第443話 カウガウ

「なんだか段々広くなってるみたい。1階はこんなに広くなかったよね」

「そうだね~ダンジョンは階層を超えるにつれて巨大になるみたいだからね~」

「広いし魔物も多いし、シロも一緒に走ろうぜ!」

確かに! 1階層はあくまで広めの建物っぽかったけれど、3階層まで来ると縦にも横にもスペースが広くなってきた。シロが走るに十分な広さだろう。魔物もたくさん倒さなきゃいけないし、シロの力も借りよう。

『ぼく、この中おさんぽしてきてもいいの? おいしいお肉があったら持って帰ってくるね!』

「他の階に行っちゃダメだよ、あと冒険者さんが他にもいるかも知れないから気をつけて!」

『うん! 大丈夫!』


大喜びで走り去ったシロを見送ると、頬にふわりと柔らかな感触がした。

純白の中で煌めく群青の瞳。オレを見つめるのは、ほわほわ綿毛のような尻尾をもった、いかにも愛らしい生き物だ。愛おしげにオレの鼻先に小さな頭をこすりつけると、大きな耳がぱたぱたと当たった。

存分にスリスリすると、少し離れて首を傾げる。無垢と清廉を合わせたような穢れない瞳がじっとオレを見上げ、何か言いたげに前肢をそわそわとさせた。

ちんまりしたお口がほんの少し開くと、濡れた桃色の隙間から「きゅっ?」と小さな声が漏れる。


――せんめつするの?


「………」

こんなにかわいいのに……。

あくまできららかな穢れなき瞳に見つめられ、ほろりと涙が浮かびそうだ。

ラピスはラピスでいいのだけど……こうも内と外にギャップがなくてもいいんじゃないだろうか。例えばもっとマッチョな見た目だったらどうかな。

フンスとやる気をみなぎらせ、鬼軍曹は元気に尻尾を振った。


――ダンジョン内掃討作戦を決行するの! みのほのを知らない雑魚は目に……モモを見せてやるの?

うろ覚えだったんだね……。ちょっと自信なさげに垂れた耳と、小首を傾げた仕草がかわいい。

いやいや、ひとまず現実逃避している場合じゃない。

「ら、ラピス! 大丈夫、大丈夫だから! ダンジョンが崩れちゃったら困るからね!」

――ダンジョンはそうそう崩れるものじゃないの!

「で、でも他の人もいるかもしれないし! ラピスたちの攻撃は広範囲で強力だから!! ほら、オレたちも経験積まないといけないしね!」

『強力』という台詞に気をよくしたラピスが、うふっと口角を上げてもじもじとした。

――そういうことなら仕方ないの。ユータたちも精進が必要なの、仕方ないの。


すっかりご機嫌になってオレの肩へ降り立つと、ラピスは全身ですり寄った。柔らかく温かな小さな体と、ふかふかの尻尾が首元をくすぐる。小さな鼻先や顎がぐりぐりと触れるのを感じた。

「うん、ありがとう。ここの魔物は低ランクだから、ラピスが活躍しなくても大丈夫。頑張るね」

肩をすくめるようにオレからもすり寄ると、頬に挟まれたラピスがきゃきゃと笑った。もにもにと頬を押し返す小さな肉球が心地良い。


『ゆーた見て見てー! おいしいお肉ー!』

前を駆けて行ったばかりのシロが、なぜか背後から戻って来た。もうあちこち回ってきたんだろうか。満面の笑みで咥えているのは、ずんぐりとした四つ足の生き物だ。

『あのね! ここに入ってから一番美味しそうな匂いだったよ!』

シロはきらきらした顔で、土煙が舞いそうなほど尻尾を振っている。シロの鼻は確かだもの、少なくとも食べられることに間違いないだろう。

「あ! カウガウだ~! それ、きっとユータが欲しがるだろうなって思ったんだ~」

シロが獲ってきた獲物を見て、ラキがくすっとオレに視線をやった。

「ブルの肉に似た味なんだって~! 階層下りるほど増えるから、きっとこれからたくさん出てくるよ~!」

「そうなんだ! ブルのお肉って結構お値段するから、しっかり確保したいね!!」

キラリとオレの目が光った。ブルと言えば牛肉だ。ポルクよりも高いからあまりたくさん買えないんだよ! この辺りにはあんまり野生のブルはいないみたいだし。

シロが獲ってきたカウガウの体長は1mほど、表皮は厚くて硬そうだ。頭から背中にかけ、しっかりと魔物らしい角も生えているし、可食部は意外と少なそう。それならたくさん獲っておかなきゃ。

「分かった、この魔物を探せばいいんだな!! 肉だ! 今日は肉を食うぞ-!」

「「「おおー!!」」」

食べ盛りのオレたちは、お肉に飢えている!! なんて、オレにとっては普段からお肉が多すぎるくらいだけど、タクトとラキは毎日3食お肉でいい人種だ。……だからぐんぐん大きくなるんだろうか。



「ただいまー!」

野営地に戻ってくると、少年たちは既にテントや火起こしも済ませて寛いでいた。休憩所に使われるだけあって、行き止まりになった通路は入り口が狭く奥が広い。たくさんの魔物が一気にやってくることはなさそうだ。

「おかえ――うわっ?! なんだそのデカイ犬!!」

「あ、この子はシロって言うの。オレの召喚獣だから大丈夫だよ」

「え? お前魔法使いじゃ……?」

シロは必殺ハッピースマイルを全開にすると、ごろんと寝転がった。

『ぼく、怖くないよ! 犬だよ! よろしくね?』

「か、かわいい……でっかいけど。でもかわいい」

ふらふらと引き寄せられるように歩み寄った少年少女が、シロの極上毛皮で陥落されている。サラツヤで滑らかな毛並みは、一度触れたらやみつき間違いなしだ。


シロが問題なく受け入れられたところで、オレたちも作業に入らなきゃ。

「肉食おうぜ!」

「それにはまず僕たちも野営の準備しなきゃ~」

「じゃあいつもの分担でいい?」

野営の作業も慣れたものだ。外で夜を明かした数は少ないけれど、テントを張る以外のことは休憩の時だってやってるからね。

タクトがテントを張って、ラキが時々タクトを手伝いつつ火の周りを準備する。オレはもちろんお料理係だ。今回はお肉が豊富にあるし、食べ盛りの少年少女しかいない。なら、あれこれするより手早くお肉どーん! だね。お野菜はスープとサラダで取ってもらおう。

3階層で確保できたカウガウは結局4匹。結構頑張って探したんだけど、やっぱりまだ少ないみたいだ。だけどこの人数で食べるには十分な量だろう。


下処理をすませたカウガウを切り分けると、さっそく焼いて味見してみる。味は牛肉だね! でも、ブルの肉よりも地球にいた頃の牛肉に近いというか……つまりはスーパーで買った特売のお肉みたいだ。

「んーブルより少し固めかな? でも十分美味しい!」

あまり分厚いステーキにしたら硬さが気になりそうなので、しっかりスジを切って厚みは控えめ、片栗粉代わりにアガーラの粉をまぶせばOKだ。あとはソースを濃い味にすれば、子どもの舌など十分誤魔化せる!

「スープOKだよ~」

「ごはんとサラダもOKだぜ!」

「こっちも……よし、これであと焼けばOKだよ!」

料理を始めたオレたちに、呆気にとられた様子だった少年たちは、今や漂う香りに夢見るような表情をしている。

「さあ、みんなできたよー!」

えっ、と呆けた一同が、シートに並べられたたくさんの皿に困惑した。

「……お前ら、こんなに食うのか?」

期待を込めたたくさんの瞳が、じっとオレたちを見つめる。

オレたちは顔を見合わせて、くすっと笑った。

「そんなわけないよ! どうぞ!」

「全部食ってもいいけどな! 一緒に食おうぜ!」

「たくさん獲ったからね~! さあ、座って~」

わっと群がった少年たちの瞳は、今までで一番輝いていた。


「美味い! 高級肉もいいけど、俺はこういうのも好きだぜ!」

タクトは既に2枚目のステーキを平らげにかかっている。てらてらと唇も頬も脂で光らせながら、やたら大きく切り分けた肉に食いつき、ぐいっと噛みちぎった。まるで野生動物の捕食シーンみたい。ぼたぼたと滴るソースを気にも留めずにご飯をかっ込むと、ニッと笑った。抱えた白いご飯が既に茶色く染まり、それだけ食べても美味しそうだ。

そうだね、チープなものはチープな物なりの良さがある。噛みしめる硬さも、お肉の味を吹き飛ばしそうな濃いたれの味も、これはこれで美味しい! オレはタクトの真似をしてお肉に食いつくと、お行儀なんて気にせず頭を振って犬のように噛みちぎった。飛び散ったソースも、手に垂れた脂も、ひとつの調味料なのかもしれない。

「僕、こっちお代わり~!」

ずいっと差し出されたどんぶりに、俺も私もと次々空のどんぶりが追加された。固めのお肉が苦手な子もいるだろうと、薄切りのお肉を使って牛丼も用意してみたんだ。こっちも好評のようで良かった! ちなみにタクトは白飯と牛丼両方食べている。

俺はそんなに食べられそうにないので、ほんの味見程度盛り付けた。箸で崩れるほどに甘く煮込んだ玉ねぎと、たっぷりのお肉。ステーキと食感の差を楽しもうと、透けるほどに薄切りにしたお肉が柔らかい。ご飯をかっ込むのに全く邪魔をしないフリルのようなお肉は、見事に白飯と混ざり込んで口腔を賑わせた。子ども向けに甘めに味付けたつゆは、お肉のがつんと感を和らげてさらに食を進めさせる。


「なんか……いくらでも食っちまいそうだ! 俺、普段こんなに何杯も飯を食わねえのに!」

「これカウガウなんだよね! 私もっと頑張ろうかな……また食べたいもの!」

「俺達じゃカウガウ結構キツかったけど、そんなこと言ってられねえな!!」

どうやら少年少女たちの向上心にも火が着いたようだ。美味しいご飯は人をやる気にさせるよね!

『そうじゃないと思うわ……』

『これはただの食い意地だって』

モモとチュー助は、達観したような顔で牛丼を頬ばった。

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