が解けていく。

『じゃあ次、スオー』

『なら、次は私ね!』

『おれは?』

――ラピスは今なの!

「ピピッ!」

両頬にラピスとティアのぬくもりを感じ、両手で包み込んで頬ずりする。

『俺様……俺様は……俺様も……』

『あえは、おやぶといっしょ! おやぶ、ならぼねー?』


どうやら、みんなをぎゅっとしていかなくてはいけないらしい。

突如もふもふまみれになったオレに、リンゼたちが目を丸くしているのが分かる。

ああ、あったかい。柔らかくて、優しくて、温かいね。何もかも、こうして包み込まれてしまえば解決するような気がするのに。


ひとしきりもふもふを堪能して、すっかり冷めた紅茶を飲み干すと、デザートを忘れていたことに気がついた。みんな満腹までお好み焼きを食べちゃっているけれど、食べるだろうか?

「これ、食べられる?」

柑橘をたっぷり使ったムース。二層に分かれたムースは、見た目も綺麗で心が華やいだ。リンゼたちの表情を見るに、食べない選択肢はないようだ。


「おいし」

涼やかな香りと滑らかな舌触りは、頭にこもった熱を取り去ってくれるみたい。冷たいデザートは魔法の真骨頂、何時間も待つ必要なく出来上がるので重宝している。

「物足りねえけど、美味いな!」

「スッキリしていくらでも食べられそう~」

タクトとラキは言うに及ばず、魔族の子たちからの評判も上々のようだ。

みんなが嬉しいと、嬉しいね。

そんな単純な話じゃないことは分かっているけれど、分かってはいるけれど……。


ぽん、と頭に手が乗せられた。

「お前、またぐるぐるしてるぞ」

タクトに言われてしまうなんて、相当だ。ちょっとふて腐れて、大丈夫、と答える。

「まあ、やりきれねえよな」

うん、そう。やりきれない。

「そうだよね~。どうしてこう理不尽で辛いことがあるんだろうね~」

うん、そう。辛かった。

いつの間にか傾いていたお日様が、徐々に周囲をオレンジ色にしていく。

「オレ、やりきれなくて辛かったよ。どうしてこんなことがあるんだろうって思うと、すごくしんどいね。こんなこと、なかったらいいのに」

ぐるぐるしていた思いが、出口を見つけて出ていった。


「なかったらいいのに、な」

「そうだね~」

ふたりは、そう言って微笑んだ。

口にするのは、希望の方が良い。できるわけないなんて、分かっているけれど。言ってしまえば、それを支持することになっちゃうから。

オレは、なかったらいいなと思うんだよ。それが不可能でも、仕方ないって言うよりいいと思うんだよ。だってそれは、嘘じゃない。


ぽんぽんと撫でられる頭や背中は、まるで慰められているようで不服だ。だけど、オレは温かいでしょう? だから、きっとふたりを少しは温められるはずだ。

オレにも、柔らかな毛皮があれば良かったのに。そんなことを考えて、くすっと笑った。


良かった……みんながいて。

良かった……ふたりがいて。

顔を上げると、夕日が目の中に飛び込んで来た。黒い瞳の中にも、こんなに輝くオレンジが映っているだろうか。

オレは覗き込むふたりに向かって、満面の笑みを浮かべて見せたのだった。




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