第477話 移し合うぬくもり

この実は、オレたちとルーで食べよう。本当は他の人にも分けてあげたいけれど、ルーの『特別』な気がして。

「女神様かあ……」

確か、神信教の神様は男神だったはず。女神様もいるのかな。柔らかな毛皮に包まれ、ぼんやりと考える。

「女神など、いない」

何気なく呟いた言葉に、ルーが応えた。いないって、どうして……そう言いかけて、ルーが神獣だってことを思い出した。

「そ、っか。ルーは、神様を知ってるの?」

「……別に、『俺』が知っているわけじゃねー」

近かった存在が、遠くへ行ってしまう気がする。世界の始まりを手伝った獣、その記憶を引き継いだ代替わり。ルーは本来、こんな近しくあっていい存在じゃないんだろう。

オレはぎゅっとしなやかな体を抱きしめた。

「でも、オレだって! ……オレだって神様なら会ったことある!」

完全に伏せた頭を、ぽふ、と柔らかなものが叩いた。ちらりと顔を持ち上げると、大きな金の瞳がこちらを見ていた。何を怒ってる、そう言いたげな呆れた視線だ。

「……ルーだけじゃないよ、オレだって会ってるんだから。おひげが長いおじいさんで、とても優しいお顔だったよ。ルーの知ってる神様とはちがうの?」

「当然だ」

当然、なの? 同じ神様かもしれないってどうして思わなかったんだろう。


「ここには、どんな神様がいるの? オレたちの国はね、八百万の神様がいるって言うんだよ」

「なんだそれは」

「やおよろずってね、800万って書くんだよ」

言った途端、ルーが体を起こしてこちらへ向き直り、オレはころりと転がり落ちた。

「はぁ?! 多すぎる! なんだそれは……お前もその一柱だったのか」

ちょうどよく前肢の上に落ち、真剣な顔で覗き込む瞳に笑った。

「そんなわけないよ! オレは普通の人だよ。八百万っていうのは、たくさんいるって意味だよ」

この世界の人口はどのくらいだろう。さすがに数百万ってことはないだろうけれど、人はこの世の生態系トップじゃない。中間層にいる生き物のうちのひとつだ。ルーからすれば、数百万も神がいるなら人口の半分以上は神様って考えになるのかもしれない。

「そんな世界があるなら……」

呟いたルーの前肢に、ぐっと力が入った。怒ってるのだろうか? じっと見つめたけれど、その先の言葉は続かなかった。

 

「この世界にたくさんの神はいない」

「そうなの? でも、ルーたちだって神様ってことになるんじゃないの?」

「ヒトが勝手にそう呼ぶだけだ。神なんかじゃねー」

そう? ヒトが神様だと思って信仰するなら神様なんじゃないの? 少なくとも日本の八百万の神様はそうやってたくさんいるんだと思うけれど。

そもそも、この世界の神様ってどこで何してるんだろう。

そんなことを考えて、クスッと笑った。なんだか神様だってオレたちみたいな存在だと思ってしまっている。だけど、地球にいたころ、神様はどこで何してるなんて考えたことなかったよ。

「じゃあ、この世界の神様はひとり……ええと、一柱なの? それならきっとお祈りも届きやすいね!」


パッと起き上がると、草を払って髪を整えた。しっかりと背中を伸ばして、金の瞳を見上げる。

「……この世界で過ごさせてもらって、ありがとうございます! それに、ルーと遊ばせてもらってありがとうございます!」

パンパンと柏手を打ってぺこりとやると、ルーがなんとも言えない顔をしている。

「……なんで俺に言う。それに、遊んでねー! てめーが勝手に来るだけだ!」

「だって、ラピスとオレみたいな感じだったら、ルーに言えば神様に届くかなって」

「届くわけねー!」

そうなの? やっぱり神様っていうのは世界を見守る遠い遠いところにある存在なんだろうか。人の姿をもっているかどうかも分からない。獣の姿かもしれないし、ただの光かもしれない。思ったよりも神様と神獣の差は大きそうだ。

なんとなく、ホッとする。


再び脱力して座り込むと、大きな体を抱え込むように上体をルーに預けた。

ルーは、こうして触れるもの。神様とは違うよね。

ふかっとした被毛に小さな手を埋め、すーっと逆なでしてみた。撫でたラインだけもさもさと盛り上がるのが楽しくて、次々もさもさゾーンを増やしていく。

「わあ?!」

割と夢中になっていたら、もたれていたルーの体がなくなった。そのままぽてんとひっくり返ると、のし掛かる影に目を瞬かせる。

「それはいらねー」

どうやら普通の撫でをご所望だった様子。オレは伏せた前肢の内側に抱き込まれるように転がり込み、真下から顎を見上げた。ベッドが苔なのは少々不満だけど、ふわふわのたてがみがお布団のようで、これはこれで素敵だ。

オレは満足して傍らにある前肢を抱え込むと、滑らかで固いそれに頬を寄せて目を閉じた。ついさっきいなくなったはずの眠気は、あっという間に駆け戻ってきてオレを攫っていく。

「……祈りは、届かねー」

ルーは、天を仰いでもう一度言ったようだった。



「んー、あったかい……」

むしろ、暑いくらい。ぐっすり眠って、自然と目が覚めた。

周囲は真っ黒、まだ明るいけどピカピカの真っ黒だ。眠るオレのすぐ隣に、凜々しい獣の顔がある。リラックスして眠る姿は、生命を感じて愛おしい。

目覚めてみると、オレはルーに埋もれていた。まるで宝物を取られまいと抱え込むような姿勢だ。

(ふふ、犬だった頃のシロみたい)

この野性的な獣に抱く感想としては不適切かも知れないけれど、子犬を思い浮かべたせいか、なんとも愛らしく思えてしまう。

体は完全にルーの顎と前肢に挟まれてしまって抜け出せないけれど、気をつけてくれたんだろうか、上体は起こせた。でもこれ以上動いたら起きちゃうんだろうな。


緩んだお顔にそっと手を這わせると、ピピッと耳が動いた。

ルーは随分、近くに来てくれるようになった。

最初の頃は、ルーの方から触れることなんてなかったのに。背中に乗せるにも魔法を使っていたのに。

ひっくり返されたりのし掛かられたり、少々乱暴な触れ合いが多いけれど。

「オレは、ルーも守りたいなぁ」

きっと鼻で笑われることを言って、大きな顔に頬ずりした。

ピク、と反応したのを感じて、そっと体を離す。さすがに起きちゃったらしい。大きな金の瞳が瞬くと、思いの外勢いよく顔を上げた。

オレが先に起きることが珍しいせいか、慌てた様子が可笑しかった。そーっと何事もなかったように前足も離れていく。温かかったものが一気になくなって体がスースーした。


「……まだ、いたのか」

いたのかじゃないよ、ルーが抱えてたんだよ。だけどそれを言ったら絶対ふて腐れる。

「いたよ! 一緒にお昼寝できて嬉しかった。ルー、あったかくて気持ちよかったよ」

落ち着きなく耳が左右に動き、しっぽが揺れる。そんなそわそわするようなことしてないよ、大丈夫だったよ。

オレの方はしっかりとルーを堪能できて、大満足だ。そっぽを向くルーを力一杯抱きしめ、顔が埋まるほどに擦りつける。

「じゃあ、また来るね。いっぱいお話しようね」

「うるせー」

来るなって言わなかったね。オレはルーのぬくもりをしっかりと体に移し、そっと離れて手を振った。

きっと、オレのぬくもりだってルーに移っているでしょう? あったかいなって思ってくれるといいな。



「おかえり~」

部屋へ戻ると、ラキがいつものようにベッドに道具を広げて作業していた。

「ただいま! 何作ってるの?」

「ただの工作だよ、時間があったから~。ほら、シロ車に生活道具を取り付けようと思って~」

おお、シロ車の改造か! カッコイイものが出来上がるのかと眺めていたけれど、どうやら本当に生活道具のようだ。折りたたみ式のテーブル、荷物入れ、獲物をぶら下げる装置……。

「あ、これもしかして干し網?!」

「うん、アツベリーみたいに乾燥させるなら、こうして干しておけばいいかなって~。あとこっちに洗濯物を干せる機能も――」

それは嬉しい! 割と忙しくしているから、乾物を作る余裕がなくて。旅をしながら乾物も作れるなんて最高!


『主ぃ、いやそれ、どうなの……?』

『乾物と洗濯物をなびかせながら走るシロ車……。まあ、その、合理的ではあるわよね』

にこにこの笑顔で走るシロ。そしてはたはたとなびく洗濯物、あまつさえ干し網がくるくる回り、傍らには開いたお魚や干し柿なんかが踊る。

「いいんじゃないっ? 一石二鳥どころじゃないよ?!」

ぐっと拳を握ったオレに、チュー助とモモがふう、とため息を吐いた。

『まあ……主がいいならー』

『ゆうたに問うだけ無駄ね』

なんとなく失礼な気がする。だけど、一緒に干し網なんかの調整をしてと言われ、いそいそとラキと額を付き合わせた。


「こういうのはユータの方が詳しいでしょ~? 協力して作ろうよ~!」

「うん! 合作だね! ……あ、そう言えば」

二人の合作、で思い出した。

「魔力の結晶って、どういうときに使うの? 使い方間違ってるって言われたの」

「え? どういうこと~?」

制作に夢中なラキは、両手で飽き足らず口にも道具を咥えて半分上の空だ。

「うーんと、例えばこの道具を全部魔法で作ったら、オレとラキの魔力の結晶だねって言うでしょう?」

「ぶふっ!」

ラキが唐突に咥えた道具を吹き出し、すごい勢いでオレを見た。

「やっぱり間違ってるの?」

大げさにむせたラキが、頭の痛そうな顔でオレの肩に手を置いた。

「……盛大に間違ってるね~。それね、結婚式とかで使う言葉~! 二人の共同作業で誓いの魔道具に魔力注いだり、その~、大体は子どもができた夫婦に使う言葉だから~!!」

「えー!!」

そ、そうだったのか……! ある意味良かった、女性に使ったりしないで。

それはまあ、ルーもあんな目になる。……だけど。

「その場で言ってくれたらいいじゃないかー! オレ、2回分恥ずかしい思いしたんだけど!」

オレはラキのぬるい視線を感じつつ、布団に顔を突っ込んだ。






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体調は大分良くなったひつじのはねです!

先日7巻発売したばかりですが、お陰様で早々に続刊が決まりました!ありがとうございます!

すみません、また改稿作業中は更新不安定になるかと思います…そもそも最近安定してませんが……

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