第405話 スパイシー

「じゃあ、お昼遅くなっちゃうけど羊肉バーベキューかな? さて、これを……ねえこれ、どうしたらいいの?!」

ほどなくして戻ってきたシロの分と合わせ、3体の岩……もといビッグシープがオレの前に置かれている。ちょうどよい日陰を作ってくれるビッグシープを見上げ、途方に暮れた。

「まずは毛を刈らなきゃね~……でも、どこから刈ればいいんだろね~」

ひとまず、1体を残して収納に入れると、まじまじと目の前の塊を見つめた。多分、横たわってるはずなんだけど、もはや足がどこにあるのかもよくわからない。

「なんか、あんまり美味そうじゃねえよな……」

ぷうんと漂う獣と土の臭いに、あまり食欲はそそられない。

「よし、一旦洗って考えよう!」

お水をたっぷり使い、マイクロバブルの洗浄魔法をかけると、面白いように汚れが落ちていく。

「へえ~本当は白かったんだね~」

「お、これなら刈れそうじゃねえ?」

たっぷりと水を吸った羊毛は、ぺたんと潰れ、なんとなく羊っぽいシルエットが浮かび上がっている。足や頭はしっかり分かるようになったし、これならいけそうだ。


「ふう……案外小さいんだね」

大雑把に毛刈りを終えたビッグシープは随分縮んで、馬くらいだろうか。山のように積まれた羊毛は、土や汚れもたっぷりだったし、ずいぶん重かっただろうな。

この大きさだとオレ一人で解体は難しい。力のあるタクトに頼みながら、全員で手分けして頑張るんだ。

「あー腹減ったぁ」

「オレ、この状態であんまりおなかすかない……」

ラキとタクトは不思議そうな顔をするけれど、まだダメだなぁ。解体も、鼻をつく血液や組織の臭いにも慣れてきたけど、この光景はやっぱり凄惨だと感じるよ。

むしろ減退した食欲に、そっとため息をついて汗と血のりをぬぐった。


「うおーっ肉食うぞ! とにかく肉! それから肉だ!」

ひと通り切り分けて収納したところで、タクトが我慢の限界に達した。これはもう悠長に料理なんてしている場合じゃない。とりあえずバーベキュー……羊だからジンギスカン風? とにかく何か腹に入れないとオレまで食われかねないよ。

美味しいって書いてあったけど、日本では羊はクセがあるって言うし普通に焼いて食べられるだろうか。生肉の段階での匂いなんてオレには分からない。ひとまずジンギスカンみたいに薄切りにしてみる。


「とりあえず肉! もういいだろ? 持っていくぜ!」

そんな、とりあえず生! みたいなノリで……。タクトは切ったばかりのお肉の皿をいそいそと持って行った。

「ユータ、焼いちゃうよ~?」

「うん! オレ、今はまだいいから先に食べといて!」

たれはいつものバーベキュー用ジフ特製たれに、お味噌をブレンドしてみた。結構ワイルドなお肉も食べる人たちだから、たれの味でごまかさなくても大丈夫かもしれないけどね。

『おいしい! おいしいよ! ゆーたは食べないの?』

味見をすませたシロはしっぽをふりふり戻ってくると、訝し気にオレの手元をのぞき込んだ。

『わ、なんかすごい匂いがする……!』

「そう、セデス兄さんとお出かけしたときにたくさんスパイス買っておいたんだ! 羊肉はスパイスが合うらしいから」

にっこり笑うと、ひと口大に切った羊肉にせっせともみ込み作業を続けた。手元からエキゾチックな香りが立ち上り、すっかりそっぽを向いていたオレの食欲が興味を示しだしたようだ。

『スオー、この匂い好き――クシッ! プシッ! プシュッ!』

鼻を近づけた蘇芳が立て続けにくしゃみをした。直接嗅いだら刺激が強かったりするよね。スパイスのブレンド具合は適当だけど、変なものは入れてないから、まずくはないだろう。


「ふう、こんなもんかな」

『やっぱり俺様、こっちが食べたい!』

ちゃっかりタクトの肩でお肉をもらっていたチュー助が、いつの間にかオレの肩に戻ってきていた。

にわかにぐう、と鳴り出したおなかにくすっと笑い、オレも出来上がった串を持って駆けだした。

「お、ユータ食えそうか? それなんだ? 新しい肉?」

「何作ってたの~?」

とりあえず肉、を終えて余裕ができたらしい二人は、かたまり肉のカットに精を出していた。大皿にいっぱいあるけど…まだ食べるんだろうか。

「いっぱい切ったから、ユータもたくさん食べよう~!」

「よし、食うぞー!」

オレがやってきたのを見て、今切ったばかりの肉がせっせと焼き台に並べられる。ジュワッといい音が響き、なるほど、牛でも豚でも鳥でもない香りが漂った。だけど、成体のわりに臭みは強くないようだ。

「それ食いてえ! ユータが作ったんだろ? 絶対美味いやつ!」

「僕も~! 絶対おいしいよ~!」

輝く2対の瞳に、少しはにかんで笑った。

「スパイスが効いてるから、ちょっと好みはあるかもしれないけど、どうぞー!」

焼き台に並べると、一気に香りが広がって、思わずお腹を押さえた。これはすきっ腹に効く~! スパイスは食欲が増すって本当だね!


「いただきまーす」

焼きあがった熱々の串、オレサイズの小さな串焼き羊肉を取ると、はふっとくわえ込んだ。

「あふぅっ! あふ……おいしい~!」

「うまーい! やっぱユータの飯がいいな!」

「ホント、食べたことない味だけど、ちゃんとおいしいよ~!」

たっぷりとスパイスの乗った表面のカリリとした食感と、むしっと噛み応えのあるお肉。気にしていたほどの臭みは感じず、牛よりは豚と鳥が混ざったような味かな? しっかりと弾力はあるけれど繊維の残らない心地よい歯ざわりに、ガツンとパンチの効いたスパイスの香り。このスパイスのおかげで、焼いた肉が一気にお料理に大変身だ。羊肉、おいしい! ビッグシープって本当においしいんだね!


「あはは、ユータすごい顔になってるぜ!」

どうやら串にかぶりついていたせいで、口とほっぺを結ぶ横一文字のラインができていたようだ。

『もったいないよ~』

シロが大きな舌でべろんべろんと汚れを舐めとった。汚れは取れたかもしれないけど、シロのよだれがたっぷりついた気がする。

――羊さんも美味しいの! ラピスだったら、羊さん1匹でずーっと暮らせるの!

『そうねえ……何年分になるかしらねぇ。私だったらあんまり持たないわね~』

残りもの処理係をしているモモが、満足そうに揺れた。スライムは体の体積よりたくさん食べるみたいだけど、一体それらはどこに行って何に使われているんだろうね。

カロルス様だって、絶対胃袋よりたくさんの量食べている気がするんだけどなぁ。オレには規格外だの常識を知れだの言うけど、カロルス様たちよりオレの方がずっと『普通』だ。

あくまで常識の範囲内でしか食べられないオレは、既に満足しつつあるお腹をさすって苦笑した。



「あ! ユータいたぁ! もう、どこ行ってたの!」

街に戻ってくるなりミーナにつかまった。今日は少しよそ行きの服を着て、おしゃれしているように見える。

「依頼に行ってたんだよ! どうしたの?」

ミーナは首をかしげるオレの腕を掴み、問答無用とばかりにずんずん歩き出した。

「さあ、時間なくなっちゃう! 行くわよ! お二人さん、ユータを貸してね!」

ちょっと呆れた顔で手を振る二人にばいばいをして、押し込まれるように巡回馬車に乗り込んだ。

「ねえ、どこ行くの? どうしてオレを連れてくの?」

ミーナはうふふっといたずらっぽい顔をすると、こそこそと耳打ちした。

「えっ!? お城? お、オレ普段着だよ?! 勝手に行ったら怒られるよ!」

「大丈夫、大丈夫、お城って言ってもお兄ちゃんのところだけだから! お洗濯を届けに行くのよ」

どうやらミーナたちあの館の子は、兵士さんの洗濯係もやっているらしい。もちろんお給金が出るので、れっきとしたお仕事だ。

「この間お兄ちゃんに会ったんでしょ? 今日のこの時間はね、お兄ちゃんちょっと時間あるんだ! だから一緒に行ってビックリさせようよ!」

ミーナは口元を抑えて笑いをこらえると、バタバタと足をばたつかせた。そんな仕草はまだまだ子どもっぽくてかわいらしい。ふんわり微笑むと、ミーナがさっとオレを抱え上げた。

「狭いから、こっちおいでよ! ほかの人も乗ってくると思うから」

「ええっ……?! お、オレそれなら立ってる……」

「ダメよ、危ないでしょ?」

もぞもぞと身じろぎしたけれど、オレの座っていた席がほかの人で埋まってしまった。まさか、ミーナのお膝なんて……そりゃあ、ミーナはお世話に慣れているのかもしれないけど。

「ユータいい匂いね! なあにこれ? おいしそうよ?」

「スパイシーな香りでしょ? お外でお肉焼いてたから」

オレもしっかりとスパイシーな煙でいぶされ、まるで山猫軒みたいだね。今ならお塩を振っただけでおいしくいただけるかもよ?

背後からぎゅうっと抱きしめてフンフンとやられ、思わず苦笑した。がぶっとやらないでよ? 後でミーナにも分けてあげるね!


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