第404話 幻術?

「くそー、ビッグシープの依頼があったのに! もうちょっとで取れたのに!」

タクトがベッドを叩いて悔しがっている。

「ふ~ん? どうしてビッグシープが良かったの~? 別にウォルバートでもいいじゃない~」

ビッグシープは巨大な羊みたいな魔物で、オレたちのランクで受けられる討伐依頼の中で人気が高いらしい。ウォルバートはホーンマウスを一回り大きくして、角を小さくしたような魔物だ。

「ウォルバートは小さいしランクが下でも受けられるじゃねえか! 安いし! ビッグシープはでっかいんだぜ? しかも高値だし!」

タクトは力が有り余ってるんだね……。でも、ウォルバートは素材が毛皮だけでお肉はあんまり食用に向かないらしい。それならオレもビッグシープの方がいいな。

「それにさ、何匹か見付けられたら……またユータが美味いもん作ってくれるだろ?」

タクトがニッと笑ってオレを見た。なんだ、それも目当てだったんだね。

「うん、それなら僕もそっちがいいな~!」

「オレも食べてみたいな! でも、依頼取れなかったんだもんね」

すっかりビッグシープへ思いを馳せていたせいで、ガッカリと肩を落とした。

「ねえ、それなら依頼受けなくてもいいんじゃない~?」

「「えっ?」」

オレとタクトがきょとんとラキを見つめた。

「だって、ビッグシープの依頼受けなくても大体買い取りはしてもらえる素材でしょ~? 僕たちもうEランクなんだから、狩りに行けばいいじゃない~」

「「……あ!」」

そ、そっか! 依頼を受けなきゃとばっかり思ってた。依頼料は入らないけど、自由に狩りに行けばよかったんだ……。オレたちはがしっと手をとって頷き合った。


「俺ら、無理して依頼受けることなかったじゃん……そこまで金に困ってるわけじゃねえしさ、普通に討伐して買い取ってもらえばいいのか……俺そうやって稼げばよかったー!!」

シロの背で揺られながら、タクトがガシガシと頭をかいた。

「そうだね~。ただ、そうするとランクアップのポイントにはならないけどね~!」

「えっ? そうなんだ! じゃあタクトは余計なことしちゃだめだね!」

せっかくポイント稼げる機会があるのに、ある意味タダ働きみたいなものだ。

「く、くそぉ~! せっかくいい方法があると思ったのにぃー!!」

大物狙いでポイントが貯まるなら、きっとタクトみたいに無茶しようとする人がいるからじゃないかな?


『お肉! お肉! おいしいお肉ぅ~!』

るんるんと足取りも軽いシロは、今にもよだれを垂らしそうだ。これはシロ単体で羊を狩ってしまうね……何体までならOKか、あらかじめ決めておかないと危険だ。


ご機嫌に飛ばすシロのおかげで、オレたちはみるみる王都から遠ざかっていった。

わさわさと足に当たっていた草が徐々に低く、丘陵地帯を抜けたころ、シロが足を止めた。

「随分見晴らしがよくなったね!」

「そうだね~! 生息地はこのあたりだから、見つかるといいんだけど~」

広々とした平野は低木やごろごろした岩があるものの、比較的遠くまで見渡せた。

「でっかいし群れなんだろ? なんで見つからねえの?」

手でひさしを作ってきょろきょろするタクトが、首を傾げた。うん、オレも目立ちそうな気がするけどなあ。

『ぼく、ぼく、探してきてもいい? 大丈夫、邪魔にならないように遠くで探すから!』

辛抱たまらなくなったシロが、前脚をわたわたとさせている。シロが言う「遠く」は相当遠くだろうし、2匹までって決めたから大丈夫かな。

『じゃあね! 行ってきます~!』

風になったシロを見送って、さて……オレたちも地道に探さなきゃ。


「――とは言うもののさぁ~シロがいないとキツイぜ!」

タクトの声に、オレとラキもうんざりと周囲を見回した。

歩いても歩いても変わらない景色……。見渡す限りの平野が仇になり、いくら歩いても進んでいる気がしなかった。そして、ビッグシープどころか魔物一匹見つからない。

「お昼は羊肉と思ってたけど、先に何か食べる?」

「そうだね~ちょっと休憩もしたいし~」

オレがもっとレーダーを駆使すれば、きっと見つかるんだろう。でも、広範囲の索敵は難しいって言われているし、二人からも『常識の範囲内で』って念を押されているからね。

「くそ~~! 俺は羊肉を食うぞ! でもその前につなぎで何か食う!」

「じゃあ、あっちの岩陰まで行ったら休憩~!」

「「お~!」」

それならてくてく歩いていられない! 大きな岩が転がる一帯へ向け、オレたちは一斉に走り出した。


「………ねえ」

「……うん~」

「なんでだー! 全然近づかねえ?!」

いくら遠くにあったからって、行ける距離だったはずの岩。それが、全然近づかない! 遠近感が狂ってるのかと思っていたけど、これだけ息を切らして走って近づかないって……さすがにおかしい。

「どうなってるの??」

「も、もしかして何かの魔法~?」

「岩に近づけない魔法ってなんの意味があるんだよ!」

むきになって走った結果、ラキがダウンしたのでオレたちも立ち止まって荒い息をついた。

『みんな~! ごはんまだ~?!』

きっとごはんの匂いがしたら戻ってこようと思っていたのだろう、お腹を空かせたシロが駆け戻ってきた。

「あれ? シロ獲物とってこなかったの?」

『ううん! 匂いは覚えたしね、新鮮なまま置いてあるの!』

……新鮮なまま置いて……? それって普通に生きてるってことだよね? できればまだ捕まえてないって言ってほしいな……。新鮮に保管されているとも知らずに草を食んでいるであろう羊さんが気の毒だ。

『ゆーたたちはもう捕まえた?』

いっぱいとったよね?! と言いたげなにっこり顔がつらい。

「それが……全然とれないどころか見つからなくて。先に休憩しようと思ってたんだけど……あそこの岩に全然たどり着――えぇ?!」

振り返って岩山を指し、オレたちはあんぐりと口を開けた。

「遠くなってんだけどー?!」

「絶対最初より遠いよ~! なんで?!」

遥か彼方になってしまった岩に愕然と目をこすった。

『あそこに行くの? いいよ、ぼくが追い付いてあげる!』

くすっと笑ったシロが、オレたちを背中に乗せて走り出した。これならすぐにたどり着けるね!


「――ん?」

前に座るオレが、まず違和感に気が付いた。

「どうしたの~?」

「えっと、気のせいかな? なんか、動いてない……あれ」

ぐんぐんと近づいてくる岩に胸をなでおろしたところで、近づくにつれ岩が……岩石群全体が動いているような気がする。

「なんだあれー?! めっちゃ逃げてるー?! 魔法じゃねえ、力業じゃん!!」

近づくシロにいよいよ危機感を感じたらしく、岩たちはもはや隠しようもなく上下に揺れて必死に走っていた。よくよく見れば岩の下には時々ヒヅメのようなものがのぞいている。もしかしてこれって……。

「し、シロ! ぶつかる! ぶつかるってー!」

謎の岩へ体を寄せるシロに、タクトが悲鳴をあげた。

『そう、これがビッグシープ、でしょ?』

そう言うと、シロがどーんと岩へ体当たりした。固い衝撃を覚悟して目を閉じたオレに、一瞬土臭いものがばふっと当たって離れていった。

「メエ~~~!」

体当たりでひっくり返った岩は足をジタバタさせると、野太いヒツジ声で鳴いた。

「「「ビッグシープぅ~?!」」」

こ、こんな近くにいたの~?!

想像と違った姿に、オレたちは乾いた笑みを漏らした。


ビッグシープは見付けさえすれば、あっけないほど討伐は簡単だった。問題はなるべく羊毛も肉も価値を下げたくないってこと。

「行ったぞー! 頼むぞ!」

「「おっけー!」」

パシュ、パシュ、パシュ!

軽い音と共に、追い立てられたビッグシープがずざっと地面を滑った。

ガクリとうずくまって動かなくなったビッグシープは、まさに岩だ。ただし、触ると柔らかく体が埋まる。全身を羊毛で覆われたビッグシープは、どこを切っても羊毛を切ってしまうし、一太刀で首を落とそうにも、どこに首があるのか分からない。

そこで、タクトとシロがラキの方へ追い立て、オレがシールドで万一を防ぎ、ラキがピンポイントを狙う――という作戦だ。正面から見てもこもこ動く部分が頭だから、そこをピンポイントで狙えれば他に傷をつけずに討伐できるって寸法なんだ。

「それにしてもでっかいね~、これ、1体で十分なんじゃない~?」

『ええっ?! じゃあぼく、向こうにあるのもってくる!』

ビッグシープは王都から離れた場所に生息しているし、基本的に人を襲わないので、むやみに狩る必要はない。解体の手間の方がかかりそうなので、オレたちは1体で打ち止めだ。だってシロがまだ持ってくるだろうし。


オレは間近で見ても岩に見える、どろどろに土で汚れた羊毛を見上げた。これも擬態なのかな? 図鑑で見たビッグシープは白かったから白いのだとばっかり……

走る岩を思い出し、もしかしていくら駆けても近づけない蜃気楼ってビッグシープ事案も含まれてたのかもしれないなんて思った。

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