第427話 たくさんあっても足りないほどに

「もう討伐終わったの? オレはのんびりし……てはいない、かな?」

オレは額の汗を拭ってひりひりする両手をはたいた。どう見ても、これはのんびりとは言い難い。

「してねえな!」

さすがユータだと腹を抱えて笑われた。タクトの方は王都でも討伐にもだいぶ慣れたようで、馴染みのパーティもできたらしい。オレが舞いの練習をしている間に、随分差を付けられてしまった。

「で? のんびりしてねえユータは何がしてえの?」

少ししょんぼり肩を落とすと、タクトがオレを覗き込んでガシガシと頭を撫でた。


「のんびりはこれからするんだよ! あのね、簡単なお料理でも作ってラキに差し入れしようかと思って」

「え? 俺には?」

「タクトは討伐だったでしょ、持って行けないよ」

大仰に驚いたタクトが、来て正解じゃねえか、と呟いた。差し入れはできないけど、もちろんタクトの分も作るつもりだったよ?


「それで、この草を抜けばいいのか? この草食うの?」

「草じゃないよ! ほらよく見て!」

引っこ抜いたジャガイモもどきを持ち上げてみせると、ようやく気付いたようだ。

「畑じゃないから中々抜けなくって……手伝ってくれる?」

「おう、任せろ!」

タクトはニッと笑って両手にそれぞれジャガイモの茎を掴んだ。

ひょい、ひょい。そんな表現がぴったりくるほど呆気なく、いとも簡単に引っこ抜けたじゃがいもたちがゴロゴロと地表に姿を現わした。

「すげーな、この辺りの草って全部イモ? 全部抜いていいのか?」

「………うん」

まだ痛む手のひらにそっと回復魔法を施すと、複雑な思いでイモ収穫機と化したタクトを見つめた。

いいよ、オレだって得意なことはあるもの。


「よし、オレは調理担当! みんな、お芋だけここに入れてくれる?」

さ、こっちはオレの得意分野だもの、気合い入れて行くよ。ラピス部隊やシロも手伝って、収穫したイモだけを巨大な土の器へどんどんと放り込んでもらう。器というかもうお風呂みたいなサイズだ。そろそろタクトを止めないと数年分のジャガイモを取ってしまいそうだ。

「ラピス、これをきれいに洗ってくれる?」

「きゅ!」

ドドッと轟音をたてて、じゃがいもたちが滝壺に放り込まれたような水量で徹底洗浄されている。収穫直後のせいか皮も薄く、それだけで結構つるりときれいに皮が剥け、皮むきは必要なさそうだ。

「芽が出てるのがあったら取らなきゃいけないんだよ」

『スオー、ひとつも見逃さない』

おしりをぺたりとついたスオーが、ひよこの雌雄分け職人のごとく鋭い眼光でじゃがいもを選別している。真剣な瞳は職人そのものだ。

ちなみにどう見てもジャガイモなので、一応芽は取っているけれど、この世界のジャガイモに毒があるかどうかは知らない。


処理をすませたジャガイモたちは、マッシュするために巨大鍋に放り込んで粉ふきいもにするんだ。

「行くぜー! そーれ!」

『そーれ!』

タクトとシロが運んできた巨大器を傾けると、まるで工場で使うかのような量のジャガイモが、ごとごととお風呂サイズの鍋に放り込まれた。よし、ここからお芋をマッシュするまでの工程はラピス部隊に任せよう。


「これで終わり?」

「ひとまず終わり! のんびりの時間だよ」

オレはにっこり笑うと、両手足を伸ばして草原に横たわった。

「じゃ、俺も手伝うぜ」

手伝うって、のんびりを? となりに転がったタクトに視線を向けると、こちらを向いてニィッと大きく笑った。

「お前1人だと何かとしようとするだろ、のんびりできるように手伝ってやるよ」

オレは思わず苦笑した。だって、お芋が出来上がるまでに他のものを作ろうか、なんて考えていたもんだから。

ほらな、と言わんばかりの視線に気付かないふりをして、高い空を見上げた。


「寝てもいいぞ、寝かせてやろうか?」

ごろりとこちらに身体を向け、タクトはオレの胸元をとん、とん、とやった。なんだかタクトにそれをされるのは気恥ずかしいよ。

「タクトこそ! 討伐で疲れたでしょ? 寝ても良いよ! ところで、何を狩ってきたの?」

「このくらいで疲れねえよ! ウッドリザードってやつだ。尻尾が素材になるんだってよ。そうそう、ユータの収納に入れといてくれよ」

大きな尻尾は、そのウッドリザードがタクトくらいのサイズがあるんじゃないかと容易く想像できた。それって普通にオレたちのランクで狩る獲物なのかな?

「Eランクでも狩れるけど、パーティで1体だな! でもさ、いっぱいいたらいっぱい狩りたくなるよな?」

狩りたくなるとかそういう話ではないと思う。どうやら持って帰るのに邪魔だという理由でたくさん狩るのは断念したらしいけれど。それでもパーティ分とは別に、タクト1人で狩ったからここに尻尾があるんだろう。


「いいなぁ、オレもまた冒険行きたい!」

こうして話を聞いていると、ムクムクと気力が戻ってくるようだ。今からでも依頼を受けに行きたい気分になってきた。

タクトはエネルギーに溢れていて、側に居るとオレにまでどんどんと補充されていくような気がする。

「行こうぜ! 引きこもってるラキも引っ張り出してさ!」

お日様みたいな笑顔をたっぷり浴びて、オレの光合成はばっちりのようだ。突き出された固い拳に、オレも小さな拳をこつんと当て、満面の笑みを浮かべた。


――ユータ、今マッチョしてるところなの!

タクトと他愛もないおしゃべりに夢中になっているうちに、ラピスからお知らせが入った。オレの脳裏で筋骨隆々な管狐部隊が一斉に白い歯を光らせる。

……違う、ラピス、惜しいけど全然違う。


幻影を追い払って様子を見に行くと、既に大変がきれいにマッシュされている状態だ。よし、あとは丸めて揚げるだけ! 

「これ結構楽しいな」

「そうでしょ、これならのんびり、って言える?」

「それはどうなんだ……」

軽く味付けしたポテトを一口大取ると、各々中に色んな種類のチーズを入れてまあるく丸めた。今回作ってるのはチーズボールだよ! 王都はチーズの種類が豊富だから、こういうのも楽しいよね。


『見て見て主ー! モモ!』

雪だるま方式で巨大なチーズボールを作ったチュー助が、得意げに手を振った。

『それは私じゃないわよ、私はもっと愛らしいでしょ? これじゃただのスライムよ!』

どうやらモモの美意識にはウケなかったようだ。でも、オレだってスライムの違いなんて分からないかも。


『いい匂い~! ぼく、これ好き!』

少し味付けを変えたり揚げ方を変えたり、ちょっとしたバリエーションをつけながら、ころころと小さなチーズボールは次々ときつね色に揚がっていく。まだ食べていないけど、シロの好き認定が下りたようだ。


「はい、タクト。熱いよ?」

「はふぁっち! ふぁっち!」

熱いって言ったのに。ふうふうするオレの箸から奪い取るように食いついたタクトが、涙目でバタバタした。

「あっついけど、美味い! いっぱいあるからいっぱい食ってもいいよな?!」

タクトは差し出した生命魔法のお水を一息にあおると、そう言ってにんまり笑った。

「差し入れするんだからね?」

まあ、さすがにいくら大食いでもこんなに食べるのは無理だ。せっせとつまみ食いするタクトを横目に、オレの方もせっせとバスケットに差し入れ分を取り分けた。


紙を敷いた大きな大きなバスケットに、丸いチーズボールがこんもりと盛られ、濃厚なチーズの香りが香ばしく漂った。たまらなくなって、オレもひょいと一口。

「わ、美味しい!」

カリッと揚がった外側と、とろりと溢れるチーズ。塩気の少ないチーズを入れたものには、外側へ塩を振ったのだけど、それがまた美味しい! 

こっちはどんな味? こっちはどうだっけ? そんなことを繰り返すうちに、すっかりお腹はお芋とチーズでいっぱいだ。お昼ご飯、いらなくなっちゃったね……。


「これはきっとみんな喜ぶね!」

「おう、絶対だ! でもそれ全部やっちゃうのか? なあ、また作ってくれよ?」

だって、カロルス様たちやエルベル様、それにミックやミーナたち、あとシャラにも持っていかなきゃ。

そうそう、食いしん坊の黒い人にも忘れずに。

たくさん余るだろうと思ったけれど、むしろ足りるだろうかと不安がよぎった。

「いっぱい作ったけど、いっぱい渡す人がいるね!」

オレはバスケットを抱きしめて、顔いっぱいで笑った。



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1月発売予定の6巻、全ページ何かしら改稿してますので、どうぞ楽しんでいただけますように!書き下ろし外伝もたっぷり書きますよ!

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