第571話 大人の男

「――そう言えばさ、これって村人起きたら大騒ぎじゃねえ? 大丈夫なのか?」

お食事会を終え、ちょっと早めの就寝かなと思ったところで、タクトがそんなことを言った。

「当然、術の効果が切れれば起きるぞ。だがお前らが説明してくれるんだろう?」

「ええっ?! せ、説明はするけど! だけど、オレたち子どもだもん。多分信じない人たちがいるよ!」

ど、どうしよう?! にわかに慌てだしたオレたちに、リンゼたちも不安そうな顔をする。


「なぜ。子どもでもお前たちは実力者だろう? 星はなくともヒトも似たようなものがあるだろう」

「貴族の階級はあるけど、オレたち貴族じゃないもの。あ、オレは端くれかもしれないけど」

「実力があれば、その貴族とやらになれるのではないのか」

ないよ! いや、なくはないかもしれないけれど、純粋な実力とはちょっと違うよね。

どうやら魔族の『星』とオレたちの貴族階級は微妙に違うらしい。


「も、もうちょっと眠っていてもらうってわけには……?」

「もう鱗粉がない。俺たちの魔力だけで全員は……」

言葉を濁す彼らに、オレの方も焦りが募る。アッゼさんが起きてくれたら転移で……でも、全員を一度に転移させるのは無理って言ってたし、彼がヒトの目に留まればもっと騒ぎになるかも。

『実力がある、有名な貴族に説明してもらえばいいんじゃない?』

ぽむぽむと肩で弾んだモモが、何でもないように言う。だけど、それってオレが転移で連れて来なきゃいけないってことだ。

全ての条件をクリアする人なんて……だって転移がバレても良くて、有名で、実力があって、魔族に偏見がなくて――ついでに森林破壊の痕跡の言い訳に使えそうな人が……! いたぁ!!


「オレ! ちょっとトイレ行ってくる!!」

高らかに宣言して走り去ると、物陰に隠れてさっそく転移する。

「おぉ?! どうした、王都に行ってるんじゃなかったか?」

お目当ての彼は、長い脚を机に乗せて、退屈そうにペンをまわしていた。真上に転移したオレをガッチリ受け止めると、なぜか腹に顔を埋められる。

「……何作ったんだ? 美味そうだな」

シロみたいにフスフスと鼻を鳴らされ、くすぐったさに身をよじった。

「お好み焼きだよ! ねえ、お好み焼き作るから一緒に来てくれる?」

「おう、いいぜ!」

……いいの? むしろいそいそと立ち上がったカロルス様に、机に積まれた書類を見やった。


「で、どこ行くんだ?」

さっそくオレを抱き上げたまま窓へと向かう――窓? 

「どうして窓から出るの? 執事さんに言っておかなくていい?」

「……皆寝ているかもしれんからな」

オレじゃあるまいし、さすがに大人のみんなは起きてると思うけど。だけど、そうこうしているうちに向こうで何かあったら大変。いいと言うならいいんだろう。

「そう? じゃあ、行くよ!」

「え? 行くってお前、転移か――うおぉ?!」

カロルス様! オレが潰れる!! 危うく抱き潰される寸前、オレたちは光に解けて消えた。


「……お前ぇ~! 転移ならちゃんと言えって。心の準備がいるだろうが」

「だって、転移するって言ったらみんな嫌がるんだもの」

今回は嫌だからと言って連れて来ないわけにはいかなかったんだもの。

げっそりとしたカロルス様が、自らの身体をなぞって無事を確かめている。大丈夫だよ、欠けてないよ! カロルス様なんてオレが一番深く知っている人だもの、絶対に大丈夫。


「で、ここはどこだ? なんで俺を連れてきたんだ」

いきなり休憩所に転移すると混乱を招くだろうから、少し離れた場所を選んでいる。きょろきょろするカロルス様の前に、まずはと小テーブルを設置した。

「まあまあ、お好み焼きでもどうぞ! 実はね――」

オレはにっこりスマイルでお好み焼きをセッティングしたのだった。


「――この野郎、また面倒事に首突っ込みやがって……!」

しっかりとお好み焼きとデザートを食べ終えたあと、カロルス様は両手で顔を覆って嘆いていた。

オレが突っ込んでるんじゃないよ、向こうが突っ込んでくるんだもの。むすっと唇をとがらせていると、重い手がわしわしと頭を撫でた。

「……無事ならいい」

安堵のこもった呟きに、胸がきゅっと痛んだ。ごめんね、心配掛けて。

黙ってその胸にしがみつくと、大きな両腕が包み込むようにオレを覆った。

オレを小さな子どもにしてしまう、大きな器と大きな身体。つい潤んだ瞳を誤魔化すように、強く顔を押しつけて深呼吸した。



「ユータ……あれ? カロルス様?」

振り返ったタクトが目を瞬かせる。ぎょっと腰を浮かせた魔族の子たちは、手を振るオレと落ち着いた二人の様子に危険は無いと判断したらしい。

「これはカロルス様だよ! 多分魔族で言うところの5つ星だから、もう大丈夫!」

ざっくりした説明では用心深い眼差しは変わらないけれど、味方だと理解はしてくれているようだ。


「おう、お前らよく頑張ったな! あとは大人に任せて、ちゃんと寝ろ」

にっと笑ったカロルス様が、手近な子の頭へぽんぽんと触れていく。一瞬身を強ばらせた子どもたちが、くしゃりと顔を歪めた。

「大した事情は知らねえけどよ、子どもは大人が守るもんだ。まあ、任せな。大丈夫だからよ」

魔族の子たちの顔が、変わった。しっかりしていると思っていた彼らは、途端に迷子の子どもになった。

ああ、大人ってすごいな。この安心感は、どうやったって子どもには出せないもの。

オレ、大きくなったらこんな大人になるんだ。

ぽふっとカロルス様にしがみつき、ふんわり笑った。オレのこの安心感を、みんなに伝えられたらいいなと思いながら。


「――じゃあ、カロルス様はここにいてね!」

村人たちの部屋へ案内すると、カロルス様の寝台を設置する。

「おいおい、ここでいいのか? 外の見張りが必要だろ?」

「カロルス様なら、ここにいても危ない時は分かるでしょう?」

「ここに居ながら外の見張りもしろってか。人使い荒いな?」

にやっと笑って頭をぐりぐりと撫でつけられる。そんなことないよ、カロルス様は普通に寝ていればいいんだもの。きっと何かあれば飛び起きてくれるから。

寝台に腰掛けたカロルス様におやすみを言って部屋から飛び出すと、オレたちの部屋へ駆け込んだ。


「ねえ、アッゼさんまだ起きない?」

「起きねえよ。腹減ってるだろうになあ」

「あんな規模の転移なんて聞いたことないし、本当に目が覚めるのかな~」

不吉なこと言わないで?! 既に寝る体勢の二人にもおやすみを言うと、アッゼさんの横たわる寝台へ乗り上げた。

魔力自体は自然回復に任せるしかないけれど、きっとアッゼさんは無理をしていて、あちこちに負担が掛かっている。せめて点滴や回路を繋ぐことで少しでも助けになればと思って。


乱れかかる髪をそっと掻き分け、おでこに手を当てた。カロルス様より細い髪、熱いおでこ。

あれ? 熱い?

「お熱出てる……。やっぱり相当負担だったんだ」

きゅっと眉根を寄せ、端正な寝顔を眺めた。お熱が出ているっていうのに、魔力を使い切った身体は苦しそうな表情すら浮かべない。急いで点滴魔法を施すと、ティアに頼んで3人で回路を繋いだ。


「わ……すごいね」

これが、トップクラスの魔族……。繋がった途端に明確な違いを感じる。不思議、まるで回路が太くなったみたいで、ストローとホースくらい違う。これならいくらでも魔力を流せるんじゃないだろうか。

きっと本来は魔力が充ち満ちて、今とはまた違った感覚があるんだろうな。


どのくらいそうしていたのか、呻いた声にハッとした。

「うーっ……。いてぇ……」

「アッゼさん! 目が覚めた? どこが痛いの?!」


もやのかかった紫の瞳が、ぼんやりとオレを見つめたかと思うと、バチリと覚醒した。

「……なーんだ、マリーちゃんかと思って損し――っ」

おどけた様子で起き上がったものだから、オレの方が仰天する。まだ動けないでしょう! 案の定、彼は虚ろな瞳で静止すると、言葉を飲んだ。

「アッゼさん、魔力が足りないんだよ。まだ寝ていて!」

有無を言わせず寝台に押しつけようとするのに、脂汗をかいた彼はへらりと笑みを浮かべて立ち上がろうとする。どんどん悪くなる顔色に、オレの方が泣きそうだ。

「アッゼさん! 死んじゃうから!」

「ちびっ子が何言ってんだよ、アッゼさんは見ての通り大丈夫だ。強いからな! さて、周囲の様子でも――」


どすっ! アッゼさんの顔面を掴んで、鋼の腕がその頭を枕へと押し戻した。少々乱暴だったけれど、ほっと胸を撫で下ろす。

「見たまんま、大丈夫じゃねえよ! 寝てろ!! こいつらが心配するだろうが」

「……へ? あんた、カロルス? なんでここに……?」

「そうだ、俺だ。お前もよく頑張ったな。いいぞ、俺がいる。寝ろ」

振り返ると、ラキとタクトが親指を上げた。そっか、呼びに行ってくれたんだね。

アッゼさんは大人しく横になったまま、両手で顔を覆った。ピンと張っていた糸が確かに緩んだのを感じて、なんとなくオレが得意になる。安心しちゃったでしょう、もうきっと起き上がれないね。

「くっそ! 何、俺を惚れさせたいの?! カロルスのくせに!」

「うるせぇ。でけえガキは寝てろ、オトナが守ってやるからな」


ふふん、と顎を上げて布団を叩いたカロルス様は、最高に格好いいと思った。




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◆もふしらショップ オープン!!!◆

ついにこの時が来ましたよ!

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私イチオシのタオル類はまだ登場していませんが、他のグッズもめちゃくちゃ可愛くて!!

リアルに小躍りして傷めていた腰を悪化させたひつじのはねです!!!


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