第512話 くらげ?

たくさん飛び込んで、潜って、お魚を探して。

川ってどうしてこんなにやることがたくさんあるんだろう。採取もしようと思ってギルドに寄ってきたのに、そんな暇はなさそうだ。


いつの間にか指がふにゃふにゃになった頃、タクトがふとオレを見て眉をひそめた。

「ユータ、お前、ちょっと上がってろ」

「本当だ~。ほら、一緒に上がろう~? 唇がゴブリンみたいな色になってるよ~」

え、ゴブリンは嫌だな。

そう言われてみれば、身体は小刻みに震えているかも知れない。

どうやらオレの小さな体は、すぐに冷えてしまうらしい。まだ水中で遊びたかったけれど、気付いてしまえば温かさが恋しかった。


重い体を岩の上に押し上げると、休憩にほどよい場所を探す。

まぶしい灰色の岩にはぺた、ぺた、と小さな足跡がついて、端からみるまに消えていく。

熱せられた岩は、水の滴る足にちょうど良く温かい。平らな場所を探してうつ伏せると、熱々の岩がオレの形に濡れて、じわじわと音をたてた。

「あったかい」

冷えきった身体にぬくぬくの岩が心地良い。お腹がほかほかする。上から照りつけるお日様はちょっと強くて痛いくらいだけれど、岩の暖かさは心地良かった。


「ユータ焼きができそうだね~」

くすくす笑ったラキが、ふわりと大きなタオルをかぶせてくれた。

「熱い石を使ったお料理もあるんだよ! オレ、焼いたらおいしいかな?」

「ぷにぷにして柔らかくて、美味しそうだよ~。僕は焼いても美味しそうにないね~」

うーん、確かに。ラキは身の付きが少ないから、だしに使うくらいがいいかもしれない。

「……その目。割と本気で料理しようとするのやめてくれる~?」

まじまじと眺めていると、苦笑して目を塞がれた。

「なあ、俺はうまそうか?」

ビタビタと水を飛び散らせながらやってきたタクトが、無造作に腰掛けてにかっとした。

こんがりと引き締まった肌に水が弾けて、これ以上ないほどおいし……じゃなくて、健康的だ。

「タクトは美味しいよ、きっと! よく身も締まって肉付きもいいし、余分な脂もなくて塩だけでいけちゃう美味しさだよ!」

ぐっと拳を握って力説する。だって今そのままでもローストチキンみたいな雰囲気があるもの。日焼けした肌って美味しそうだよね。

「そうか!」

「それ、嬉しいの~?」

にっとしたタクトに、ラキが胡乱げな目を向けた。


岩の上で十分に身体を温め、お弁当を食べた後はプールの方へ移動した。

「川の水って冷たいね! こっちは……ちょっとマシかな?」

ちゃぽん、と身体を沈めると、ほどよい水温にほっと力を抜いた。こっちなら長く遊べるかもしれない。

プールは楽だな。緩やかだったからあまり気に留めていなかったけれど、川の流れがあるとないとではこんなに違うんだな。それに、川は海とも湖とも違う独特の気配がする。きりりと鋭い気配は決して優しくはないけれど、全てを濯いで清められるような気がする。

「僕はこっちの方がいいね~」

「でっけー風呂みたいだな! これさ、秘密基地に作ってくれよ! 俺の特訓できるんじゃねえ?」

それって水の魔法剣でしょう? そんなことされたら、秘密基地が崩壊するから!


『あうじ! あえはをみて!』

瞳をきらきらさせたアゲハがぱちゃぱちゃと手を振っている。言われるままに見つめていると、浮かぶモモに掴まってちょっと下を向いた。

『みた?!』

えっ?! 何を?! 即座に顔を上げて満面の笑みを向けたアゲハに、もしや水中を見なきゃいけなかったのかとアワアワしてしまう。

『すごい、スオーはできない』

『あえは、がんばったからよの!』

満足げな表情に、オレも慌ててすごいと褒め称えてみせる。

『……主、アゲハは顔を水に浸けられるようになったんだぞ!』

オレによじ登ったチュー助がこそっと耳打ちしてくれた。な、なるほど……。アゲハはそもそも火の精霊だったんだから、水で遊べること自体すごいんじゃないだろうか。そして蘇芳はもう少し頑張ろう?


「すごいね、本当にがんばったんだね! まだ疲れてない? 寒いんじゃない?」

手を差し伸べると、ぴょんと飛びついてきた瞬間、ぼっと燃え上がった。

「あ、アゲハ?!」

『じゃーん!』

手の平に着地と同時に、嘘のように炎は消えた。

ほら、寒くないと言わんばかりに両手を広げてちまちまと回ってみせる。なるほど、一瞬の炎化で水分はもう一切残っていなかった。こんな特技があったのか……心臓に悪い。

「アゲハ、ちょっとお目々を閉じてみて?」

『いいよ!』

元気いっぱいのアゲハだけれど、念のためと手の平に乗せてしばらく撫でてみる。

「…………疲れてたんだね」

まるでスイッチを切り替えるように、スコンと眠りに落ちてしまった。微笑みをかたどったままの口元に、オレも思わず笑みを浮かべた。きっと、夢の中でも楽しく遊んでいるに違いない。

「もう寝ちゃったの~? ユータみたいだね~」

「主従は似るって言うもんな!」

余計なことを言う二人をじろりと睨んでみたけれど、残念ながら反論が浮かばない。

現に今、とても眠いし。


『ねえねえゆーた! くらげがいたよ!』

と、まだ川遊びしていたシロがしっぽをふりふりやってきた。

「くらげ? 川にくらげがいるの?」

こっちの世界はそうなんだろうか。だけど、川にいてもどんどん流されてしまうんじゃ……。

首を傾げたけれど、駆け寄るシロは確かに半透明の何かを咥えている。

「へえ、結構大き――ねえ、オレこれくらげじゃないと思うな」

シロはそうっと運んで来たそれを、プールに放した。

『くらげじゃないの?』

うん、多分。確かにミズクラゲみたいだけど。

半透明で、うっすら内容物が透けて見えて、顕微鏡で見た細胞みたいな……。それはモモみたいにぷかぷか浮いている。

「スライムじゃねえ?」

「スライムだねえ~」

やっぱり。オレはモモしか見たことなかったけど、これがいわゆるスライムだろう。ちなみに陸上生物(?)なので水に入れられると、なすすべなく浮かぶことしかできない。モモが泳げるのは、やはり元水性生物の矜恃だろうか。


「どうして川に?」

つんとつついてみると、ふるる、と震えた。陸上では這うように移動して、主に死体や腐った木なんかを食べるそう。原始的な生物であまり知能はないらしく、そこにあれば生きた人や動物も食べようとする。だけど黙って食べさせてあげるわけもないので、スライムに襲われて大怪我なんてことには普通ならない。

「さあなー、鈍臭いから落ちたんじゃねえ?」

日陰を好むので草原ではほとんど見ないけれど、珍しい魔物でもない。むしろダンジョンみたいな場所ではポピュラーな弱い魔物だ。素材もないので出会っても無視することが多いらしい。

『ふうん? くらげじゃないんだね! いっぱい流れてきたよ』

「え? いっぱい?」

シロの言葉に、オレたちは慌てて川へと走った。


「うわ~本当だね~」

「すげー! なんでだ?!」

緩やかな流れに乗って、1匹、2匹……視界を次々スライムが流れていく。ちょっと少ないけど、まるで縁日のスーパーボールすくいみたい。涼しげで美味しそうにも見える。

「スライムって群れないよね? どうしてこんなに流れてくるんだろう?」

たまたま条件のいい所に『溜まる』ことはあっても、群れるほどの知能はない。

「こんなにいると、さすがに危ないよね~」

スライムの討伐依頼なんてなかった気がするけど、異常発生でもしたんだろうか。

「なあ、上の方行ってみようぜ!」

タクトの提案に、オレたちは一も二もなく賛成したのだった。



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