第504話 おおきくなったから

生け簀作戦だ! 鍵を握るのは――オレ!

「おいしいもののためには惜しみなくっ!! 行くよっ!」

気合い一発、たっぷりと魔力をみなぎらせて地面に手を着いた。

「全力キッチン展開っ――特大っ!!」

生命魔法以外でこんなに思い切り魔力を使うこともあまりない。だけど、ここはケチらず使うべき所!

思い切り注いだ魔力が海底を走り、突如海が割れた。

ザザアと音を立てて海面へ姿を現わしたのは、巨大なキッチン台×5。それらは見事にアーチを描いて海に配置され、内側へシーリザードの群れを隔離した。

よし、数匹は入ったはず! U字型にこちらへ開口部を設けてあるけれど、シーリザードは警戒して陸へ上がってこようとはしない。行き交う背びれが激しく海をかき混ぜ、白い波がたっている。


『ねえ、普通に壁を作っちゃだめだったのかしら? どうしてキッチン台?』

ふう、とやりきった感をにじませるオレに、モモが疑問を口にする。

「だって、そっちの方が慣れてるから」

少々巨人サイズだったとしても、何の脈絡もなく海に壁を作るより、キッチン展開する方がやりやすいからね。

『俺様、海に巨大キッチン台が出現する方が、何の脈絡もないと思う』

……最近、チュー助に正論を言われている気がして腑に落ちない。

「ははっ! 相変わらずすげーな! 頼もしいぜ」

にっと笑ったタクトに、照れくさくオレも笑う。久々に大きな魔法を使ったけれど、以前より楽な気がする。魔力は成長に伴って増えているだろうけど、それだけじゃない気がする。


――きっと、ラ・エンなの。ユータはラ・エンの加護も受けたからなの!

あっ……! そっか、もしかするとラ・エンは『魔』に関連が深いのかもしれない。それに多分、土の属性と相性がいいんだろう。離れた場所へ魔力を伝えたのに、随分とスムーズだった。


「タクト、ユータ、行くよ~!」

じっと泡立つ海を見つめていたラキが、ちらりと視線を寄越した。タクトは水中呼吸の魔道具を咥え、不敵に笑って見せる。

「おう、いつでも来い!」

オレも魔道具を咥え、シロに跨がった。

「うん、いいよ!」

「ウォウッ!」

2人で海に向かって駆け出すと、頷いたラキが砲撃魔法の構えをとった。


軽い連続音が鳴ったと思った瞬間、ボッと水面が湧き上がる。狙い撃たれた1匹が、たまらず水面へ身を躍らせた。

「っしゃあ! いくぜエビビ!」

エビビの返事があったかどうかは知らないけれど、腰まで水に浸かったタクトが素早く剣を振った。

「わっ! すごい、水の剣?!」

ざぱりと水をまとった長剣は、冗談みたいな長さでもってシーリザードまで到達、見事頭を落とした。

「シロ、お願い!」

『うん!』

強靱な後ろ足がしなやかに岩を蹴り、一足飛びに海上へ飛び出した。オレは短い腕をいっぱいに伸ばして獲物に触れる。

「――よしっ、収納! 一匹目~!」

ざぶっと一瞬水面に着いたシロの足は、何かを蹴って巨大キッチン台の上へ降り立った。

『とかげさん、踏んじゃった。ふにっとしたよ』

「割と柔いな! どんどん来ぉーい!」

アリゲールもバラナスも割と固かったから似たようなものだと思っていたけれど、どうやら防御に自信のあるタイプではない様子。だからこうして海から出ようとしないんだね。

一撃で屠れると判明したので、そこからは容赦なくラキの追い立てが始まった。

砲撃に追い立てられ、姿を見せればタクトが斬る。そしてすかさずオレが回収。


だんだん手慣れて早くなる攻撃チームに、回収チームの方が大忙しだ。

水に浸かってさえいれば、タクトは近・中・遠距離全てこなせる。魔法剣とナギさんの教え、そしてエビビの導きがあれば、海での強さは相当なものだと思う。炎の剣は中々伸び悩んでいるらしいけど、もう水のタクトでいいんじゃないかな。

「5……ろくっ! よし、これで6匹だろ!」

「うんっ、そのはず! じゃあ、生け簀解除!」

巨大キッチンが砂の城のように波間に崩れて消えた。運良く残ったシーリザードたちが我先にと沖合へ逃げるのを見送り、オレたちはにっと笑って拳を合わせた。

「「「依頼、達成!」」」

実のところ依頼……いや試験は2,3匹とのことだったけれど、それだとオレたちの分がない。1年生に向けて料理を振る舞うならせめてこのくらいは必要かと見当をつけていた次第だった。


「そうだ、試験……。試験なんだった」

食材確保という重要な任務があったから、つい試験のことは二の次になってしまっていた。そしてあんまり能力をセーブしていなかった。だけどDランクになれば一人前の冒険者。せめてギルドの人にはある程度実力を知ってもらっていた方が良いと思う。

振り返ったオレたちの目に映ったのは、呆然と微動だにしないギルド員さんたちの姿。

「まあ、そうなるよね~」

どうやら予測ずみだったらしいラキが苦笑した。

「へへっ! 凄かっただろ!」

固まっていた人たちが、錆び付いたブリキ人形みたいにぎこちなくオレたちを見た。

「な、なん……おま……どう……」

舌まで錆び付いたような冒険者さんが、なんとか声を絞り出した。

「あの、どう? 試験、大丈夫そう?」

そつなくこなせたと思う。問題ないと思いつつ、やりすぎで減点なんてあったらどうしようと思う。

じっと見つめるオレたちに、パクパクしていたギルド員さんが深呼吸した。


「――ま、全く、Dランクの能力じゃないですね……」

どきりと心臓が跳ねて、右手が知らず落ち着きを求めて隣にあったぬくもりに触れた。

と、きゅっと握られた手に思わず見上げると、何の心配もしていない目がいたずらっぽく笑った。大丈夫だよ、と雄弁に語る瞳に、ホッと安堵して、ムッと腹を立てた。オレだって、別に心配してるわけじゃないもの。そんな、お兄さんぶったってダメだから。


「――Dランクなんて……。とんでもない、もっと上の実力がある。もちろんDランクの試験に落ちるわけがない」

続けられた言葉にへたり込みそうになった時、がしりと肩に腕がまわされた。

「そうだろ! 俺たち、結構シュラナくぐってるんだぜ!」

左からオレを覗き込んでにっと笑ったタクトに、一拍おいてギルド員さんも頷いた。タクト、シュラナじゃない、修羅場。

一気に脱力したオレは、右手を離して恨めしくギルド員さんを見つめた。



「ユータ、今回割と思い切ったね~。僕てっきり普通の土壁だと思ったのに~」

ガタゴト揺れる馬車内で、思い出したようにラキが言った。

巨大キッチン展開したこと? だからそれはその方がやりやすかったからで……ほら、解体するのにも役に立ったでしょう? そりゃあ、土壁の方が使う魔力は少ないんだけど、オレの魔力は多いから誤差の範囲だもの。

「人にあんまり知られたくないんじゃねえの?」

タクトがムゥちゃんの葉っぱを咥えながらあくびした。

「うん……でも、オレも大きくなってきたから」

そっと静かな微笑みを浮かべて見せる。

「なってねえな」

「なってないね」

即答で返ってきた返事に、たちまちオレの眉はつり上がって頬は膨らんだ。


なってるから! その……身体の成長だけのことじゃなくて!! 

それに、王都にも心強い知り合いができたし、少しずつ自信もついてきた。オレは以前ほど熱心に能力を隠そうとは思わなくなってきた。

『熱心に……ねえ。隠そうとした所で同じなら、もう諦めていい気がするわね』

『お前が行きたくない場所なら、おれに乗れ。飛んでやる』

心強い仲間がこんなにいるし、ラキとタクトもただの子どもではなくなってきた。

以前は、繋がりがあるからこそ行動が制限されてしまうと思ったけれど……。

繋がりが広がれば、広がっていく世界があって。繋がりが強まれば、自由になる世界があって。

「それもきっと、成長してる、ってことだよね」

「してねえ」

「してないね」

耳に飛び込もうとしたノイズを意図的にシャットアウトして、オレは満足げに頷いた。

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