第484話 ササッとすませる、とは
湖は、シンと静かだった。
「おかしいな、アリゲールもバラナスもいないとは」
「やっぱ、あのでかいアリゲールのせいじゃね? そいつがこの辺りで食いまくったから、生き残ったヤツがどんどん下流に行ってるとか」
テンチョーさんとアレックスさんは、腕組みして眉間にしわを寄せた。
普段バラナスとアリゲールがたくさんいる危険な湖は、見違えるように平和な姿をして――不気味だった。
「じゃあ、魔物が出て来ないのもあの赤いやつのせいか?」
「他の魔物も食べちゃうから? 山奥なんて、普通はたくさん出てきそうなのにね」
レーダーで周囲を探してみても、大した魔物はいないように思う。もしかするとアリゲールやバラナスのせいで、この川や湖の周囲を避けているのかもしれない。
「鹿っぽい魔物が美味いって聞いて楽しみに……あ、もうちょっと分厚く切ってくれよ!」
タクトが不服そうに注文をつける。
「もっと分厚く? だけど、薄い方が食べやすいしカリッとして美味しいよ?」
「僕は薄くてもいいよ~。ユータがお勧めの方がきっと美味しいから~」
「確かに! じゃあそれでいい」
そう? ちなみに割と分厚く切ったつもりだったんだけど。ステーキじゃないんだから、あまり分厚いと塩辛いと思う。
と、ポン、と肩に置かれた手に、アレックスさんを見上げて首を傾げる。
「……なあ、ユータちゃん、聞いていい? ……それ何?」
「ベーコンだよ」
「そうじゃねえぇ! 何やってんだって言ってんの!」
「ベーコンエッグ丼作ってるよ……?」
塩漬け肉の燻製、いわゆるベーコンは多少日持ちがするし、冒険者には割とポピュラーなものだと思ったけれど……。
「そうでもねえぇ!! テンチョ、パパの出番だ!」
「……ユータ。さっき言ったろう? 昼食は簡単なもので手早くすませようと」
テンチョーさんが額に手を当てて、頭の痛そうな顔をした。
「うん……。だから、簡単なもので手早くしようと思って……」
ちゃんと聞いてたよ、湖の様子を見てから、昼食は簡単に済ませようって。
オレだって分かる。いつさっきのアリゲールが戻ってくるか分からないもの、サッと作ってサッとかっ込めるものにしなきゃいけない。
だから――ほら、そんなことを言ってる間に出来上がり。
「ホントに手早いね?! 何これ超美味そうなんですけど!!」
「違うんだユータ……手早く済ませるというのはな、保存食で簡単に済ませ――ああ、いや、保存食を・そのまま・手を加えず・食う・ということ……」
テンチョーさんがオレの頭に手を置き、まるで幼子に言い聞かせるように言った。そして、ちらりとベーコンエッグ丼に視線を走らせる。
「……だったんだが。思いの外早いな。……美味そうだ」
そうでしょ! こういうジャンクフード的なものって、どうしてこうそそられるんだろうね!
「それに~、これ保存食囓るより手早く食べられると思う~」
「そうだぜ! あんなの食った気しねえだろ? 急いでんなら早く食おうぜ!」
「そうだぜ! テンチョ、これ美味そうすぎる! 説教はいいから早く食おうぜ!」
味方が1人増え、テンチョーさんがため息をついて丼に手を伸ばした。
「では、ありがたく頂こう。説教は後だ。周囲に警戒を怠らないこと」
「「「「はーい!」」」」
説教はあるんだ……。ぽんぽんと頭を撫でたテンチョーさんが、複雑な表情でありがとう、と言った。
「うまー! 料理ってこういうのでいいんだよ、こういうので!!」
「これなら私にも作れるな……美味い」
アレックスさんが大騒ぎしながら食べている。警戒、してる……? テンチョーさんのお口にも合ったようで一安心。野菜なんてカケラも入ってないけど、ひとまずエネルギーを得るための食事なんだから、これでいいんだ。
つやつやのごはんに、たっぷりのベーコン。焦げ目のついたフチがフリルのように縮みあがり、てらてらと油が光る。うま味の油がたっぷり出た所へ飛び込んだ卵は、見事にそれらを吸い上げ、ぷるりと焼き上がっていた。もちろん、たんぽぽみたいな黄色が美しい半熟だ。それも、贅沢に2つも。
にまにまと上がる口角を押さえつつ、早く食べなきゃね、とお箸を卵へあてがった。
つぷ、と箸を沈ませると、とろりと溢れた黄身がみるみるベーコンを彩っていく。期待通りの光景にほくそ笑み、たっぷりのベーコンと共にご飯を頬ばった。
「んー! 美味しい!」
そう、こういうのでいいんだよ! まさにそれだ。
たれは、焼いた後のフライパンをこそげて作った醤油ベース。それが全体の塩味を足して丼としてまとめあげている。
ああ、幸せ。こんな所でなんだけど、幸せだ。こんなにお手軽に幸せが手に入るなんて、すごいことだよね。
せっかくだから、ゆっくりと味わって食後のお茶を――
なんて願いは叶わないようで。
オレとタクトが素早く視線を走らせた。それに気付いたテンチョーさんたちも、表情を引き締める。
「来たか?」
「うん、多分アリゲールだけど、何色のかは分からないよ」
慌ただしい昼食を終えたオレたちは、そっと身を隠しながら川へ近づいた。
赤いのは1匹だけだろうか? アリゲールは水中にいることが多くて、レーダーでも分かりづらい。もし他のアリゲールも全部赤だったとしたら、割と大変なことじゃないだろうか。
湖近くまで来たアリゲールは、そこで留まっている。さほど深さも川幅もない場所のこと、さっきと同じ赤くて大きなアリゲールだと確認できた。
「お、そこにいろよ! そこなら俺も存分に戦えるぜ」
タクトが剣に手を掛けて口角を上げた。討伐する気満々だ。
「テンチョー、付近には1匹しかいないみたいだぜ! ランク的にはギリだけどーどうする?」
「私達2人なら手を出さない相手だ。ただ、場所も条件もいい。チャンスではある……そっちのリーダーの判断は?」
ラキは突然注目されて目をしばたたかせた。
「えっと~討伐かな~? 1匹だけならそれでいいし~、他にもいた場合調査の証拠と危険度の確認もしたいし~。それに――」
ラキはにっこり笑った。
「問題なく討伐できるから~。似たようなランクの似たような魔物、もっとたくさん倒したよ~」
そっか! おじさんにお弁当を届けに行った時だ。湿地にたくさんいたラチェルザード! 単体ランクはDだったけど、たくさんいたもんね。
テンチョーさんは少し驚いた後、頷いた。
「分かった。なら、今がチャンスだ。アレックス、行くぞ!」
「オケィ、アレックスさんも頑張るぜ!」
万が一他の赤い個体がいるなら、このチャンスを逃す手はない。アレックスさんが身を隠しつつ素早く接近を始めた。
「やっとか! 行くぜ!!」
「うん! いいよ~タクト、ゴ~!」
犬みたいな号令で、タクトは大いに尻尾を振って飛び出した。テンチョーさんが目を見張ったけれど、ラキはしっかり目を見て頷いた。テンチョーさんも頷いて、もう何も言わない。タクトの陽動があればこそ、アレックスさんの安全が担保される。
砂利を鳴らして走り寄るタクトに、アリゲールが素早く向き直った。
「結構速いな! 口がでけえ!」
身を翻してアリゲールのかみつきを避け、タクトが下がった。追いすがるようにアリゲールが岸へと上がってくる。バラナスと体型が違う……腹ばいで横に張り出した四肢じゃなく、ほ乳類のように立っている。まるで恐竜みたいだ。だから素早いんだろうか。タクトが回り込むのを許さず、切り込めないでいた。
「でかい口が、邪魔!」
ガチン、と間近でかみ合わされた牙に怯える素振りもなく、タクトが横っ面を力任せに切り裂いた。鈍い音と共に、アリゲールの足下がふらつく。
と、傘に雨が当たるような音が響いて、アリゲールがつんのめった。
「固いね~貫くのは無理かな~」
右前肢の関節、その一点を狙った狙撃は、見事に大きな頭を地面へひれ伏させていた。
「ありがとさんっ!」
「――アイスアロー!」
先輩二人の息の合った攻撃は、それぞれ後ろ足を穿った。
あれ、オレ出遅れてる……?
悲鳴を上げたアリゲールは、なんとか這いずって湖へ逃げ込もうとしている。
「そっち行かれたら困るぜ! 回収できないだろ!」
追いすがったタクトが、川へ飛び込みざぶりと腰まで水に浸かる。
「水の剣!」
ざん、と鈍い音と共に、太い首が半ばまで落とされ、アリゲールはどしゃりと動かなくなった。
完全勝利に拳を握った瞬間、表情を変えた。
「戻って!! みんな戻って!!」
ハッとしたタクトがラキを引っつかんで山側へ退避する。オレは反応の遅い先輩二人の元へ駆けだした。
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