第461話 対策をとろう
寝不足のせいかもしれないね、と力なく笑って締めくくった職人さんは、今のうちにと横になった。今寝ちゃうと余計に夜眠れないんじゃないかと思うけど、体力も温存しなきゃいけないもんね。
オレたちはささっとテントに駆け込むと、額を付き合わせた。
「なんだなんだ? 謎の魔物の出現か?! 俺、何も感じなかったぜ」
不謹慎にもわくわくと瞳を輝かせ、タクトが拳を握る。
「だけど、オレも気付かなかったし、魔物なら何かしら被害があるんじゃないかなぁ?」
人に対する被害がないのはありがたいけれど、食糧を持って行かれている様子もないし、魔物がいた形跡すらない。レーダーで感じなかったのは……オレが不在の時と寝ている時だったからかもしれないけど。
「う~ん。もしかして不死者系~?!」
いわゆるゾンビとか、オバケに似た類の魔物は、条件さえ揃えばどこにでも単体で発生する可能性がある。ちなみにオレはちゃんと生命の魔力を抑えているので、以前の回復強化での事件みたいなことはない。そもそもこんなに広い坑道なら、きっと回復強化していても問題ないと思う。
不死者か……ゾンビならきっと臭いからシロが気付くだろうけど、実体のない系統ならシロだって気付かないかもしれない。オレだって会ったことないもの、レーダーに映っていても分からなかったのかも。
それなら対応に気を付けないと、普通の魔物のように物理攻撃で倒すのは厳しい。
「ふふふ、もしくは魔物じゃない本物のオバケだったりして~?」
ラキの言葉にオレの時間が止まる。
オバ、ケ? 本物の……?? 途端にゾゾッと背筋が凍えてくる。この世界にもオバケの噂はある。不死者とは別の、魔物として探知されないくらい微弱なもの。人の意識の残り香みたいな扱いだ。
なんでこんな所でそんなこと言うかな?! こんな……いつも真っ暗な場所でオバケなんて……そんなの卑怯だ!
「ユータ? 何やってんだよ……」
シロの下に潜り込んで耳を塞いでいると、ひょいと両手を取り上げられた。
「な、なんでもないよ! うん、平気。大丈夫! 問題ないよ!」
「じゃあシロを被るのをやめようか~」
ずるっとシロの下から引っ張り出され、途端に落ち着かなくなる。何か、何か体を覆うものを……。
「何だっつうんだ。俺はお前の怖いの基準が分からねえよ」
「なんでオバケが怖くて不死者は怖くないの~? 意味が分からないよ~」
君たちには分かるまい!! この世界の人にとっては、実害のある不死者の方がよほど脅威なので、オバケなんて『珍しいもの』くらいの認識だ。ぜひともジャパニーズホラーを伝授してあげたい。オレは断じて見ないけど。
「ユータは魔法が使えるんだから、もしオバケがいても不死者がいても、やっつけられるでしょ?」
3人分の掛け物にくるまっていると、ラキが苦笑して1枚ずつ引っぺがした。
「そうだぜ! お前が怖がる要素なくねえ? 俺なら魔力足りねえかもだけどさ」
だって、ホラーに魔法は出て来ないもの。効くかどうか分からないでしょう。いつも夜みたいなこの場所だったら、最強かもしれないじゃない。
――夜はサイキョーなの? じゃあ昼にしたらいいの! いっぱい明るくすればいいの。
ほう……なるほど。確かに、煌々と明るければオバケも場違いすぎて退散するかもしれない。
ガバッと掛け物を放り出して立ち上がると、オレは一気にグラドさんの所へと駆けだした。
「はあ? 明るく? なんでだよ。そらまあ、暗いより明るい方がいいけどよ、魔力の無駄遣いだろうが。ランタンなんか持ってると魔物も寄ってくるって言うしな」
「ううん! ランタンなんかじゃない、もっともーっと明るくする! 地下の魔物なんて怯えて逃げるくらいに!! ちゃんとお料理とか水魔法が使えるくらいは魔力残しておくから大丈夫!! ね、いいでしょう?」
「そう問題はねえからやってみてもいいけどよ……なんでだ? 子どものしたいことはよく分からん」
首を捻るグラドさんを尻目に、オレは避難所の中央へ駆けて行った。
「みんなー! ちょっと明るくなるからお目々閉じて-!!」
善は急げだ。イメージするのは真夏の太陽、じりじりと熱を感じるような生命力溢れる強力な光。
『あえはも、おうえんする!』
火に強力な親和性を持ったアゲハの力が、ほんのりとオレの体を熱くする。そう、この感じだ。
オレは目を閉じて深呼吸する。吸い込む空気も熱い夏の日。たらりと伝う汗と植物の匂い。水面がぎらぎらと眩しく輝いて、ぐいっと汗を拭ってうんざりと見上げる――。
「お日様のっ――光!!!」
カッ! 音が聞こえた気さえする、圧倒的な光が迸った。
* * * * *
「……なんだ? あっち避難所だよな? 様子がおかしくねえか?」
「あの明かりはなんだ。まだ距離があったはずだが……なぜここまで明るい?」
探索に出ていた冒険者と、職人として参加していたクレイドが互いに視線を交わした。無言で頷き合うと、音も立てずに走り出す。何かあったのか……不安が胸を過ぎる中、近づくにつれ辺りは真昼のように明るくなっていく。
「これは何なんだ……」
「それに、この匂いは?」
暗闇に慣れた目に眩しすぎる明かりは、近づくにつれさらに強力になっていく。そして、その香りも。
「な、なんだこれは……?!」
目を細めて飛び込んだ避難所の光景に、彼らは呆然と立ち尽くした。
「……お前ら、何やってんだよ……」
「おー、ご苦労だったな! ほらお前らも食え!」
ご機嫌で投げて寄越されたのは、あまり馴染みのない菓子だ。天井が空いたのかと思うほどの明るさは、どうやら魔法のようだ。
さっきから鼻腔をくすぐってならない甘い香りは、きっとこの菓子だろう。そこはまるでパーティ会場だった。あまつさえ歌って踊る者までいる始末。
「あ、お帰りなさい!」
何やら焼き菓子をテーブルへ運んで来た少年が、にこにこと手を振った。
* * * * *
お日様魔法は大成功だ。あんまりにも眩しくて、ちょっと目を開けるまでに時間がかかったけど、これだけ明るければ、ひっそりやって来たいだろうオバケは堪らないに違いない。
「あとは……そうだ!」
オバケが来づらい雰囲気にすればいい。明るくて、暖かくて、楽しくて……いい匂い!!
『そんな対策、聞いたことないわよ……』
モモが肩の上で脱力して扁平になった。だって、きっと心から楽しい時にはオバケがいても大丈夫…………な気がする。
「ユータはさー、その変な方向に思い切りがいいの何とかならねえの?」
「普段はほとんど触らない舵をさ~突然思いっきり切るのはどうしてなの~?」
タクトとラキが半眼でオレに視線を注ぎつつ、もさもさとクッキーを頬ばっている。
そうこうするうち、パウンドケーキが出来上がった所で探索組が帰ってきた。呆然とする彼らに、ラキとタクトの同情に満ちた視線が注がれる。
ちなみに、グラドさんにはちょっぴり怒られたけど、これだけ明るければかえって魔物除けになるだろうと許可をもらった。諸事情についてはラキが説明してくれたんだけど、オレがオバケを怖がってって言った!! ヒドイよ、違うでしょう?! オバケが来ないように、対策をとってるんだよ!!
心地良い真昼の空間になった避難所に、オレは満足して頷いた。
「いやいやいや、眠れねえから!! 夜は消せっての!」
「だって! だって……!!」
オレは半べそで必死の抵抗を試みるけれど、その他大勢の苦笑を感じると俯くしかない。
真昼の太陽の下では眠れないって言うんだ。お昼寝は真昼にするじゃない、大丈夫だと思うんだけど。
「じゃあ……消すけど……」
しょんぼりと肩を落としてお日様の光を消すと、途端に周囲は闇に包まれた。突然消えた光に、慌てる周囲の声が聞こえる。
「ちっちゃいライト……」
オレは見えるけど、それでも暗い方が怖い。ささやかな抵抗として、蛍ほどの無数の明かりを浮かべた。これでも、ろうそくや油皿の明かりだけよりはマシだ。
「もうちょっと、こっち来て。……寒いから」
「はいはい~」
「
左右のラキとタクトをぐいぐいと引っ張って間を詰めると、3人の頭元を抱え込むようにシロが丸くなった。
『ゆーた、大丈夫。ぼく起きて守ってるからね』
『俺様はオバケなんて怖くないぜ!』
『オバケってシールド通り抜けるのかしら?』
シロとチュー助の言葉にほっこりと微笑み、モモの台詞にどきりとする。ど、どうしよう。シールドも無効だったら……。
――大丈夫なの! ラピスが守ってるの! オバケがいたらチリになるまで粉々にするの!
頼もしいラピスに、別の不安がよぎった。オバケはチリになってもいいけど、周囲までチリにするのはやめてね……?
「ピピッ」
首筋に触れた羽毛から、ティアの温かく清浄な魔力が流れてくる。すうっと心地良くなるフェリティアの魔力。次第に力の抜ける体を感じ、オレはふわっと微笑んで意識を手放した。
――ユータ、ユータ。
どのくらい眠っていたのだろう。遠慮がちなラピスの声とふわふわと触れる尻尾に目を覚ました。
「なあに? もう朝?」
――違うの。あれ、見てほしいの。
寝ぼけ眼をこすって体を起こすと、ぼんやりとテントの布地を見つめた。真っ暗な中、ささやかな明かりで薄ぼんやりと外の影が映る。
皆が寝静まっているはずの中、ゆらりゆらりと不自然に揺れながら人影が蠢いていた。
――あれ、粉々にしてもいいの? オバケなの?
ラピスの無邪気な声に、オレは左右の温かな体をぎゅっと掴んだ。
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