第501話 残った必須依頼は
『ランクアップの実技試験を兼ねられるから――』
確かに、そう言ったはず。さらりと流れた台詞を、各々頭の中で反芻する。
切り抜いたような空白の時間に、先生がひとり疑問符を浮かべた。
こくっと喉を鳴らし、視線を交わす。
――ガタタッ!!!
オレたちは、一斉に椅子を蹴立てて立ち上がった。
「――よし、よしっ! 十分いける! あと街中依頼ちょっとこなすだけだからな!」
ギルドで現状を確認し、タクトが拳を握った。それもこれも、どうしても街中依頼が疎かになるタクトのために、オレたちが交互に誘った成果だよ。
「僕は今からでも大丈夫だね~」
「オレも……外の依頼をちょっとこなせばいけるね!」
メリーメリー先生の衝撃大ニュースのせいで、ギルドは午後から3年生でごった返している。
みんな、この機会にランクアップ目指して綿密な計画をたてているようだ。オレたちはそもそもランクアップ目前だったので、試験に臨むに問題はない。
ちなみに、生徒たちに詰め寄られた先生は相変わらずキョトンとしていた。
「ユータお前、今外の依頼って言った?! よし、確保!!」
「えっ?」
突如、クラスメイトにがっちり捕まえられて目を白黒させる。
「あっ! しまった……。なら、タクト君は街中って言ったわよね?! はい確保!!」
「おぉ?!」
一方のタクトもガシッと捕獲されている。悔しげなその他生徒たちの視線の中、2パーティがそれぞれオレたちを引っ張って行く。
「頑張って~」
見送るラキがにこやかに手を振った。
「もう、説明してから連れて行ってよ!」
よく分からないままにギルドで手続きをすませ、街の外まで出た所でようやくひと息吐いた。頬を膨らませたオレに、悪い悪いと軽い返事が返ってくる。
「だって早くしないと横取りされるかもしれないだろ? お前と組めて、俺たちラッキーだったぜ!」
そう言われて悪い気はしない。そりゃあ、オレたちはみんなよりランクが高いもの。
「それで、何の依頼を受けてきたの? 討伐はしないでしょう? オレ必要?」
「採取だって危険があるだろ? 見ろよ、俺たちのパーティって3人しかいないからさ、採取中も魔物が来ねえか気が気じゃなくってさ! 見張りを2人にしたら効率悪くて」
そうなのか。オレたちのパーティも3人だけど、人数が少ないと思ったことなかったな。
「そりゃ、お前らソロのソロ行けるんだもんな!」
羨ましげな視線が集中し、紅潮した頬でえへっと笑った。だって、頑張ったもの。
ソロのソロって、多分単独で外へ行って依頼をこなすことを言ってるんだろう。特にタクトはよく行ってるし、オレも2人と都合が合わなければ行っている。
一方、ラキは索敵の魔法を使わないし、気配に鈍感だから1人で外に行くことはあまりない。索敵の魔法を使えないことはないと思うんだけど、魔力が勿体ないらしい。
「じゃあ、オレは警戒していたらいい?」
オレが活躍して依頼を達成しても意味がないもの。そりゃあ、警戒の能力も必要だけど、普段きちんとやっているならたまには助っ人もアリだろう。
「おう! 頼むぜ。だからいっぱい受けてきたんだ! ニブヤモギ、カブシダの実、ツブゴケ……」
へへっと笑って誤魔化す彼をじとっと見つめる。
「大丈夫? 今日中に採取終わる?」
「だ、大丈夫! もし今日中に終わらなくても期限は長いからさ、お前がいなくてもボチボチやるよ」
あんまり自信はなさそうだけど、少々感心もしていた。だってどれも生息域が似た植物ばかり。これなら上手くいけば一カ所で全部見つけることが出来る。まだ小さいのに、さすがこの世界の子たちだ。
『あなたに言われてもねぇ……』
「なんか、その顔腹立つぞ」
なぜ?! ふくふくとした笑顔を浮かべていたのに!
「そっちの方がお前っぽい!」
頬を膨らませた顔を笑われて、オレはますますパンパンにむくれた。
「……お前、すげーな。知ってたけど、すげーな」
「これ? そりゃあ、『薬草採り』のパーティって言われていたくらいだから」
1人だけ収納に入れるのも憚られて、どんどん増えていく種々の薬草や野草の束。仕方ないので紐で束ねては、稲を干すようにシロに引っ掛けている。
「それもだけど、お前魔物も狩ってるじゃん」
「お昼ご飯は早めに確保しないと不安でしょう?」
常に魔物がいるとは限らないんだから。さてお昼ご飯、となってから探すのでは遅すぎる。魔物と言っても、実地訓練でも狩っているような小物ばかりだ。
「そうだけど、そうじゃねえ……」
「なんか、ユータといると俺たちが常識人な気がしてくるよな」
そんなこと言って、彼らだって我がクラスメイトだもの、それぞれ獲物を確保しようと躍起になっているのを知っている。
『主のクラスは着々と改造が進んでいるな!』
『ユータ化してるものね』
うんうんと頷き合うチュー助とモモ。それ、ちっともいい意味に聞こえないんだけど気のせいだろうか。
「オレ、この辺りの森はあんまり来ないんだよ」
「へえ」
「割と人の手が入った跡があるね! 人気のある森なんだね」
「ああ」
「あ! 待ってあれ取ってくる! 美味しいきのこなんだよ!」
「ああ……」
「ちゃんと道があって歩きやすいね! 明るいし、こういう森だと散策も楽し――」
るんるんと最後尾を歩いていたら、突如口を塞がれた。
「……ユータ?」
「ぅい(はい)」
「あのな、フツーの底辺冒険者は森の中おしゃべりしながら歩かないんだよ!!」
……そうでした。だけど、ハイキングコースみたいに気持ちのいい道だったもんだから。オレに頼らず森を行こうとする彼らを頼もしく思いつつ、すごすごとしんがりを歩く。
「ここだ。この辺りでニブヤモギはよく見るから、ここら一帯を探そうと思う」
静かに森を進むことしばらく、森の小道を逸れ足下がじくじくと柔らかい場所まで来た。降り積もった葉っぱだろうか、それとも苔だろうか。水分をたっぷり含んだスポンジみたいだ。
「じゃあ、採取は俺たちがやるから、警戒頼む!」
真剣な瞳に、にこっと笑って頷いた。そわそわウズウズする肩の小さな小鳥を抑えながら。
「ティア、ダメだよ。彼らのお仕事だからね」
「ピッ……」
尾羽を垂らしたティアは、なんとも残念そうで苦笑した。
「じゃあ、ティアとシロとチュー助で食べられる植物を探してきてくれる? たくさんはいらないからね? 今食べる分だけ! いっぱい採っちゃダメだよ」
さほど資源の豊富でない森だもの、1人で狩り尽くしてしまうわけにはいかない。
「ピ……ピピッ!!!」
『であえであえー! 行くぞ皆の者!!』
『あえはもいっしょー! であえー!』
チュー助! アゲハが変な言葉覚えるでしょう! 楽しげに走って行ったお散歩組を見送り、オレはちゃんとレーダーで警戒を続ける。
……とは言え、割と暇だ。レーダーは一定範囲ならほぼ無意識に展開できるし、傍から見れば森の中でただぼうっと立ってる幼児……。
このままじゃオレ、役立たずで終わっちゃう!
周辺をフェンリルが走り回るおかげで、魔物は逃げて行く一方だし。ほら、やっぱりちゃんと早めに獲物を確保して正解だった――じゃなくて!
「よし、じゃあせめて昼ご飯の準備でもしよう!」
――それがいいの! 美味しいの作るの!
『なら、ここで待つ』
出てきたチャトが、バササッと飛んで近くの木の枝に陣取った。
『スオー、ここでいい』
オレはそこだとちょっと困るんですけど……。後頭部に貼り付いた蘇芳を引っぺがすと、こっそり準備した調理台にちょんと座らせた。
小さな手に野菜スティックを握らせると、大事そうにぎゅっと両手で抱えた。
『ここでもいい』
ちみちみと囓り始めた蘇芳に微笑むと、よし、と腕まくりする。
「冒険者飯も考えなきゃだし、いい機会だね!」
いい暇つぶ……時間の有効活用を思いついたと、オレはにんまりと笑った。
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ついに本日8巻発売日!早い所では昨日から店頭に並び、既にご購入報告頂いてます!
楽しんでいただけますように〜!
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