第561話 妙な子ども

「なっ……なんで?!」

慌てて逃げようとする先を通せんぼする。こんな森の中、子ども1人は危険すぎる。ここに魔物がいなくて本当に良かった。

ぐっとフードをかぶって後ずさった少年に手を差し伸べ、なるべく優しく微笑んでみせる。

「ここにはいないかもだけど、この先には魔物がいっぱいいるよ。向こうへ行っちゃダメ」

さっき、レーダーを広げた時に気付いていた。この先に、夥しい数の魔物がいることを。ここらに魔物がいないのは、消えたわけじゃない、集まってるんだ。

「そんなわけない! この先には――」

言いかけた少年が、ぱっと口を塞いだ。


「いるの?! 他の村人さんたちが……。ねえどこにいるか教えて! 大丈夫、オレは怖い人じゃないよ! 村の冒険者さんと来てるんだよ!」

「お前みたいなチビが怖いわけないだろ!」

間髪入れずに言い返されて、ショックを隠しきれない。そうか、それもそうか……打ちひしがれるオレを尻目に、そっと駆け出そうとした少年の裾を掴んだ。

「離せ! 魔物なんかいるはずない。いるはずない!」

ぶんぶん首を振る様子に、ハッとする。そうか、魔物に気を取られて気付かなかったけど、もしかして捕らえられた村人たちがそこに……。オレは慌ててレーダーを先へと広げてみた。


『戻ったぞ』

チャトが普通ねこサイズで飛びついてきた。胸に抱きとめ、息を切らして走ってくる2人にホッと安堵の息を吐く。

「ユータ、急にいなくなってどうしたんだよ?」

「心配したよ~。あれ? その子は?」

やっぱり、2人に幻惑にかかった自覚はないみたい。

『ただいま~』

ダートさんたちを乗せたシロも戻って来た。どうやらいずれの2人組も、まっすぐ走っていたのにオレがいつの間にかいなくなったと思ったらしい。実際は、4人ともかなり急に道筋を逸れて走って行ったのだけど。

『私は道が逸れたのは分からなかったわ。スライムじゃあ抵抗できないのかしら』

『スオーは、どうして違う方へ行くのか分からなかった』

蘇芳はこう見えて割と高位の幻獣だから、幻惑が効かないんだろうか。それともカーバンクルだからだろうか。

「2人はムゥちゃんの葉っぱ使ってる? とりあえずこの先に行くなら口へ入れておいて!」

そう言えば、と取り出した葉っぱを2人が口へ含んだのを見届け、ダートさんたちに向き直った。


「お前たちに関係ないだろ、離せ!」

『だって、離したら1人で行っちゃうでしょ? 危ないよ?』

お守りを頼んだシロが困っている。元気なのはいいけれど、ちっともお話ができる状況じゃなさそう。

「この子、村の子でしょう? 何か知ってるかもしれないから、お話ししてみて!」

部外者より顔見知りの方がいいだろう。小さな村だもの、顔くらいは見たことあるはずだ。

ところが、言われた二人はきょとんとオレを見る。

「え、お前らの友だちじゃねえの?」

「見たことないわ。村の子じゃないわよ」


今度はオレの方がぽかんとする番だ。そんなはずない、だって近辺にはあの村しかないし、この子はどう見たって冒険者の装いじゃない。元はちゃんとした服であったろう衣装は着古されて褪せ、フードに隠れた顔は薄汚れ、貧しい家の子であろうことがうかがえる。

「じゃ、じゃあ。君はどこの子なの……?」

フードの中を覗き込むと、ふいと視線を避けられた。

「そいつが誰でもいい、村の皆はどこだ?! 知ってるなら話せ!」

ダートさんの剣幕に、少年がビクリと肩を揺らす。スーリアさんが大きな身体を軽く小突いてしゃがみ込んだ。

「ねえ、私たちの友だちや家族もいるのよ。何か知っているの?」


俯いた表情は分からないけれど、逡巡する気配が伝わってくる。だけど、悠長にもしていられない。ひとまずレーダーで視た人たちの状況を確認しておかなきゃいけない。

「オレ、ちょっとこの先を見に行ってくる! タクト、ラキここをお願い。チャトと行くから大丈夫だよ。 スーリアさんたちはその子に話を聞いていて!」

「おい……!」

きっと、大丈夫。たくさんの人の反応がある。だけど、それが村人なのかどうか、オレには分からない。そして、もう一つ。周囲を囲むように魔物が群れを成している意味も分からない。


任せろ、と片手を上げた二人ににっこり笑って背を向けた。

「チャト、飛んで!」

抱いたチャトをふわっと宙へ放つと、その身体がぐんと大きくなった。驚愕の声が聞こえた気がするけれど、構っていられない。


『行くぞ』

「うん!」

軽やかに幹を駆け、枝を蹴り、樹上へ飛び出したチャトが翼を広げた。

「……ねえ、どうしようか。もし、あの数の魔物が一斉に襲って来たら。それに……」

オレは空の上で一人、ふわふわしたオレンジの毛並みに顎を埋めた。いざとなったら……いざとなったら……。


――ユータ。心配いらないの、ひと思いにやってもいいなら、ラピスがやるの。

ぽん、と目の前に飛び出したラピスが、群青の瞳でオレを見た。

――魔物なんて、へっちゃらなの。ラピス部隊ぜんいんぜんめいのフゥルスイングを見せてあげるの! 森ごとゼロに戻してあげるの!


熱く輝く瞳を見つめながら、考える。全員全命……? 合ってるような、合ってないような。多分だけど、全身全霊じゃない?

『主ぃ、突っ込むのはそこじゃないぜ!』

ぺちぺちと頬を叩く小さな手にハッとする。うん、そこじゃなかった。

「ら、ラピス、ありがとう。本当に本当の絶対に絶命な時はお願いするけど……ひとまずフルスイングは取って置いて。森をゼロにはしないでほしいな……」

ラピス部隊、すごい力を持っているのに使いどころが……。本当に、過ぎたるは及ばざるがごとし……。スプーンが欲しい場面でショベルカーを出されてもどうにも……。

いつの間にか、強ばっていた顎の力が抜けていることに気付いて、ふわりと笑った。



「うわ、うわぁ……」

魔物が集まる方へ、人の反応がある方へ飛んでしばらく、空からは遠く魔物が目視できるところまでやってきた。

空を飛ぶ魔物もいないではないけれど、この高度を飛ぶものはいない。眼下で数々の魔物が右往左往する、異様な光景に身震いする。魔物同士が喰らい合う悲鳴があちこちで響いていた。


「これ、もしかして」

近づくにつれ、覚えのある微かな感覚に眉根を寄せた。知らなければ気付かないくらいの気配、だけど、こう何度も経験すれば敏感にもなる。

「魔寄せ? ううん、魔晶石かな。でも……」

魔物が集まるのは、きっとそのせい。なぜか、は後だ。とにかく、そこにきっと魔晶石があって、魔物が寄ってきている。

その中で、オレはレーダーで視た不思議な光景を探して目を凝らした。魔物の群れの真ん中に、ぽかりと空いた小さな安全地帯。小型の体育館程度の空間に、たくさんの人の気配があった。

だから、村人が要塞の中にでも立て籠もっているのかと思っていたけれど、建物など見当たらない。だけど、人も見当たらない。


『見ろ』

「あっ……!!」

チャトが顎をしゃくった先に、微かに動いたものが見えた。同時に、強い魔法の気配を感じる。

村人の姿が見えないけれど、おそらく地面に穴があるので土魔法で地下壕みたいなものを作ってあるのだろう。穴の周囲に数名の小柄な人影があった。


と、佇んでいた小さな人物がふらりと体勢を崩した。途端にあの『嫌な感じ』がぐんと強くなる。魔物の意識が一斉にそちらを向くのが分かった。

危ない、と思ったと同時に、その人が足を踏ん張って上を向く。

きっと向こうからはチャトしか見えなかったろう。だけど、オレは歯を食いしばった彼女と目が合った気がした。



「――お願い、あなたに危害を加えたりしないわ。ただ村の人たちを助けたいだけなの」

何度目かのスーリアの懇願に、フードの下から小さな声が漏れた。

「みんな無事、なはず。俺たちだって……悪い事はしていない」

どこか言い訳がましい口調に違和感を感じた時、ダートがハッと顔を上げた。

「そうだ、お前らの格好、どこかで見たと思ったんだ。お前、最近森の側で見かける孤児連中の一人だろう? 子どもばかりだからって食い物を渡していた村のやつもいたはずだ! お前の仲間はどこ行った? 何を知ってるんだ?!」

大きな男に詰め寄られ、思わず後ずさった少年を逃すまいと、ダートがその腕を掴んで引き寄せた。弾みでフードが脱げ、目を見開いた少年とダートの視線がかち合った。


「ちょっと、ダート! 乱暴な――」

「お、お前っ?!」

ダートが大仰に驚いて手を離した時、樹上から小さな影が降ってきた。

「ねえ、モモ! 一緒に来て!」

着地するなり駆け寄ったユータが、モモに手を伸ばす。

「ユータ、何かあったか?!」

「うん……! 人がいるよ。だけど、魔物も……! あの子にも聞きたいことがあるんだ、どこにいるの?」

え、と視線を走らせた面々が顔を見合わせる。今ここにいた少年は、忽然と姿を消していた。

「ああ! 向こうへ行っちゃってる! 追いかけなきゃ!」

レーダーで視たのだろう台詞に、ラキとタクトが頷いて駆け出した。



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もふしら9巻が対象かな? 末席にでも入れて頂けると非常に嬉しいです~

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