第502話 冒険者メシとは

「さて、簡単に作れる冒険者メシ……みんなが作れないとダメだもんね」

そう考えると割と難しい。だって調味料も限られるし、持参している材料も限られるだろう。

「だけど塩を振って焼く料理しかなかったら、きっとガッカリするよね」

『ある程度先の目標でいいんじゃないかしら? 冒険者として頑張ればこんな風にできるのよって』


なるほど……。じゃあ本当に簡単にできる焼くだけ飯みたいなものと、Eランクくらいなら到達できるだろう初級飯にすればいいかな。

『豪華なごはん、あった方がいいと思う。スオーはその方ががんばれる』

『まあ、それもそうね。ちょっと手が出ないようなヨダレの滴るメニューもあっていいんじゃないかしら』

ええ~? それは2人が食べたい欲求に負けたわけじゃなく? なんだか必要なメニューが増えていく気がする。

ひとまず今ある食材で作れば初級飯にはなるだろう。


「あっ……」

ふいと振り返ると、せっせと採取を続ける3人の方へ歩み寄った。

「あれ、もらうね!」

「どれ? 見ろよ、思った通りここらはこの手の野草が豊富だぜ!」

彼は汗みずくになりながら白い歯を見せた。

オレはにこっと微笑んで立ち止まると、前を見据えて慎重に数歩進む。

そうだね、いい場所だと思う。だけど、こうしてたくさん残ってるのには、やっぱり理由があったんだね。


「……? ユータ何やってん――」

不思議そうな声をかき消すように、ドッと地面が爆発した。飛び散る泥をシールドで防ぎ、その塊を一閃する。

「――っ?!」

声もなく尻餅をついた少年の前で、大きな魚は最期の抵抗とばかりに跳ねた。

「ここ、沼になってたんだね。ごめんね、オレも気付かなかった」

レーダーででっかい魚がするする近づいてきてはじめて、沼だって分かったもの。 

改めて見ても、一帯は全部地面に見える。魚が飛び出してきた部分だけ、茶色い地面がゆらゆらと波打っていた。罠ならレーダーで分かるのに、こういう危険は経験を積んでいくしかないんだろうか。


「危なかった~。葉っぱや木が落ちて全然分からなくなってるね。知らずに近づいていたら落ちちゃってたかも」

年齢はともかく、ランクが上のオレがリードしなきゃいけなかったのに。申し訳なく眉を下げながら、へたり込んだ彼に手をさしだした。

「いやいやいや、そっちじゃねえよ?!」

「危ないのは沼より魔物でしょ?! 魚無視しないで?!」

駆け寄った2人が、無事を確認するより先にツッコんでくる。

「そんなことないよ! だってお魚は倒せるけど沼は倒せないよ!」

こういう泥の沼はとても危ないんだから。足がはまってずぶずぶと引きずり込まれてしまう。背が立つ深さならいいけど、オレたちでは中々難しい。そりゃあ、3人同時には落ちないからまず助けられるだろうけど。

「いや俺らに魚は倒せねえの!! 沼は落ちても這い上がれんの!!」

――ラピス、沼も倒せるの! 倒してあげるの!

待ってラピス! お願いストップ!! 沼は倒されるだろうけど森も倒されちゃうから!


「はぁ、これがEランクってことか……」

「な、遠いぜ」

彼らがほんのりと肩を落としている。だってEランクだけど、きっともうすぐDランクになるからね!

『ううん、君たちこれはEランクじゃないから! 参考にしちゃダメよ……ちなみにDランクでもないと思うわ』

伝わらない助言を零して、モモはへにょっと平たくなった。


ひとまず、沼の周囲にはずらりと土魔法の杭を作って目印にしておく。今後来た人は不審に思って注意するだろう。

「じゃあ、オレはお昼の用意してるからね!」

動かなくなったお魚は、オレと同じくらいの体長がある。思わぬ収穫にほくほくだ。ハゼに似ているだろうか。ひれもお口も大きくて、カエルみたいなお顔だ。

よし、と頷いて魚に手を掛けた。だけど……これ、持ち上げられないな。と、横から伸びてきた手が抱きかかえるように大きな魚を持ち上げる。

「はいはい。力はないのになあ。そんな見てくれでEランクかぁ」

苦笑した彼は、ブツブツ言いながら運んでくれた。

いいんだよ、召喚士なんだから力がなくたって! それに、ちゃんと運べるから! 何を隠そうオレには収納に入れて運ぶっていう裏技がある。


切れ味抜群のチュー助がいないので、お魚はひとまず締めて血抜きをしておく。

「お魚の解体、みんなも開くくらいならきっとできるよね」

お料理はからっきしでも、魔物の解体はある程度冒険者の分野だ。魚を開いて内臓を出すくらいならできるだろう。

さて、あまり時間もないし、できる所から調理開始! 


ランクが低いと手に入るお肉は小物になるから、少なくて固いお肉でも食べられるよう叩いてミンチにして寄せ集める。残ったガラは匂い消しの野草とまとめて鍋に放り込み、だしになることを期待しておく。何時間も煮込めないけど、まあ、ただの水よりマシでしょう。

『ただいま~!』

『主ぃ! これで美味い物作って!』

『いっぱいとった~』

賑やかに帰ってきたメンバーを振り返って目を瞬いた。

「おかえり……どうしてそんな泥んこ?」

白銀の毛並みを泥だらけにして、シロが嬉しげにしっぽを振った。

『いっぱい掘ったんだよ! ティア、土の中も分かるんだね!』

なるほど、前肢とお顔が真っ黒なのはそのせいか。渡しておいた布袋が随分ずっしり重そうなのは、もしかして根菜系かな?

「わあ、お芋! ニンジンみたいなのもある! みんなありがとう!」

「ピピッ!」

これはいいね! さすがはティアだ。野草ばっかり想定していたけど、根菜があればかなり満足度が上がるし、作れるメニューも一気に増える! 野草のスープが一気に豪華なものになりそうだ。

それに芋系なら割とどこにでも生えている。もしかすると冒険者が落としたり放置したものから芽が出ているのかもしれないね。

チュー助も戻って来たし、次はお魚に取りかかろう!



「――ユータ、もう無理」

情けない声に汗を拭って振り返ると、3人が腹を押さえてオレの手元を覗き込んでいた。

「あっ……」

しまった、大した魔物がいないと思って香りを逃がすのを忘れていた。周囲に漂う香りは、木の上にいたはずのチャトが、いつの間にか調理台にいるくらいの吸引力を持っている。

炙っているお魚は案外しっかり油がのっていて、たれと油が滴る度にジッと音がする。表裏を返せば、一際派手な音と共に香ばしい香りが立ち上った。

「もうできるよ! お昼にしよっか」

にこっと笑うと、拳を突き上げて歓声が響いた。


「あ、あの……だからね、どっちの方が美味しいかなって……」

おずおずと問いかけてみるけれど、それどころじゃないらしい。手も口も一揃いでは足りないらしい食べっぷりに、少々圧倒される。

本日のメニューは、まずはガラで多少だしをとって、足りない分を塩漬け肉で補ったポトフ風、かな? 乾燥トマトを入れたからミネストローネっぽくもある。ティアの選んだ根菜はさすがの一言。お芋はしっかりと芯まで味が通り、ねっちりとした食感と甘みが優しくお腹を満たした。


それと、主食はみんな持ってる穀物系保存食を戻した雑炊。お魚のだしにしようか迷ったけれど、少年たちの胃袋にはガッツリ系がいいだろうかと、こちらもガラスープを使ってみた。

さらにそぼろを入れているから、中華粥っぽく割としっかりした味わいになった。本当は白ご飯がいいけれど、お米は持ち運ぶことも、炊きあげることも難しいだろう。


そして、オレが聞きたいのはこれ。せめて反応を見ようと、迫力ある大きさの魚料理が次々消えていくのを見つめた。

せっせと炙っていたのは、てらてらと茶色く色づいた蒲焼きと、塩のみの白焼き。

「うまい! とにかくうまい!!」

「とりあえずうまい! やっぱお前連れてこられて超ラッキー! 茶色い魚うまっ!」

「白いのより黒いのがいい!」

そうだよね、やっぱり子どもにはたれの方が人気だよね。案外泥臭いこともなかったので白焼きも作ってはみたけれど。

半分ほどに減った時点で、やっと返事を貰えて頷いた。


「でも、そうなると調味料を持ち歩く必要があるから……そっか、比較するのも面白いかも」

材料が少なくても、普段持ち歩いているものしかなくても、色々と調理法はある。あるけど、調味料があるとないとではやっぱり雲泥の差だ。特に、素材が良くない上に時間をかけずに簡単にって制約があるなら。

「だけどランクを上げれば稼げるようになる! そうすれば調味料も収納袋も買える!」

やっぱりたどり着く先はこれだ。


塩で焼いただけでも獲った分だけ食べられるし、十分美味しい。だからみんなひとまず冒険に出る。……でも、さらに上があるのを知ってしまったら?

比較することで明確な渇望が生まれ、ぼんやりとした未来に具体的な照準が定まる……!!

『もう何が目的で何が手段か分からないわね……』

『冒険者にどんどんあるじ派が増えてくぜ……』

ぐっと拳を握ったオレは、呆れた視線にもめげず、使命感に燃えつつ大きなお芋を頬ばった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る