第460話 暗闇の中の影

「……なんでお前らテント持ってきてんだ? 準備が良すぎねえか?」

グラドさんの呆けた顔に、オレもきょとんとする。

「なんでって? いつも持ち歩いてるよ、冒険者だもの」

「そんなかさばるモン、いつも持ち歩くわけねえっての!!」

そう? だって急に野宿が必要になったら困るでしょう。ほら、今回みたいに。

だけどここは坑道内だから雨風があるわけでもなく、どうやら他の人たちは張らないようだ。

『張らないんじゃなくて、張れないのよ。持ってないんでしょ』

モモがテントの中でぽむぽむと弾んだ。そっか、外でワイルドに寝るのも冒険だもんね! でも枕くらいはあるといいなあ。

『ゆーたは大丈夫だよ! 枕とお布団がなくてもぼくがいるよ!』

おお、確かに。シロはどんな寝具より素晴らしいもふもふだ。しかも保温ならぬ加温機能までついている。ばふっとふさふさの首元にしがみつくと、シロはころりと転がった。


「別にテント張らなくてもいいんじゃねえの? その辺で転がって寝ればいいだろ」

「そうだけど~僕たち子どもだし、ユータもいるから一応ね~」

「オレ、別にお外で寝ても大丈夫だよ?」

なんなら大森林の真ん中で寝ていたこともあるんだから。だけど、タクトと視線を交わしたラキは、小さくため息を吐いてオレの頭に手を置いた。

「え~と、テントがあった方がナイショのお話もできるし~、ユータが何かやらかしてもテント内ならバレないでしょ~?」

テント内で何をやらかすっていうの?! オレ、そんなとんでもないことしないよ! だけど、テントで3人一緒に過ごせる機会は案外ないので、テントを張ること自体に異論はない。


「ねえ、明日からずっと坑道でしょ? 何する?」

「何ってせっかくの機会だもの~好きなだけ採掘しようよ~!」

「俺は飯確保に行きてえな! 俺らの食糧から出したらダメなんだろ?」

この環境はむしろラキにとっては好都合なのかもしれない。だけど黙々と丸一日採掘するなんて、ちょっと御免被りたい。それならオレも坑道探検に行きたいな。ラキにはシロを残していけば大丈夫だろう。

「そう言えば何にも言わずに出てきちゃったけど~、カロルス様たち心配してないかな~?」

あっ……! それはマズイ。とってもマズイ。もう夜中になるもの、そりゃあ心配されるだろう。オレはにわかにそわそわと落ち着かなくなる。ひとまず転移で報せて戻って来よう。

「あ、その、オレちょっとトイレ……」

「はいはい、気をつけてね~僕たちは寝てるから~」

「ゆっくりしてきていいぞ」

テントの明かりを消して、2人はもう寝てしまうらしい。勿体ないなと思いつつ、取り急ぎカロルス様の所へ。辺りは所々に取り付けられた小さな明かりしかなく、まず他の人から見られないだろう。念のためにテントの裏へ身を隠すと、急いでカロルス様の所へと向かった。


「ユータちゃん! 心配したのよ!! ムゥちゃんたちは心配いらないって言ってるみたいなのだけど……」

「まったく、夜遊びするお年頃には早いんじゃない?」

出迎えてくれたエリーシャ様とセデス兄さんがぎゅっとオレを抱きしめた。アリスとムゥちゃんが心配無用アピールをしてくれていたみたいだけど、やっぱりそれで安心というわけにはいかなかったようだ。

「それで、どうしたんだ? タクトやラキはどうした?」

わしわしと撫でる大きな手を取って見上げると、にこっと笑った。

「2人も大丈夫だよ! ラーニアの坑道に行ってるんだけどね、ちょっと出口が崩れちゃって出られないの。でも大丈夫だよ」

「……それは普通、大丈夫って言わねえな」

確かに。カロルス様の呆れた視線にくすくすと笑って、今日の出来事を説明した。


「――ひとまずは無事で良かったぜ。だけどお前また戻るのか? こっちに居たらどうだ? タクトたちも連れてよ」

最初はそれも考えた。オレが全員を1人ずつ転移で運んでもいいかなって。だけど、今のところ差し迫る危機はないし、それは最後の手段でいいかな。えーとこれはラピス案件の手前の手前ぐらい?

「必要なものはありませんか? おやつや食糧なんかも……」

「マリーさんありがとう! だけどあんまり色々持ってたら変に思われちゃうよ」

あれやこれやと世話をやこうとするマリーさんに苦笑すると、ハッと気が付いた。

「あ! オレ早く戻らなきゃ! トイレに行くって言ってできたから!」

追いすがる声を振り切って慌てて戻ってくると、暗いテントに飛び込んだ。


「おかえり~」

「お前、何ウロウロしてたんだ?」

眠っているとばかり思った二人は、すぐさま目を開けてオレを見た。

「う、ウロウロしてないよ! ちょっと……チュー助がぐずっちゃって」

『俺様ぁ?!』

抗議の声をあげようとした小さな口へ、手近なドライフルーツを押し込むと大人しくなった。

「そうか? テントの周りうろついてたろ?」

眠そうなタクトの声にきょとんと周囲を見回した。なるほど、外の微かな明かりでテントに影が映り込んでいたらしい。だけど、すぐに転移したからオレじゃないだろう。

「ユータも早く寝よう~明日はいっぱい採掘しようね~」

「う、うん……」

ラキに腕を引かれて横になると、満足そうにまぶたを閉じた顔を見つめた。存分に幼い寝顔は遠足前の子どものようにほんのりと微笑んでいる。この調子だと、転移で帰れるって言っても断りそうだね。

オレもふんわりと口角を上げると、抗わずにまぶたを閉じた。



「よう、チビども起きたか! お前らはどうするよ?」

オレたちが朝かもしれないと寝ぼけ眼をこすりつつテントから出ると、すっかり出遅れていた。

どうやら既に朝食をすませて身支度を整え、なんなら今後の方針なんかの話し合いすら終わったようだ。そこはオレたちも起こしてほしかったけど! みんなすごいな。こんなに暗いのにばっちり起きられるなんて。


どうやら方針として2班が半日ずつ交代で探索と留守番をすることになったらしい。ちなみに探索は主に冒険者がするので、職人さんは一人だけ探索班に加わって、あとは基本的に留守番や付近での採掘だ。

まずは留守番班になったオレたちは、のんびりと朝ご飯を食べはじめた。テントは畳もうかと思ったけれど、ここは避難所の奥まった端っこで邪魔にならないのでこのまま設置しておくことにした。


「――でも、気味悪いよ。今日はもう少し明かりを増やしておかないか?」

「気が立ってるんじゃないか? 避難所は魔物避けがあるだろ。あんまり明かりをつけると、それこそ魔物を呼ぶかもしれない」

聞くともなしに聞こえた会話に興味をそそられて視線を向けると、職人さんが何やら冒険者さんに訴えている。

「何かあったの?」

首をかしげると、口を開こうとした職人さんを遮って冒険者さんが笑った。

「なんでもねえよ、暗いから魔物がいるような気がするだけだ。ちゃんと魔物避けがあるから安心してな。俺たちもいるしよ!」

そう言うと職人さんの肩を叩いて離れてしまった。だけど、俯いた職人さんの顔色はあまりよくない。

「どうしたの?」

「は、はは。私は怖がりなのかもしれないな。だけど、見た気がするんだよ」

こくり、とのどを鳴らして逡巡した職人さんは、やはり誰かに話したかったらしい。すがるような目で言葉をつづけた。

「昨日の夜、ふと目を開けた時にさ。……いたんだよ、目の前に。何って言えないんだけど、黒いのがいた気がするんだ。この暗さだろ、顔なんて分からないけど、人っぽかった。きっと見てたんだよ、私を。……なあ、君らも冒険者だろ? この坑道にいる魔物でヒト型の奴なんていたか?」


いつの間にか両隣に来ていた二人と顔を見合わせ、うーんと頭をひねった。

「ゴブリンが入り込んでたんじゃねえ? ヒト型ならあいつらだろ」

「他はあんまり思いつかないね~」

職人さんはオレたちの返答に浮かない顔だ。

「まあ、そうだよな。でもゴブリンなんかじゃないんだ。もっと大きくてふらふらして――静かだ。それに、変な匂いがした」

「「「変な匂い?」」」

「うん。生臭いような……水臭いって言うのかな?」

ゴブリンは臭いけど、何というかもっと生物的な臭いだ。ただ、臭いなら正体はすぐに分かるかもしれない。

『昨日? うーん、水っぽい臭いならこの辺りはずっとしてるよ。あのね、お料理する前のお魚みたいな臭い。昨日、臭いが近くなった気もするけど……。魔物だったらぼく、分かると思うんだけどなあ』

シロはちょっと自信なさげにしっぽを振った。



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死ぬほど眠い中書いたのでなんか色々おかしかったら元気な時になおしますね……


コミカライズ版3巻発売に続き、Webコミカライズの更新もされましたね!

ティアかわいい~!

ちなみに色々な媒体で今だけコミカライズ版の1巻無料で読めたりするみたいですよ……?


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