第458話 坑道の中で

「うわああ?!」

「中央だ! 中央へ逃げ込め!!」

坑道内は、蜂の巣ならぬアリの巣をつついたような騒ぎとなった。

そこここで小規模な崩落が起こり、人々は這々の体で側道から中央坑道へと避難している。脆い側道からは崩れた土砂が吹き出し、砂煙が暗い坑内でさらに視界を遮っていた。

「どこか、広範囲に崩れたか……中央は無事だろうな」

「揺れが先か? 崩れたから揺れたのか?」

不気味な振動とばらばら落ちてくる土砂の中、人々は不安げな顔を見合わせた。

「そうだ、あのチビどもはどうした?!」

「あっちの方の側道へ入っていったのを見たぞ! 崩れたんじゃないか?!」

数名が腰を浮かせた時、収まり始めた砂煙を再度巻き上げ、何かが駆け込んできた。


暗闇の中、はっきりと浮かび上がった大きな獣に、その場にいた職人から悲鳴が上がった。

「ウォウッ」

咄嗟に身構えた冒険者たちに視線を走らせ、獣は心配するなと言いたげに小さく吠えた。次いでぐっと背を屈めると、場違いな声が聞こえた。

「なあ、この人たち知り合い? 置いてくぜ!」

「介抱お願いします~」

「次、あっち! 良かった、あんまり巻き込まれた人はいないみたい」

見れば、淡く発光するかのような白銀の獣には、生き埋めになっているはずの少年たち本人が騎乗していた。

「え、おい……」

事態を飲み込めない人々の前で、少年たちはどさどさと白い獣から土塊つちくれを下ろすと、再び闇の中へ消えていった。


「――うぅ」

しばし呆気にとられて見送っていた人々が微かな呻きに視線を下げると、土塊が身じろぎした。

「あ?! おい、誰か回復薬持ってねえか!」

「怪我の程度は? まず土を落とせ!」

慌ただしく駆け寄った人々は、土砂まみれで横たわった彼らに傷ひとつないことを確かめ、首を捻ったのだった。


* * * * *


「これで多分、全員だと思う」

「さすがみんな慣れてんなー、逃げ足早いぜ!」

「冒険者が多かったのも良かったかもね~職人さんの方が多かったら、もっと被害があったかも~」

レーダーで探し、オレとラキの土魔法で土砂を除けると、生き埋めになった最後の1人が見つかった。土まみれのまま回復を施し、これでレーダーで分かる人たちは全員助けられたはずだ。レーダーを使った時点で生きていればの話だけれど……。

いつの間にか泥まみれになった顔でほっと息を吐くと、オレたちも皆が集まる中央坑道へと急いだ。


――ユータ、大分埋まってるの。来た道からは帰れないの。良かったらだけど、出たいならラピスたちが全部吹っ飛ばすの。

崩落の状況を視察に行ったラピスからは、芳しくない報告が届いた。うん、ラピスにお願いするのは最後で最終手段になるかな! だって全部って本当に『全部』吹っ飛ばす気満々でしょう。ラピスたちの前には、きっとえぐれた大地しか残らない。たくさん訓練しているはずなんだけど、0か100かの究極の選択しかできないのは変えられないようだ。


「何でそんなに崩れたんだ? 落盤は多いって聞いてたけどさ、ここまでじゃねえよな?」

「出入り口が塞がっちゃってるんでしょ~? そんな大規模な落盤がしょっちゅう起こるはずないよ~。中央坑道はそうそう崩れないはずなんだよ~」

「地震かなぁ。すごく揺れたもんね」

この世界で地震にあったことなんてなかったのに、ちょうど坑道に来たタイミングで地震に遭うなんて。こうしてピンピンしてるんだから、運が悪いとはとても言えないけれど、素敵な巡り合わせとも言えない。

『ううん、運が良かったんだよ。だって、ほら』

ザカザカと土砂の上を走るシロが、ちょっと振り返って背中の冒険者をつついた。

『ユータがいたから助かったよ』

ね、嬉しいでしょう? なんの邪推もなくにこっと笑ったシロに、オレもぱっと笑った。そっか、そうだね。オレたちがここにいなかったら助からなかったかもしれないもの。じゃあ、運が良かったね。

『ま、それ以上に運がいいのはこの人たちってことね』

『それは間違いないぜ!』

モモとチュー助が半ば呆れたように嘆息した。


どうやら坑内に残った人たちは中央坑道の一カ所に集まっているようだ。回収してきた人を運びがてら、オレたちもそこへ集合する。救助を待つなら、みんな一カ所に集まっていた方がいいだろう。

「お前ら! 一体何してんだ?! 無事だったのか?」

「それは……? また助け出したのか? どうやって?!」

シロから降りると、途端に周囲の人たちが詰め寄って来た。大きな大人に囲まれ、あまつさえ手を伸ばされ、思わずたじたじと後ずさりする。その中に泥まみれの人も混じっているので、先に運んだ人は目を覚ましたようだ。

「シロがいるからな! 埋まった人を探してきたんだぜ!」

「タクトは力持ちだし~、僕たちは土魔法得意だからね~」

いつの間にかオレの前にまわった2人が、事も無げに言って胸を張った。

「無茶をしやがって。だけど、お前ら命の恩人だ。ありがとう」

「しかし……お前ら、崩れた側道にいたろう? 崩落に巻き込まれたんじゃなかったのか? なんで無事なんだ?」

「知らねえ。運が良かったんじゃねえ?」

ちらっとオレを見て笑うと、タクトがいけしゃあしゃあと言ってのけた。


「――だめだ、向こう側は分からねえけど、13番辺りで完全に塞がってやがる」

「ですが、風穴ふうけつは機能していることが確認できました。焦らず待つしかないでしょうね。この先に避難所がありますから、そこへ行きましょう」

年配の職人さんらしき人と、冒険者さんが状況把握に行っていたらしい。やはりオレたちで脱出は難しいようだ。もしかすると、オレが頑張ったら全部の土砂を除けられたりするだろうか。だけど、それでもし坑道全体の崩落に繋がったら目も当てられない。全員にシールドを張りつつ完全に埋まった状態から出口まで掘り進む……。なかなかの賭けになりそうだ。それは最終手段かな……ラピス事案になる一歩手前の。


幸い揺れは収まり、中央坑道が崩れる気配もないので救援を待つのが一番だろう。小規模な崩落ならともかく、これだけ大規模に崩落したなら必ず救援が来るはずだ。

なんとなく先ほどの職人さんと冒険者さんがリーダーシップをとって、オレたち総勢十数名はぞろぞろと移動を始めた。万一の崩落に備え、坑道には所々避難所があるそうだ。

「さて、基本的にはここで救援を待つのが得策ということになるでしょうね。以前はここにも備蓄があったのですが……残ってはいないでしょうね」

「お前らも冒険者なら多少の備えはあるだろ? 街からそう遠くねえんだ、騎士サンや腕の良い魔法使いなんかも来るだろうよ。1週間もかからんだろう」

冒険者たちは一様にうんざりとした顔だけれど、一方の職人さんたちの顔色は良くない。普段職を持って街で生活していたら、1日だって絶食をすることはないだろう。もしかすると非常食すら持っていないかも知れない。


「食事はなくても何とかなるかもしれんが、僕たちは水がない。その、この坑道内に水路はあるだろうか?」

恐る恐る問いかけた職人さんが、冒険者たちの視線に縮こまった。年配の職人さんが眉根を寄せて額に手を当てる。

「私が記憶しているのは23番まで。水路はありません。それより奥にはあるかもしれませんが……地図がないとそこからは非常に危険です。どなたか水魔法でなんとかなりませんか」

「できなくはないが、私は土魔法がメインなので水は得意ではない。多少は融通できるが、この状況下で魔力は温存したいのが正直なところだ」

杖を持っているのは二人だけ。片方の人が難しい顔で言い、もう一人も頷いた。


「あの~、僕たちが水魔法使えますよ~。飲み水くらいなら大丈夫です~」

「うん、大丈夫だよ!」

頷き合ったオレたちが一歩前へ出た。本当は毎日おふろに入るのだって余裕だと思うけれど、そこまで情報を明かすこともない。

「そうか! でかした、それなら助かるぜ。その代わりちゃんと守ってやるからな!」

がしがしと頭を撫でられ、職人さんたちもホッと肩の力を抜いた。


「食糧もたくさんあるから、1週間くらい大丈夫だぜ!」

タクトが収納袋からパンを取りだして見せた。収納はオレが担っているけれど、オレが高品質の収納袋を持っていると思われたら面倒事を呼びすぎるらしい。なので収納袋を持っている、という役目はタクトが担うことになっている。

「なんなんだよお前ら! 救世主じゃねえか! 」

大口を開けて笑った冒険者さんが、オレたちをまとめて締め上げた。絶対に、これはハグじゃない! じたばたと暴れるオレたちに、周囲の緊張も緩んだようだった。


「ふふ、私たちは幸運でしたね。さあ、皆さん落ち着いたらそれぞれ怪我の状況も確認して下さいね。回復薬にも限りがありますので――」

「あ、オレ回復できるよ」

ちゃんと回復術師でも登録しているもの。そっか、まずはみんなに回復を施すことから始めた方がいいかもしれない。

「みんな、並んで! 回復しよっか」

にこっと笑ったオレに、周囲の人が狐につままれたような顔をした。



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2月22日(月)にもふしらコミカライズ版3巻が発売されますよ!!

Twitterで片岡先生のカウントダウンイラストが見られます!

楽しみ~~~!!!


そして近況報告にも書きましたが現在大阪でプチマンドラ部隊が展示会に参加してます!

ぜひ感染対策に配慮の上ご覧いただけたらいいなと思います。



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