第459話 バカンスは避難所で
「――本当に、治った」
じっと自分の腕を見て、最後の負傷者だった職人さんが呟いた。
「大丈夫、ギルドでお仕事もしてるんだよ。ちゃんと回復術師だから」
あからさまに信じられない、と顔に出されて苦笑する。ハイカリクではギルド内での回復屋さんをすることもあって、オレのことは配達屋さんと回復屋さんだと思っている人が多いんじゃないかな。
だけど、王都のギルドでは回復の依頼を受けていなかったもんね。
「あっすまない、そういうわけでは……だって、その犬。君は召喚術師だって言ったじゃないか。役に立つレベルで水魔法も使えるんだろう」
召喚術師と、多少の魔法の心得。そのくらいなら、できる人も割と居る。だけど、実戦レベルで複数の役割がこなせるのは、王都でも珍しいみたいだ。
「オレだけじゃないよ。きっと他の人もできるよ」
「そうなのか……? 冒険者ってのは秘匿情報が多いからなあ」
そうだね。オレもまだまだ秘匿している。何を隠して何を明かすのか、とても、とても難しいところだ。だけど、以前にカロルス様たちが言ったから。――隠すか明かすか迷うことが、いざという時の判断を鈍らせるって。だから、必要だと思うことはする。わざわざバラす必要もないけれど、バレてもいい、だ。
冒険者を見直してくれたらしい職人さんににこっとした所で、ぐっと体が引かれた。
「……お前ね、嘘教えるんじゃねえよ。応えられねえ期待が痛えよ」
耳元で苦笑交じりに囁かれ、心外だなとグラドさんを見上げた。だってタクトもラキもできるもの、多分みんなできるんだよ。
だけど、何を言うよりも先に、大きな右手ががっしりとオレの頬を掴んでもにもにと揉んでいた。
「さて、回復は終わったか? あっちで集まるぞ」
オレは振りほどけない手に不満たらたらの顔で、こくりと頷いた。
今のところ冒険者からグラドさん、職人さんからクレイドさんがそれぞれ代表の形でリーダーシップをとってくれている。共に最初に視察に行っていた、割と年配の2人だ。
坑道の依頼を受ける冒険者は、血気盛んな若者よりも、落ち着いたナイスミドルが多いそうだ。ちなみにナイスミドルって言い張ったのはオレじゃなくてグラドさん本人だけど。
「……なんでテーブルがあるんだ」
集合していた場所へ戻ると、そこは少々様変わりしていた。
「あった方が便利でしょ~? 僕、加工師だから得意だよ~」
小さな油皿で小さな火が揺れている。隣にいる人の表情が見えるか見えないか。そんな薄暗い穴蔵の中、大きなテーブルセットがでんと据えられ、ちょっとした調理台のようなものもできていた。ラキがにっこりと微笑んで水差しを傾け、人数分のコップに飲み物を注いでいる。
「すげえ、加工師ってすげえ! 職人ってのはこんなに色んなことができるのか!」
冒険者たちの輝く瞳に、職人さんたちがぶんぶんと高速で首を振った。
「僕は加工師だから~。職人さんによってできることが違うからね~。それぞれ色々なことができると思うよ~」
ラキが付け加えると、冒険者さんたちの眼差しに尊敬が灯り、当の職人さんたちはスッと視線を逸らした。きっとこの中に加工師さんがいても、もう名乗り出てはくれないだろう。
割と大盤振る舞いのラキに、ちょっと首を傾げた。成長と共に増えたとは言え、魔力には限りがある。慎重派のラキにしては珍しい行動だ。
「こんな閉鎖空間で集団行動でしょ~? 舐められるわけにはいかないよ~」
不思議そうな顔をしていたのが分かったらしい。ラキがこそっと耳打ちした。ふんわりととした微笑みに感じるのは、不釣り合いな凄み。さすがはオレたちのリーダーだとおののいた。
「さ、さて。当初思ったよりもずっと快適な環境が出来上がったわけですが……。ここを拠点として今ここに居る全員でまとまって行動する方針で問題はないでしょうか」
ごほん、と咳払いしたクレイドさんが切り出した。冒険者はともかく、職人さんたちは身を守るのが難しい。そのために冒険者に依頼を出しているわけだけど、その契約は基本的に当日に設定してあるだろう。言ってみれば、今後もわざわざ職人さんたちを守る義務はない。
「俺はいいぜ、ここで放り出したとありゃあ今後の信用がた落ちだからな! 救出されるっつう前提なんだ、当然守ってやるぜ! チビ共もいるしな」
グラドさんが大声で宣言し、思案していた周囲の冒険者も慌てて同意した。オレたちも特に異論はない。離れていると他の人が気になっちゃうし。
「ありがとうございます。無事に帰還した暁には、ギルドから正当な評価があるでしょう。では、簡単に自己紹介から――」
避難所に集まったのはオレたちを含め17人。職人さん5人と冒険者12人だ。ごく簡単に名前と職業なんかを公表していく中、視界の端でクレイドさんが微かに微笑んで会釈すると、グラドさんがにっと笑った。
「――ありがとうございます。少々人数が多いですね」
「だな。行動する班を分けるかぁ! 冒険者はパーティ単位だからな……」
結局8人と9人の2班に分かれた。戦闘能力のない職人さんを同じように配分しないといけないはずだけど、オレたちの班は職人さん2、冒険者7になっている。
『あらら、ちびっ子は戦闘員に入ってないみたいね』
モモが面白そうにまふっと揺れた。
「なあ、俺ら普通に戦えるんだけど。割と強いぜ」
気付いたタクトがむっと唇を尖らせてグラドさんを見上げた。オレたちはグラド班、向こうはクレイド班だ。
「んーまあ、そう言うなって! お前たちだけでここまで来てんだから、ある程度できるんだろうさ。だからってなあ、子どもには頼れねえだろよ。ほら、むくれてねえで飯でも食うぞ!」
飯、の一言にタクトの意識は全部持って行かれたようだ。こっちへ飛んで来たその瞳には、もう不機嫌のカケラも見当たらない。
「なあ、今日は何するんだ? 今日狩った魔物たちも食えるんだろ? また全員分作るのか?」
「うん、せっかくだし作ろっか。坑道は広いし風穴は大丈夫って言ってたもんね。あの魔物が食べられるなら食糧の心配がなくなって安心するだろうし、それで何か作ってみようかな」
ふと目をやると、クレイド班は早くも火を起こしていた。それならオレたちも火を使って調理して問題ないだろう。
収納に入っているアナグラネズミを思い浮かべ、今日の献立を組み立てる。十分な食材は収納に入っているけど、それをあまり出すのも良くないだろう。ただでさえパン類をたくさん持ち込んでいると伝えているし、収納袋の容量が普通でないとバレてしまう。
よし、と調理台に向かうと、解体したアナグラネズミのお肉を細かく叩いた。結構豪快に分断されていたりするので、ミンチにするんだ。ケイブバットは食べる部分がほとんどなかったので、スープのだしになってもらおう。
コウモリなんて食べたことないけど、解体してお肉になってしまえば、案外どれも食べられそうな気がする。念のため味見してみたけれど、割と普通の肉っぽい味だ。ちなみに、ロックスパイダーへの挑戦は却下されてしまった。
今回は節約生活を印象づけるために、メインは1人ひとつで分配しよう。その代わりコウモリだしと保存食のスープはたくさん用意しなきゃ。
何人だったかとしっかり人数を数えてから、小判型に成形したつくねをフライパンへ滑り込ませた。ジュワッと小気味よい音を聞きながらしばし、こんがりと焦げ目がついたところでひっくり返す。ぺたんとしたお肉が徐々にふっくらと盛り上がり、艶めきだしたら甘辛く照り焼きにする。派手な音と共にとろみを増すたれに、香ばしい香りが鼻腔を満たし、こくりと喉が鳴った。
今日はつくねの照り焼きだ。ちょっぴりお肉が足りなかったので、こそげ取ったコウモリ肉も混ぜてある。
「できたよ~!」
2つの班に分けるべく、たくさんのつくね照り焼きを大皿に盛り、くるりと振り返った。
何気なく顔を上げ、思わずビクッと肩を震わせる。ふんわりと上がった湯気の向こうから、全員のぎらついた視線が注がれていた。
「うめえっ! あちっ! うめえ!!」
「これは休暇なのか?! 避難じゃないよな、むしろ褒美じゃないのか?!」
いただきますも何もあったもんじゃない。皿へよそった瞬間から食いつく様子にクスクス笑った。おいしい食事は気持ちを支える。節約はするけど、なるべく美味しいものを作るからね。
お手伝いを買って出た職人さんたちと共に、せっせとお料理を配った。スープはお代わり自由なのでセルフサービスだ。
「……あれ?」
最後のつくねを皿に入れようとして、きょろきょろと視線を彷徨わせる。つくねを乗せるべきお皿がもうない。
「お皿、人数分あったっけ?」
……なんで余ったの?
見回してみても、皆ちゃんとがっついている。
「あったぞ! 17人だろ? なんだ、余ったのは1個なのか? 俺が食う!」
「うーん17だっけ? ダメだよ、みんな同じ数にしなきゃね。お腹空くならスープの方にしてね」
数え違ったらしい。タクトと同じく、方々から虎視眈々とつくねを狙う視線に気付かないふりをして、オレはさっさと収納袋へと入れた。
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本日!2/22がコミカライズ版3巻発売日ですよ-!!
ちなみにコミカライズのWeb版更新も近々のはず!!
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