第506話 お食事ランク
「おい、これどこだ?!」
「ユータ、ここに置く分が足りないよ~」
1年生たちが先生のお話を聞いたりクラス分けをしている間、オレたちは大忙しだ。
お料理自体は作って収納してあるので問題ないのだけど、さすがに全部その場で収納から出すわけにもいかず、ある程度テーブルに並べておく必要がある。
鍋に入っているものはおばちゃんたちにお任せして、温めつつ取り分けてもらおう。
オレたちのクラスが食堂担当なので、みんなでテーブルを飾って食器を運んで、1年生が来る前から大分賑やかだ。
――ユータ、標的は第一ゲートを通過したの!
え、もう?! 思ったより早い! 今回は校長先生の長いお話があるはずなのに。
1年生を迎えるお食事会は立食パーティ形式を採用、3つに分けたテーブルにはそれぞれテーマ別のお料理が載っている。
「これで全部か?!」
「お皿足りてるよね~?」
「なんとか間に合ったね!」
ふう、と息を吐いたところで、廊下からざわざわと喧噪が近づいてきた。オレたちは慌てて厨房の方へと引っ込んで顔を覗かせる。
――接敵構え! 3、2――今!!
ラピスのよく分からないカウントと同時に、ガバッと食堂の扉が開く。
「「「わああぁ~~!!」」」
きらきらした瞳が先生を押しのけるように食堂を覗き込み、一斉に歓声をあげた。その真っ赤になったほっぺに、オレたちはひとまずホッと顔を見合わせた。
あとは、先生がお料理のコンセプトと説明をしてくれるはず。
「1年生のみんなー! ちゅうもーく!!」
メリーメリー先生がいつものように弾みながら飛び出してきた。
「はじめましてだね! 私は3年生担当のメリーメリー先生だよ! 入学おめでとう、今日はみんなのために、先輩たちがお料理を用意してくれたんだよ! 絶対おいしいよ!」
「まあぁ……うかがってはいましたけれど、こんなに豪華なものだとは! 素材から用意したはずですよね? いやはや、想像の遥か上を行くとは、さすが『ドラゴン世代』ですねえ……」
1年生担当の先生は目を丸くして、並ぶお料理を見渡した。
「えへっ! そうでしょう! うちのクラスはすっごく料理が上手なんですよ!!」
「あ、いや、そこだけでなく……」
ところで、『ドラゴン世代』ってなに……? いつの間にそんな恥ずかしい名前がついたの?
「聞いたか? ドラゴンだってよ! 俺たちのことだよな!」
ぱっと顔を輝かせたタクトがくうーっと喜びを噛みしめている。
「世代、って言うけど僕たちの学年を指してるみたいだよ~。まあ、主に僕たちのクラスだけど~」
これ、嬉しいかな……。そりゃあ、ゴブリンって言われるより嬉しいと思うけど。せめて違う呼び名にしてほしいところだ。
『ネーミングについて、あなたにだけはとやかく言われたくないと思うわ~』
モモが失礼なことを言っている間に、立食パーティ形式の説明が終わったみたい。好きに取っていいと聞いて、1年生たちの瞳がぎらりと光った。
「で、あとは……そうそう、このテーブルはそれぞれ意味があるんだよっ!」
最初の小テーブルにちまっと置かれているのは、最もオーソドックスな保存食……のみ。ここは学生ランクのテーブルだ。
次は仮登録ランクのテーブル。保存食で作ったおかゆ、野草のサラダ。
続いてFランクのテーブル。保存食の雑炊、お芋と野草のスープ、焼いたり蒸したりした小型魔物のお肉。
そして一番大きなEランクのテーブル。Eランク冒険者なら狩りもできるし、大なり小なり収納袋を買える可能性が高いと踏んで、普段通りの種々のお食事が並んでいる。つまりここがメインテーブルだ。他のテーブルはサンプルみたいなもの。
ランクが上がればどうなるか、一目瞭然になるようにしてみた。目標は、具体的な方がいいと思うから。
「――それで、これが先生の大好きな唐揚げ! ホーンマウスに味付けして油で揚げてるの! それでこれ……えっと、それでね……」
ちらっちらっ。
Eランクのテーブルを説明していた先生が、あわあわと口ごもった。やたらとオレに視線を寄越している気がする。
「ユータ、説明してあげて~」
ため息をついたラキが、ぐいとオレを厨房から押し出した。え、もしかして先生、説明を忘れた?
「ユータくん! そう、この子がお料理を作ってくれたユータくんだよ! 先生の代わりに説明してくれるからね!」
あからさまにホッとした先生が、オレを1年生の前へ引っ張り出した。ざわつく1年生たちから、あの子も1年生でしょ、なんて声が聞こえる気がする。しまった、タスキを忘れてきたから……。
「えっと……じゃあ先生の代わりに説明します。こちらのテーブルでは調味料の大切さを知ってもらうため、さらに中央を挟んで左右で味付けを変えています。塩のみと、各種調味料を使用したもの。そのままでも美味しい、だけど調味料があれば……? 最小限にすべき荷物の中で、皆さんが何を選択するのも自由です。ですが、遥か彼方の栄光より、手を伸ばせば届く所にある美味しいごはん。それが活力や希望になることもある」
ちらっと振り返ると、オレたちのクラスがみんな大きく頷いていた。
「オレたちは、そう思っています。だから、オレたちが獲って、オレたちが料理した食事を振る舞います。あのね、このくらいなら、頑張ればできるようになったんだよ。ねえ、この味を覚えていて」
にこっと微笑むと、やや呆気にとられていた1年生が料理を見つめた。今までの視線とわずかばかり変わった真剣な瞳に、もう一度微笑んでそっと厨房に戻る。
「はいはいっ! みんなちゃんと聞いたかな? じゃあ、食べよっか!」
どうぞ、の声と共に、1年生たちが一斉にスタートダッシュした。一応、見た目にも気を配ったつもりだったけれど、そんな意味があったのかなかったのか。見る間に崩れていくお料理と裏腹に、オレたちはにんまりと口角を上げてハイタッチを交わした。
「黒髪……あれが噂の……。この子たちと同じ歳のはずじゃ……」
ただひとり、1年生の先生だけが呆然と佇んでいた。
「楽しんでもらえたかなぁ……」
オレは木漏れ日を見上げて呟いた。
『あれだけピラニアのように群がっていたんだもの、ひとまず喜んではもらえたはずよ』
『美味い飯を出されて嬉しくないはずはないぜ!』
『そうらぜ!』
チュー助とアゲハがシャキーンとポーズをつけた。アゲハは最近『ぜ』が言えるようになったみたい。できればチュー助の言葉遣いを真似して欲しくはないんだけど。
「2人もおいしかった?」
『とーぜんだぜ!』
『あえはもらぜ!』
もう、それやめて? くすくす笑って小さな二つの頭を撫でると、きゃーっと胸元に飛び込んで来た。
「ルーはどう? おいしい?」
もくもくと食べる振動が背中から伝わってくる。
「いつもと変わらん」
まあ、いつもと同じ料理だからねえ。
「じゃあ、いらない?」
「別に。――食い終わってから言うな」
そんなこと言って、慌ててかき込んだでしょう。返す気なんてなかったでしょう。
ごはんがおいしいのは、それだけで幸せだ。
みんながみんな冒険者になるわけじゃないけれど、できれば、1年生たちもそう思って欲しい。
心の余裕って、幸せの分生まれるんじゃないだろうか。ひとかけらの幸せが、自分や、他人を救うことだってあると思うんだ。
『じゃあぼく、心は余裕でいっぱいだよ! 余裕しかないよ!』
そうだね、シロはいつも余裕でいっぱいだ。だから、こうやって周りに配ってまわれる。
『なら、お前も余裕だらけか?』
チャトが、じっとオレの瞳を覗き込んだ。
「そう……そうかも! でも、その言い方はなんか違う気がする!」
なんだか、隙だらけって言われてるみたいだ。
ルーに身体を預けたまま足をばたつかせると、金の瞳が迷惑そうにオレを見た。
ルーは、まだ余裕だらけじゃない、よね?
だけど、最初の頃よりずっと、余裕があると思うんだ。
余裕でも、隙でもいいから、オレのせいであったらいいな。なんて思って笑った。
だけど、贅沢を言うなら――それは、『幸せ』であったらいいな。
オレの分を分けてあげたくて、大きな身体を強く抱きしめた。
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