第505話 先輩として

「はい、お疲れ様。ユータくんってば凝り性なんだから~」

「凝ってないよ! 簡単なのばっかり!」

「そうじゃないさ、おちびさん達のメニューなんて3品もあれば豪華だってのに」

食堂のおばちゃんたちがおかしそうに笑った。そうかもしれないけど! でも学校って素敵で楽しいところだって思ってもらいたいでしょう? 大テーブルいっぱいに並べられた料理、それは何物にも代え難い歓迎の表れだと思うんだ。

そう、あれやこれやとおばちゃんたちと話を詰め、たった今1年生を迎えるメニューが決定したところだ。あくまで冒険中に作れる食事だから、手の込んだものはない。一番面倒なのが唐揚げかな。


正直、唐揚げはメニューから外そうかと思ったんだけど、絶対に入れて欲しいとクラスメイト+先生の圧があったので……。

「揚げ物は結構な量の油が必要だから、冒険者なら収納袋がないと難しいと思うんだけどなあ」

魔道具はどれも金貨が必要なお値段だ。収納袋は需要が高いので買えないほどではないけれど、仮登録やそこらのレベルで買うのは難しいんじゃないかな。

「でも、あいつらみんな収納袋持ってるぜ」

「みんな、割と狩りに特化してるからね~。一般的な低ランク冒険者よりずっと収入がいいみたい~」

な、なるほど。確かに、みんなホーンマウスやクロウラビットが好きだから、素材が集まりやすいよね。受けられる依頼は薬草採りでも、その過程で獲った素材は普通に売れるから。

薬草よりも昼食用の魔物の方が高く売れるっていう……。


「冒険者ってお得だよな! 飯の残りが収入になるもんな!」

そんな、残飯みたいな言い方しないで?! だけど、お肉以外の部分が売れるのは本当にありがたい。何も無駄にしなくてすむ。もちろんお肉も売れるし、解体しなくても丸ごと買い取りしてもらえるのだけど、食の魅力に取り憑かれた彼らにその選択肢はない。

『娯楽があんまりないものねぇ。『美味しい食事』に心血注ぐのも無理ないわ』

それは、いいことだと思う。低ランクの冒険者は、日々生きることで精一杯。根つめて働かないと食うに困るので、否が応でもセルフブラック企業と化してしまう。

だけど、美味しい食事があれば、美味しい食事のためであれば、それはもう少し潤いのあるものにならないかな。

「……喜んでもらえるといいな」

呟いたオレの頭と肩に、ぽんと手が置かれる。覗き込む2人を見上げ、オレもにっこり笑った。



「じゃあみんな! 今日は頑張るよっ!!」

いよいよ1年生を迎える当日、オレはぱちぱちとほっぺを叩いて気合いを入れた。

「すげえな、お前がちゃんと朝起きるなんて」

「1年生を迎えるだけだからね~? そんな気合いが必要~?」

気合いが入ってない2人に、むっと唇を尖らせた。

「だって、1年生が見る初めての先輩になるんだよ?! 先輩と学校のイメージがオレたちにかかってるんだよ?!」

いわばオレたちが、学校の顔になるんだから!!

「大丈夫だって、お前、先輩には見えねえから」

「むしろ、1年生と間違われないようにしないとね~」

それは……盲点だった。まさかオレが1年生に見えるはずはない。ないけど、そう言えば1年生……オレと同い年ってことになるよね?


* * * * *


――どうしよう、こわい。

ごった返す校門付近で、新1年生は身体を縮込ませた。もう、戻ってしまおうかと振り返ったものの、既に人だらけでどこから入って来たのかも分からない。

周りは小さな子ばかり。どの顔も心細げで、どんどん不安が伝播していくようだった。


「ウォウッ!」

と、軽やかな吠え声が響き渡った。

こんなところに、犬が? 飛び上がった1年生たちが視線を彷徨わせた。

不安から好奇心に変わった瞳が、人混みの中を歩く白銀の獣を捉えた。あれは、犬だろうか? 想像した犬の5倍ほどの大きさに、1年生たちの腰が引けた。

「あ! シロちゃん? シロちゃんだ!」

「ウォウ、ウォウッ!」

明らかに安堵した声と共に、女の子が飛びついた。どうやら知り合い(?)らしい。

思い切り飛びつかれてもびくともしない犬は、嬉しげにしっぽを振って小さな頬を舐める。

「あ、本当だ、配達屋さんのシロだ」

「シロちゃんだ……」

「ウォウ!」

周囲を見回して軽く吠えた犬は、ぱあっと笑った。

犬が笑うなんて、知らなかった。だけど、どう見てもにこにこと振りまくような笑顔を浮かべている。

明るい水色の瞳は楽しげで、優しげで、その毛並みはさらさらと銀粉を振ったように美しい。おずおずと手を伸ばした数人を皮切りに、わっと1年生が群がった。


『さあさ、チビども!! 俺様についてきな! はぐれないよう手ぇ繋げ!』

突如響いた声に、犬がしゃべったかと目を丸くした面々は、その頭で飛び跳ねるねずみに気がついた。その小さな体には『スタッフ』と書かれたゼッケンがついている。もみくちゃになっている犬の身体にも、よく見ればスタッフと書かれた布が巻かれていた。

「ねずみさんが、しゃべってる……」

『無礼なガキめ! 俺様は高名なる由緒正しき短剣の精、忠介――ええい、触れるでない!』

伸ばされる小さな手を片っ端からぺちぺちと叩いて、チュー助がふんぞり返った。

『ふふ、チュー助、もっと優しく言わなきゃダメだよ』

シロはたくさんの子どもを乗せたまま、そうっと一歩踏み出した。きゃーっと楽しげな悲鳴があがり、逃がすまいとさらにたくさんの子どもが駆け寄ってくる。

『俺様は常に優しいぞ! 者ども、俺様に続け-!』

チュー助がひょい、と持ち上げた手持ち看板には、『1年生ご一行様』と書かれていた。


ゆっくりと歩き出したシロを追いかけ、1年生のかたまりが動き始める。

『ちゃんと、ついてく』

団体の最後尾には、同じくスタッフのゼッケンと『1年生はこちら』の旗を垂れ下げ、ブルーグリーンの見たことのない生き物が浮かんでいた。ひらひらとたなびく旗をなんとか引っぱってその生き物を捕まえようと、残っていた1年生が追いかける。みるみる校門前に人がいなくなり、所在なさげに佇んでいた子たちも慌てて追いすがった。


「ウォウッ!」

シロを先頭に、1年生ご一行様はバスツアーよろしく見事校庭へとたどり着いた。一際大きくしっぽを振ったシロに、校庭にいた子どもが手を振った。

「シロ! みんなさすがだね、上手に連れてきてくれたね! さあ、1年生はこっちに並んでね~!」

どう見ても1年生のその子は、どういうわけか『スタッフ』のタスキをかけていた。

「ちゃーんとここに並べたら、この子たちが見に行くからね!」

「にゃあ」

「ピッ!」

この子たち、と示された先を見て、1年生の瞳が輝いた。やる気なさそうに目を閉じた猫と、その頭で胸を張った小鳥。当然のように身につけた『スタッフ』たすきが違和感を誘う。


1年生たちが先を争うように枠内へ並び始めると、果たしてその1匹と1羽は何を言われるでもなく動き出した。

「ピッ、ピッ、ピッ!」

まるで数を数えているように、先頭から順繰りに肩を渡っていく小鳥。

猫は、ぴんとしっぽを立てて、するすると身体で子どもたちの足を撫でていく。

『ほら、列を乱さないのよ!』

「わっ?!」

ついふらふらと列を離れようとする生徒に、桃色のボールがぶつかった。ふよっとした衝撃に目を瞬かせると、なんとスライムまでたすきをかけて列の整頓に当たっていた。

「ふわあ……!!」

こんな不思議なことがあるんだろうか。こんな楽しいことが日常なんだろうか。

1年生たちの瞳は星のように輝き、その頬は熟れたりんごのようにぴかぴかと輝いていた。




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8巻の涼しげな海イラストが今入手できるのってめちゃくちゃ嬉しい!!SSも季節に合わせてるのでぜひ~!


そして7/23はコミカライズ版更新予定日ですよ!!

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