第398話 憧れの全身鎧
騎士たちが通り過ぎようとする刹那、視線を感じた気がした。
「――?」
あの人だろうか。揃って前を向いた一団の中、ほんのわずかに中央の兜が動いた気がした。過ぎゆく背中を目で追ったけれど、騎士たちはそれ以上の反応を示すこともなく通り過ぎていった。
なんだろう、特に失礼なことはしてなかったはず……。オレは王都に知り合いはいな……いこともなかったけど、その人は鎧を着てたってすぐに分かると思う。何しろでっかいから。
豪華な騎士たちが通りすぎると、集まった人たちもめいめいばらけていった。
「騎士って、あんな風なんだ……」
もっと無骨なものだと思ってた。オレは騎士たちの去った方向を見やって、ほう、と息をついた。ガウロ様みたいな人がいっぱいいるのだとばっかり。なんだか思っていたよりもずっとスマートでカッコイイ。
――ラピスは、ガウロ様の方がカッコイイと思うの。
瞳を輝かせていると、ラピスが不満げにオレを見上げた。そ、そう? ラピスの好みってなかなかワイルドなんだね……。
『あなたも騎士になってみたらどう? 鎧姿も捨てた物じゃないわ、とっても綺麗じゃない?』
「うーん、鎧は格好良かったけど。でも、やっぱり冒険者の方がいいよ! みんなと冒険できるもの」
ただ、全身鎧ってやつはぜひとも着てみたい。憧れだよね、ガッチャガッチャ言わせて歩いてみたい!
そう言えばセデス兄さんは学校で騎士の訓練を受けていたんだよね。もしかすると、ああやって行軍したことがあるんだろうか。あのカッコイイ鎧を身につけていたことがあるんだろうか。
「え? 僕? そりゃあ貴族学校だからね、騎士の訓練もあったよ」
館へ戻ると、さっそくセデス兄さんの背中へ飛びついて尋ねてみた。
「ホント?! あのね、今日騎士さまが通るのを見たんだ! 鎧がキラキラしてとっても格好良かったんだ!」
「ふうん、そんなきれいな鎧だったら、学生じゃないね。僕たちはお古の貸し出し鎧だったから、いくら磨いたって大したことなかったよ」
オレをぶら下げたまま歩くセデス兄さんは、そのまま自室へと戻ってきた。
「そっか……じゃあ鎧は持ってないの?」
「だってあんなの重くて動きづらいでしょ? 僕は窮屈で好きじゃなかったなー」
セデス兄さんがどさっとベッドへ腰掛けた。ぶらぶら遊ばせていた足がベッドへついてしまって、オレは少々不満だ。
「オレ、着てみたかったのに」
「うーん、さすがにユータサイズはないよ? 作ったって重くて動けないだろうし」
全身鎧のオレを想像したらしいセデス兄さんが、ぶふっと吹き出した。どうしてそこで笑ったの?!
「動けるよ! オレ、Eランク冒険者なんだから!」
ムッと頬を膨らませると、ちらっと肩越しに振り返ったセデス兄さんが、意味深に笑った。不穏な気配を感じて声をかけようとしたとき、しがみついた大きな背中が倒れ込んできた。
「ふぐぅ!」
為す術もなく引き倒され、固い背中と柔らかなベッドに挟み込まれてしまう。
「うーっ……お、重いっ! つぶれちゃう!」
まるで石の下敷きになった虫けらみたいな気分で、じたばたともがいた。
「あれー? Eランク冒険者はこのくらい平気じゃないの?」
オレを下敷きにした背中が、くっくっと震えて、腹立たしいことこの上ない。なんとか抜け出そうと試みるものの、どうやら無駄な努力ってやつのようだ。
「あははっ! まだまだだね-。でもさ、ユータはもし実戦で押さえ込まれたらどうするの?」
実戦で……? そっか、それなら!
「うひゃああ! 冷たっ?!」
体に乗っかった重りが唐突になくなって、オレは大きく息をついた。力はないけど魔力はあるんだから! そう言えばシロもいるし、オレはもっと筋力以外を使うべきだね!
オレの上から飛び退いたセデス兄さんは、変なステップを踏みつつ、服を脱いでばさばさと振っている。
「魔法はズルイよ! ちょっと、服が霜だらけなんだけど!」
「魔法だってオレの力だもん! ズルくないよ!」
得意になったオレは、ベッドの上でふふんと顎を上げた。
「でもさ、魔法で鎧は着られないでしょ? この程度で動けなくなる子は鎧なんて無理じゃないかな~?」
オレは腰に手を当てたまま、ピシリと固まった。
* * * * *
「ふうっ、暑くてかなわん」
無造作に置かれた兜は、ゴトリと音をたてて揺れた。乱暴にかき混ぜられたプラチナブロンドが、ランプの光を眩しく反射する。
「なあ、帰りに子どもがいたろう?」
行儀悪くソファへ体を投げ出し、仰のいて声をかけた。ちょうど部屋の片隅で胸当てを外していた青年が、振り返って顔をしかめた。
「ローレイ様、だらしないですよ」
「いいだろ、誰もいねえし」
テキパキと自分の装備を外した青年は、ローレイと呼ばれた青年の元へ歩み寄った。
「俺がいるでしょう」
「お前は『いない』のうちでいいんだよ」
ニヤッと顔を上げたローレイが、無言で両手を上げた。
「ローレイ様……俺はお世話係でも乳母でもありませんよ」
眉間にしわを寄せたまま、青年はローレイの手甲を外し、肘当てを外し、まさに母親のごとく世話を焼いた。
「それで、何とおっしゃいました? 子どもがどうとか」
「ああ、お前は見なかったか? 白の街に子どもがいたろう?」
青年は訝しげに首を傾げた。
「子どもなど……いくらでもいたのではないですか? 何か気になることでも?」
「おう、あるぞ。……気になるな」
ローレイは頭の後ろで腕を組み、ふふんと青年を見やった。お前も気になるだろう? と言わんばかりの視線に、青年はため息をついて鎧を押しつけた。
「では、手入れをしながらなら、聞きましょう」
「なっ、なんでだ?! 気になるだろう? お前が俺の分もやるなら教えてやっても――」
青年はにっこり微笑んだ。
「いいえ、ちっとも! 俺はやるべきことがたくさんありますので、用がなければ失礼しますよ」
きびすを返そうとする青年に、ローレイが慌てて言い募った。
「ま、待て! 絶対気になるから! 俺ではない! お前が気にすることだぞ!」
「俺は街の子に興味など――」
「黒かったぞ、髪!」
扉へと向かった足がぴたりと止まったのを見て、ローレイはしてやったりとほくそ笑んだ。
* * * * *
「おかえり!」
二人が帰ってきた気配を感じて階段を駆け下りた。どうやらタクトに引っ張られて、無事にラキも帰ってきたようだ。
「ただいま~」
「お? ユータも迎えに行かねえとダメかと思ったけど、帰って来られたんだな」
タクトのニヤニヤ顔に、うっと詰まった。当たり前だと言いたいところだけど、正直シロのお陰で帰って来られたもんね。
「えーっと、ラキもなんとか帰れたみたいだね!」
「迷ったんだな」
にこっとさりげなく話題を変えたのに、タクトがザックリと突き刺してきた。
「ちゃんと行けたし、ちゃんと帰って来られたから迷ってはないよ! それにね、騎士様に会ったんだから!」
「え、騎士様? うわあ、僕も見てみたいな! どんな素材の鎧だったの? 紋章や彫り込みは? 形状はどう? やっぱり実戦向きなのか、それとも貴族らしく外見を重視して――」
タクトの生ぬるい視線を遮って、ラキがぐいっと身を乗り出した。それって騎士様じゃなくて鎧を見たいんじゃない……?
「ふーん、俺もあんまり会った覚えはねえけど、街の巡回かな?」
「巡回なんてあるんだ!」
騎士様って平時はお城の中で訓練してるだけだと思ってたよ。ここでは警察みたいなお仕事もしてるのかな。
「白の街が中心だけどな! たまーに黄色の街にも来るぜ! 来たら人が集まって来るからさ、警備になってんだかどうだか分かんねえけど」
じゃあ、白の街をウロウロしていたらまた出会えるってことかな。
「いいなあ、僕、明日は白の街をうろついてみようかな」
「やめとけよ、騎士様の前でうかつなことして捕まるなんて嫌だぞ」
「うん、ラキはやめた方が良いんじゃない?」
至って真面目に忠告したオレたちに、憮然とした視線が向けられる。
「タクトとユータに言われたくはないんだけど……」
『それは言えてるわね』
モモがオレの肩で大きく頷いた。
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