第478話 軟派男のマインドコントロール
昨日はゆっくり過ごして旅の疲れを取り、明日から学校だ。テスト勉強も大丈夫だと思う。朝寝坊したらどうしよう、なんて不安がよぎるけれど、同室の先輩2人に頼めばちゃんと起こしていってくれるだろう。テンチョーさんとアレックスさんは昨日は遅くに帰って早くに出たらしく、まだ会えていない。
と、噂をすれば軽やかに部屋のドアが開いた。
「お、いるじゃんチビちゃんたちー! 先輩が恋しかったろう~」
アレックスさんは、部屋へ帰ってくるなりオレたちを認め、両手を広げて駆け寄ってきた。
「い、いたいいたい!」
絶対にこれはおかえりの抱擁なんかじゃない、ヘッドロックだ。アレックスさんは細身だしタクトみたいに馬鹿力じゃないけれど、そんなに力任せに締めたら痛いに決まってる。一緒に抱え込まれるはずだったラキは、いつの間にか離れた場所にいた。
「んーーなんとなく乳臭いようなこのちびっ子の香り! 癒やされるわ~」
失礼! それ失礼だから! 全身でジタバタしていると、ぐいっとむしり取るように引きはがされた。同時にゴツンと鈍い音がする。
「危ないだろう、子どもと遊ぶ時はもっと加減するんだ」
「いっってえー!! テンチョ、加減、加減ーーっ!!」
頭を抑えて涙目で転げ回るアレックスさんにイーッとやると、大きな体をぎゅっと抱きしめて見上げた。
「テンチョーさん、おかえり-!」
「ああ、ただいま。ユータとラキもおかえり」
「「ただいま〜!」」
少し目を細め、大きな手がオレとラキを撫でる。
……お父さんだ。なんかもうお兄さんよりもお父さんだ。日本だと中学生くらいのはずなのに、この落ち着きよう。見た目も中身もすっかり大人だ。
「王都まで行ってきたんだろう? 大したものだ。そうか、ユータとラキはもう3年生になるんだものな。特にユータが入学した時はどうなることかと思ったが、もう心配いらないな」
そんなことを言うと、本当にもう卒業なんだと思い知らされる気がする。いなくなっちゃうんだって、ぐっと胸が詰まった。だけど、卒業は悲しいことじゃない、喜ばしいことだ。
オレはきゅっと唇を結んで頷いた。
「ふふん、お前たちもちゃーんと年下の面倒をみてやるんだぞー! テンチョーみたいに無愛想じゃダメだ、俺みたいに頼れる先輩にならなきゃな!」
「……頼れる先輩は、テンチョーさんだよ!」
オレはムッと唇をとがらせると、塞がってしまいそうな喉をこじ開けて反論した。
「何を! 俺の方がカッコイイし! あんな頑固親父みたいなのは人気出ないんだぜ!」
「そ、そんなことないよ! テンチョーさんかっこいいよ!! 硬派でいいんだよ!」
アレックスさんに面倒みてもらってないとは言えないけれど、ここはテンチョーさんを推さなければ!
「頑固親父……硬派……どっちにしろ私は固い人間なんだな……いや、自覚はあるんだが」
ちょっぴり肩を落とした姿は、ますますくたびれたサラリーマンみたいに見える。
「頑固親父で生真面目な所がいいの! それにテンチョーさんってすごく大人っぽいし!」
「そ、そうか……?」
『固い人間ってとこを否定はしてあげないのね』
モモがベッドでぽんぽんと跳ねた。いいの、テンチョーさんはそれがいいんだから。
「軟派だってカッコイイんですぅー! ほらラキ、お前も何か言ってやれ!」
「なっなんで僕に振ったの~?! え、僕、軟派なの~?!」
違うよね?! そんな視線に頷きかけてピタリと止まる。うん? ラキってどっちかと言うと軟派かもしれない。少なくとも硬派でないことは確かだ。
オレの曖昧な笑みに、ラキが愕然としている。大丈夫、アレックスさんほどじゃないから! 今は。
「ラキ、軟派は恥じることじゃないぞ、胸を張れ! お前はいい素質を持ってる! 俺の目に狂いはないぞ!」
「そんな素質いらない~!!」
アレックスさんに太鼓判を押され、ラキは両手で×を作ってぶんぶんと首を振った。自覚なかったんだね……。オレはテンチョーさんと顔を見合わせてくすくす笑った。
「あ、そーだ! ユータたち今度一緒に依頼受けようぜ! お前たちってもう次のランク目指しちゃってんだよね? 俺ら2人しかいないし、まだランク上がったとこで足踏みしてるからさー、お前らならレベル的にちょうどいいんじゃないかってね! まーね、先輩としては格好つけたいトコだけど、冒険者でそんなコト言ってたら死ぬからさ!」
ラキを洗脳しようとしていたアレックスさんが、唐突に振り返って言った。アレックスさんたちはDランク、オレたちも次のランクアップ試験に合格したら並ぶことができる。それまでに依頼を経験させてもらえるならありがたい。
「一緒に依頼を受けられるの? やった!」
ライグー討伐の時以来だね! やっぱり知ってる人と一緒に依頼を達成するのって楽しいもの。タクトだって喜ぶに違いない。
「どんな依頼~? 僕たちでも大丈夫~?」
「さすがラキだな、偉いぞ。ユータもちゃんと確認してから返事をするんだ。まだはっきりと決めていないが、討伐系を考えているんだ。明日以降、良い依頼があったら声をかけてもいいか?」
「「もちろん!」」
オレたちは飛び上がってハイタッチした。先輩2人の力になれるなんて、わくわくする。Dランクだもの、ゴブリンってことはないだろう。オレたちが頑張ってきた所をぜひ見て貰いたい。
「じゃ、まあ明日以降のお楽しみってな! ほーらほら、チビちゃんたちはもうねんねの時間ですよ~! 帰ってきて早々に授業寝坊しちゃうぞ~?」
パンパン、と手を叩き、アレックスさんがラキをベッドへと追い立てた。オレの方はテンチョーさんがヒョイとベッドへ乗せてくれる。いつまでたっても幼児みたいな扱いに、くすぐったく笑った。
「旅の疲れは思ったよりあるものだ。ちゃんと寝るんだぞ、おやすみ」
「うん! おやすみ。一緒の依頼、楽しみ!」
満面の笑みで返すと、テンチョーさんも目を細めて笑った。大人しく布団をかぶると、オレの頭を撫で、振り返ってアレックスさんの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あ、ユータとラキが来た! 久し振り~!」
「王都に行ってたんだって?! どんな所だった?!」
久々の教室に入った途端、わあっとみんなが群がった。気のせいだろうか、少し見ない間に大きくなってるような気がする。
「久し振り! 王都も楽しかったよ。これ、おみやげ!」
みんなへお土産はどうしようかと思っていたんだけど、ラキがこれでいいんじゃないって。確かに、王都で大流行したんだから先取り感があっていいのかもしれない。普通持ち帰ることはできないレア物だしね。
「なんだこれ?! 雲? フロートマフ?」
「ふわっふわ~! 食べられるの?」
そう、『シャラ様の雲』こと綿菓子。オレが作ったものだけど……一応、王都のお祭りでしか食べられないものでもある。
「これはね、『シャラ様の雲』って言うお菓子だよ。風のお祭りで食べるお菓子なんだ。王都のお城ではシャラ様っていう風の精霊様がね――」
甘いお菓子と共に、シャラの名前が心に刻まれますように。
オレはひとりでずっと王都を守って消えゆく運命だった、優しく悲しい精霊様の話をした。そして、彼がどうやって力を取り戻したのかも。
「すごい! お祭りで精霊様が元気になったんだ! お祈りって本当に力になるんだ……」
「じゃあ、あたしも時々シャラ様に祈ってあげようっと!」
ねえシャラ、王都から遠く離れたって、きっと祈りは届くよね。
1人でも多く彼を知ってもらいたい。そしたら、きっと消えちゃうことなんてなくなるはず。
「すごかったぜ、風の舞い。俺、すげーもん見ちまった」
タクトがにやっと笑ってオレを見た。
「うん、風の精霊のために天使様が舞ったって言われてるんだよ~」
ラキまでそんなことを言って、ちらりとオレを見た。せっかく舞いの事はぼかして話したのに!! 案の定、瞳を輝かせたクラスメイトたちはぐいぐいと2人に詰め寄り、2人はせがまれるままに話して聞かせた。もちろん、オレが舞ったことは話していない。
それから、王都から遠く離れたハイカリクでも、すっかり噂が広まってしまった。王都の祭りで天使と精霊が舞ったと……。天使教の人数が多いこちらでは、天使はやはり実在(?)すると大いに盛り上がったそうな……。
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明日4/23はコミカライズ版更新予定日ですよ!!
お見逃しなく-!!在庫切れだったAmazonさんコミカライズ3巻、補充されましたね!これでいっぱい買えます!!!
改稿作業もですが、本業がちょっとばかり大変な状況なので…いつもにもまして更新不安定になります!!すみません!
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