第439話 冒険前夜

『わあ、すごいね! ラキってすごいね!』

シロがぴょんぴょんと弾む足取りで駆け回っている。ラキは居心地悪そうにもじもじとした。

「本当に、試作の試作なんだから~! 作り方を確認したかっただけで……」

一生懸命言い訳しているけど、オレも十分にすごいと思う。だって、一人で作ってるんだもの。

それは天井のない、馬車よりは荷車みたいな造りだ。大きさは軽自動車くらいかな。

「面白いね、なんだかつるつるする。これなあに?」

見た目はシンプルだけど、街中で見かける木製や金属製の馬車じゃない。固いプラスチックのような質感が不思議だ。車体? をなで回していると、ラキがにっこり笑った。

「それはアリの甲殻をメインに使ってるよ~。ユータがいっぱいくれたから~」

ああ、アーミーアントの甲殻かな? 収納にたくさん入れてあったから使い放題だ。そう言えば最近請われてどっさりと渡した気がする。

継ぎ目のないそれが元々アリだったなんて信じられない。加工師の技術って不思議だ。

「へえ、じゃあ相当丈夫だよな! だってアーミーアントの甲殻って盾とか鎧にも使うよな!」

それを言うなら木だって使うけど、どうやら性能は甲殻の方が上になるらしい。いっぱいあるが故の贅沢な使い方なのかもしれない。


『ねえねえ! ぼく、引っ張りたい!』

はやく、はやく、とぐいぐい鼻先で押され、くすくすしながらシロにハーネスを取り付けた。シロの力を考慮してか、随分と頑丈そうだ。

『ぼく、冒険者みたい? カッコイイね!』

きっと冒険者が身につけている皮のハーネスやベルトのことを言ってるのかな。ピンと耳と尻尾を立て、胸を張ったシロは、そのまま美しいレリーフになれそうだ。

「カッコイイよ! とっても素敵だと思う」

ぱあっと笑ったシロは、風が巻き起こるほど尻尾を振った。


「おお、いいんじゃねえ! 速いな! ムゥちゃんいねえとダメだけど!」

「う~ん、やっぱり結構揺れるよね~。カン爺さんともう少し相談して――」

『楽しーい! ぼく、お馬さんみたいだね! もっと走ってもいい?』

オレたちは街の外でも比較的平坦な場所を選んで試乗中だ。段々と上がっていく速度にはしゃいではいるけれど、速度が上がれば上がるほど馬車は跳ね回った。オレの軽い身体もポップコーンみたいに跳ねて、弾き飛ばされそうだ。

「シロ、そろそろスピードを――」

ラキが声を掛けたとき、一際大きく馬車が跳ねた。

「わあっ」

「おわぁ!」

「わああ~?!」

ぽーんと放り出されたオレたちに気付くことなく、シロ車は走り去っていく。うん、車の方より引く者の方を調整した方がいいかもしれない。苦笑すると、くるっと回って危なげなく着地した。

「危ねえ馬車だな?!」

「うーん、こればっかりは加減してもらわないと~。いくら衝撃吸収装置を変えても、多分限度があるよ~」

ラキを小脇に抱えて、タクトもスタンと着地した。


『――あれっ?! どうして下りちゃったの?』

ややあって、気付いたらしいシロが遠くの方で急転回した。ぶうんと音をたてた荷車部分が、かわいそうなほど振り回されて横倒しになる。あそこに一般人が乗っていたら、ものすごい勢いで射出されたろうな。

「うん、ひっくり返っても壊れてないね~。このスピードでも車輪は大丈夫だし、まずまずだよ~」

ラキは車体のテストができて満足そうだ。でも、車体が頑丈でも乗ってる人がいなくなったら意味ないから……そこの所次回の課題にしてほしい。

「まあ、シロがスピードを出し過ぎなかったら大丈夫かな?」

『スピード出し過ぎだった? ぼく、ゆっくり走るね!』

倒れた車体を気にも留めずに引きずってきたシロは、満足そうにオレの顔を舐めた。シロにとってはもっと重い馬車の方が安定していいのかもしれないね。せめて、ひっくり返ったら気付く程度に……。


「よし、じゃああとは何だ? もう明日行けるよな?!」

ニッと笑ったタクトが、拳を手のひらに当てた。パシンと小気味よい音を聞きながら、オレもそわそわとする。ギルドに話も聞いたし、食糧と調味料、あとお薬の確認もした。道具やテントもばっちりのはずだ。

オレたちは黄色の街を歩きながら、もう買い忘れはないかと入念に確認する。

「あのね~相談なんだけど、そろそろ収納袋を買わない~?」

ラキはそう言いつつちょっと眉尻を下げた。

「高いから、王都で稼いだ分が結構なくなっちゃうんだけど~。でも、ダンジョンに行くこの機会に買っておくのも手かなって~」

「賛成賛成! ダンジョン行くなら必須だよな! その分ダンジョンで稼げるんだからいいんじゃねえ?」

「うん! それに、あのツノを売ったら結構いいお値段じゃない?」

先日のサイ魔物のツノ、あれはDランクの魔物だから、普段オレたちが討伐する魔物よりずっといいお値段のはずだ。

王都で稼がないと帰るための路銀が乏しくなっちゃうから、金銭問題は切実だ。できるだけカロルス様たちのお世話にはなりたくない。だけど、必要なものを惜しんでも仕方ない。

「「「『必要な物が買えるなら、買え』」」」

オレたちは満面の笑みで顔を見合わせた。冒険者の格言みたいなやつだ。買うことができるなら迷わず買えってことらしい。いくらお金を残しても命が残らなかったら意味がないもんね。冒険者って稼ぐこともできるけど、使う分も多い職業だとつくづく思う。


「収納袋、売ってて良かったね!」

「王都の魔道具店だもの、普通は売ってるよ~! サイズは大きくないけどやっぱり高いね~」

正直、ツノの買い取り金額がなかったら2つも買えなかった。収納袋の中では一般的なサイズだけど、パーティ資金が一掃されそうなお値段だ。

「すげえな、Dランクのツノって高く売れるんだな! 逃がしたヤツも狩れば良かったぜ」

タクトは収納袋よりもツノのお値段の方が気に掛かるようだ。

「タクトはソロでDランクの魔物だって倒してるでしょ? どうして知らないの?」

「だってオレ素材集めの討伐はあんまりしてねえもん。ここ斬っちゃいけねえとか気にするの面倒だし」

「ツノとか明らかに素材でしょ~? ダンジョンではそういうのくらい気をつけてね~?」

「まあ、余裕があったらな!」

不服そうなラキだけど、オレはそれでいいと思う。素材を気にして思わぬ怪我を負うことはとっても多いそう。タクトは野生の勘でそれに気付いてるのかもしれないね。逆に、ラキは素材のために命を賭けそうで恐い。



「ねえカロルス様、明日行くことしたんだよ!」

「そうか――。お前らならそう危険はないと思うが……気をつけろよ」

カロルス様はお行儀悪く机に足を乗せて、書類片手にうつらうつらしている。

寝間着姿のオレはひょいと飛び乗ると、向かい合う形で腹の上に座った。組まれた長い足がちょうどいい背もたれになって、なかなか居心地が良い。

もそもそとお尻を安定させると、教科書や図鑑を引っ張り出して後ろの机に並べた。さあ、寝る時間まで最後の予習をしよう。

「そう言えばギルドで罠はないって聞いたけど、本当?」

「あーどうだったか……ないっつうならないんじゃねえか? 低ランクが行けるダンジョンだからな。少なくともお前が行ったゼローニャほどのことはねえよ」

カロルス様は眠そうな顔でわしわしとオレの頭を撫でた。

ゼローニャほどだったら行けないよ……全ての罠を正面突破していったマリーさんを思い出して、ぶるりと身震いした。もしかしてタクトも成長したらあんな風にできるんだろうか。

ごく普通のダンジョンだって受付さんは言っていたけれど、そもそも普通すら知らないもの。そわそわと図鑑をめくるけれど、あんまり内容が頭に入ってこない。もう一度カロルス様に声を掛けようとして、だらりと垂れた腕にくすっと笑った。もう少しこのままオレの座椅子になってもらったら、ちゃんとお布団に連れて行ってあげよう。


――何かがするっと手から滑り落ちた気配に、ビクッとして目を覚ました。

「いってぇ?!」

同時にオレの座椅子もビクッと動いて転がり落ちそうになる。背もたれがぐっと縮まって、どすんと固い胸板に顔がぶつかった。

ごとんと床に落ちた図鑑に、カロルス様の腹に落下させた物に思い当たって申し訳なくなる。

「ご、ごめんなさい~! オレ、寝ちゃってた!」

さすさすと小さな手で腹を撫でる。これが人体かと思うような固い腹だ。これなら本の角が当たったって大丈夫そうだ。

「俺も寝てたからいいけどよ……俺の上で本を読むのは禁止だな。お前は大抵寝るだろ」

苦笑したカロルス様が体を起こした。

「だって、カロルス様といると眠くなるんだもの」

『それなら本を読むのに向いてないんじゃないかしら』

……確かに。モモの呆れ声に頷いた。ぬくぬくのお布団に入って勉強しようとするようなものだ。その成功率は限りなくゼロに近い。

「俺だってお前といると眠いぞ。お前がすぐに寝るからな。もう寝ろ、明日なんだろ?」

違うよ、今日はカロルス様の方が先に寝たんだから! 抱き上げられ、抗議するうちにあっという間にオレの部屋まで連れて行かれてしまった。もう少し、冒険前夜を楽しみたかったのに。


だけど、布団をかけられたものの、冒険に思いを馳せたらまた目がさえてきた。立ち去ろうとする背中に思わず声を掛ける。

「ねえ! ダンジョンでお料理してもいいよね? 火とか大丈夫なんだったよね! あと――」

「――寝ろっつうのに……」

振り返ったカロルス様が、体を起こしたオレを見て苦笑した。

「……俺がいると眠いか?」

再びベッドへ近づいたカロルス様が、フッと笑う。ぎしりと大きくベッドが沈んで体が傾いた。

「仕方ねえなぁ、お前を寝かさねえとな」

布団に潜り込んだカロルス様が、くああとあくびした。釣られてオレもふわあとやった。

「仕方ねえ仕方ねえ」

オレは片手ですくい上げられ、厚い胸の上にうつぶせになる。重い腕を乗せられると、条件反射のようにまぶたがとろりとしてきた。

すぐさま寝てしまうのが悔しくて頭を上げると、ブルーの瞳がにやっと笑った。

「眠いか? いいぞ、寝ろ」

大きな手のひらにぐいっと頭を抑えられ、硬い胸板にほっぺがつぶれた。

オレの倍ほどもある長い呼吸の音、ゆったりとした鼓動。全身で感じる音に、上下する体。穏やかな気配と体温、背中をとんとんする重い手。カロルス様から感じる全部が眠りを誘う。


――うん、やっぱりカロルス様が近くにいると眠いよ。

どう抗っても無駄な抵抗と、オレはふんわり笑みを浮かべて目を閉じた。

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