第508話 俺たちの戦闘を見にきたんじゃねえの?!

「ねえ、プレリィさんも来ちゃって、お店は大丈夫なの?」

眩しげに目を細める彼を見上げた。

繊細な美青年は、なんだか日差しの中で溶けて消えてしまいそうな気さえする。

「そんなこと言って、君達も知ってるでしょ? そうそうお客さんなんて来ないんだから」

苦笑すると、細長い身体をさらに伸ばした。

「それに、僕だってたまには外でのんびりしたいからね」

「だよな! あんまり部屋の中ばっかりだと、きのこが生えてくるぜ!」

「う~ん。僕たちが言えたことじゃないけど~、外は普通のんびりするところじゃないと思うんだ~」

確かに。それを言えるってことは、やっぱりプレリィさんも普通以上の実力者ってことだろうか。キルフェさんの倍ってことは、単純に今のキルフェさんの見た目だけで言っても40歳以上ってことで……。多分、だけど……キルフェさんは見た目通りの年齢じゃないと思う。だからプレリィさんはもっともっと上の気がする。


「いいなぁ。長命ってことはその分長く訓練できるってことだもんね」

『だけど、エルフはみんな長命なんでしょ? じゃあ何の特権でもないんじゃない?』

あ、そっか。オレたちみたいな人の中で生きるならすごい特権だけど、エルフの中では普通のことだもんね。

例えばオレだって短命なゴブリンに比べたら長命だもの。ゴブリンよりずっと多くの時間を訓練に費やせるし、強くなれる。けど、だからと言って別に嬉しくはないかなぁ……。

『主、それはさすがに例えが悪すぎ』

『言いたいことは分からんでもないけど、その例えでは分かんないわね』

言いたいことは分かったんでしょう! だったらいいと思うんだけど!


「で、付いてきたはいいけど、俺たち何する?」

足を投げ出して座ったタクトがオレを見上げた。

正直、キルフェさんたちへの心配半分、その戦闘能力に対する興味半分で付いてきている。だけど、ひとまず半分は必要なかったみたいだ。

「肉のつきがいまいちだねぇ……もう少しまるまる肥えた大きいのが来ないものかね」

「そういう個体って割と強いからっ! できれば出てきて欲しくないかなって!!」

「同意」

「ってかキルフェちゃん?! 渋い顔してないで攻撃してほしいんだけど?! キルフェちゃんに食う気はなくてもあちらさんは俺たちを食う気満々よ?!」

戦闘中も『草原の牙』は賑やかだ。オレたちはやや離れた場所でのんびりとそれを眺めている。


今日は冒険者登録・パーティ登録を済ませたキルフェさんの初参加依頼だ。オレたちが参加してしまったら意味がないので、とりあえず見守るしかない。

今彼らはビッグピッグ6頭と向かい合っている。あまり大きな魔物が出ないここらの草原では、大きめで強い方の魔物だ。それに、こんなにいっぺんに出てくることなんてまずない。

「ふむ、やっぱり鼻がいいからビッグピッグが釣れるね。だけどあれは栄養状態が悪いからお店の料理には使えないかな」

プレリィさんは相変わらずのほほんとそんなことを言う。

パーティ連携やキルフェさんの能力確認のために、そこそこの魔物が来なかったら困る。プレリィさんはそれを聞くやいなや突然野外クッキングを始め……怪しげなスープが出来上がった時点でオレたちを連れてここまで退避していた。

「すごいね! 魔物が寄ってくる料理なんて初めて知った!」

「一部の魔物だけだけどねえ。でも普通の料理でも魔物は寄って来やすいでしょ?」

「そうかも。だけど調理中やお食事中を邪魔されたくないから匂いは他所へ逃がしてたよ」

「ああ、なるほどねえ。それはいいね」

言いながら野草を摘んでゴリゴリすり鉢で擦っている。食べられる野草じゃない気がするけれど、次は何が出来上がるんだろう?


「お、倒したな! 危なげねえじゃん」

「やっぱり魔法使いがいると違うね~」

キルフェさんの魔法はとても安定している。冒険者としては初心者だけど、経験値で言えばニースたちよりずっと上なんだろう。だけど、かく言うニースたちも以前よりずっと強くなってると感じた。

Dランクになりたてだった出会った頃と、Cランクを狙う今。同じDランクでも随分と実力に差がでるもんだね。

『主ぃ、でも強そうには見えないぞ』

『賑やかすぎるのよねぇ……落ち着きがないわ』

そ、それはニースたちの良いところだと……多分、きっと、そうだと思うから……そのままでいいんじゃないかな……。


それで戦闘は終了かと思いきや、ゴブリンが集まって来ていた。

ちょろちょろあちこちからおびき寄せられて来るのでなかなか数が減らない。

「さ、できたね」

「プレリィさん、これなあに? 食べ物?」

緑色の植物だったけれど、擦ったものは半透明になっていた。何やらちょちょいと調味料を入れているけれど、特にいい香りもしないし、おいしそうでもない。鼻がくっつきそうなほど真剣に眺めていると、くすくすと笑い声が降ってきた。

「食べてもいいけど、とっても苦いよ?」

慌てて顔を離すと、優しい面立ちを見上げた。

「分かった! じゃあお薬?」

「ふふ、ハズレ」

言いながら植物の茎をチョンとつっこむと、そのまま持ち上げてたばこのように咥えた。


「あっ! わあー!」

オレの漆黒の瞳にきらきらした光が流れた。自然と両手を伸ばして飛び上がる。

「シャボン玉!」

プレリィさんが咥えた茎からは、次々と輝く球体が飛び出しては漂っていく。明るい光の下で、虹色の輝きが視界を滑って夢のよう。

「君らはしゃぼん玉って言うのかい? 僕たちは妖精玉って言うんだよ」

「妖精玉? ホントだ、妖精さんみたいだし、妖精さんが好きそうだね!」

目を輝かせていたら、プレリィさんがすり鉢ごとこちらへ押しやった。何本か中空になった茎も添えられている。

「あの子を心配してついてきてくれたんでしょ? 退屈だろうし遊んでるといいよ」

「ありがとう!」

さっそく茎を咥えたところで、ラキとタクトもこちらへやってきた。


「あっ! ずるいぞ、お前だけ!」

言うなり茎を咥え……ズズッとすすった。

「うぐっ?! ぺぺっ!! に、苦っ?! うええ!」

タクトが転げ回って悶絶している。これは洗剤じゃなく草の汁なので、毒ではないらしい。ただ、苦いだけ。

「なんで飲んだの……」

「なんでってお前! そんな風にしてたら飲むもんだと思うだろ!! 何なんだよそれ!」

涙目のタクトの前で得意げに茎を咥え、そうっと吹いてみせる。


「え……? すげえ!! 泡が浮いてる!」

「ほんとだ~! きれいだね~!」

あれ? 2人はシャボン玉を知らないのかな。そう言えば石けんはあるけど地球の石けんみたいにもこもこ泡立たないから、シャボン玉には向いてないのかも。

「2人もどうぞ! プレリィさんがシャボン液を作ってくれたんだよ! ちょっと浸けてふーって吹くだけだよ」

すっかり子どもの顔をした2人は、飛びつくように茎を受け取ると、見よう見まねでちょんとつけて咥えた。

「フーーーッ!!!」

「うわあー!」

何やってるのタクト!! オレに向けられた茎からは、たっぷりとシャボン液が飛び散った。あわててこするうちに口にも入ったらしい。

「に、にがっ!!」

顎がじんとするような苦み。これ、本当に毒じゃないんだよね?!

「もう!! もっとそうっと吹くんだよ! シャボン玉は繊細なんだから、そーっと膨らませて飛ばすんだよ!」

「息を吹き込んだら膨らむのは分かるけど、どうやったら飛ぶの~? 魔法?」

「え? 魔法じゃないよ、普通に吹いたら飛ぶよ?」

疑わしそうな視線に、心外だともう一度吹いてみせる。ほらね、魔法なんて使わなくてもふわーっと浮かぶんだよ。

そうっと吹けば大きなシャボン玉、勢いをつけて吹けば小さな玉がマシンガンのように飛び出していく。

茎の先端で頼りなく震えていたいびつなシャボンが徐々に大きくなり、虹色の光がぐるぐるまわって……それ! 見事に先端を離れて浮き上がる。

シャボン玉ってこんなにきれいだったろうか。こんなに楽しかったろうか。


最初は下手くそだった2人も、徐々にコツを掴んできたみたい。

「ほら、いくぜ! ドラゴンブレス!!」

大きなシャボン玉を作ろうと試行錯誤していると、周囲を小さなシャボンに囲まれた。プチプチとささやかな感覚を残して身体中にシャボン玉が当たる。もう、タクトはまた人に向けて吹いて~! 

「どっちかって言うと~……バブルブレス~!」

「わあっ!」

両側から挟み撃ちに遭って、オレの視界が虹色の輝きで埋まった。

すごい、なんてきれい……。そんな言葉しか出ないのが悔しい。

このまま虹色の泡と共に消えてしまいそう。

それって、まるで人魚姫みたいだとくすくす笑った。

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