第393話 一緒に入りたい
ラキは館に着くなり引きこもっているので、オレは二人の部屋へとやってきた。
「お、ユータ! シロは?」
『ここにいるよ~!』
退屈そうにラキの手元を眺めていたタクトは、飛び出してきたシロと転がり回ってじゃれている。良かったね、お互い遊び相手がいて。
ラキのベッドは、一面に道具なのか、素材なのか、それともガラクタなのか分からない物が広がっていた。
「………」
当の本人はベッドに足を組んで腰掛け、石みたいなものにちょっと道具を当ててはかざし、また道具を当てては眺めている。オレは邪魔しちゃ悪いと、そばにあった椅子を引き寄せ、反対向きに跨がった。背もたれへ顎を乗せて、じっと作業を見つめる。
ラキの手の中にある石には、なにやら徐々に模様が刻まれているようだ。
「ねえ、それなあに?」
しばらくそうして作業を繰り返し、ふうっと息をついたラキが、手を下ろした。しびれをきらしたオレの声に、ラキは文字通り飛び上がって驚くと、握っていた石がすっぽ抜けて飛んでいった。
「お、終わった?」
ぱしっと小気味よい音をたて難なくキャッチしたタクトが、にかっと笑って石を投げ返した。慌てて受け取ったラキが、ちょっと不服そうにオレに目をやった。
「もう~ビックリした~! いつの間にこんな近くに居たの~?」
「ずっといたけど?!」
かれこれ20分ぐらいそばにいましたけど?! 全然眼中になかったんだなと、憮然とした視線をやると、目をそらしたラキが、アハハと誤魔化した。
「それ、何作ってたの? まだ依頼受けてないよねぇ」
「うん、今日買った道具の調子を確かめてたんだよ~! どれもいいね。腕が上がったような気になっちゃう~」
ほら、と見せてくれた石には、どこかで見た繊細な花が彫刻されていた。どこで見たんだっけ? と首を傾げていると、ラキがくすっと笑った。
「気付いた? これはここの門に彫ってあった花だよ~練習にいいなと思って~」
「すごい! だって貴族の館の飾りでしょ? それってきっと一流の人が作ってるんだよ?!」
「あはは、だから勉強になるかなって~。まだまだだね、帰る頃にはもう少し上手くなってるといいんだけど~」
オレからすれば、これはもう十分に芸術品だけどなあ。
「へえー、どれ?」
「あっつい! タクトあつい!」
どすっ! とオレの後ろへ腰掛けたタクトが、手を伸ばして石を持つオレの腕を掴む。椅子の背とタクトに挟まれ、ほこほこした熱い体が背中を覆った。シロと散々遊んだタクトは、びっくりするぐらい熱くて、オレの体温も一気に上げられてしまいそうだ。ぎゅーっと固い体を押しのけると、悪びれなく笑ったタクトが、少し体を離して額の汗を拭った。
「あ! そうだ。ラキに工房のこと言っておかなきゃ!」
「工房~?」
「おう、昼間に俺の父ちゃんが働いてた工房行ってきたんだ。ラキも来て良いって言ってたぞ!」
ラキのおっとりした目が、ぎらりと光った気がした。
「ほ、本当?! 僕、絶対行くよ! この街で本格的な加工したいなら、どこかの工房に入れてもらうしかないって思ってたんだ~! タクトの知り合いなら助かる~!」
ガバッと立ち上がったラキを、二人で抑えた。
「ラキ、もう遅いから明日ね?!」
「今からは行かねえよ?!」
ちらりと真っ暗な外を見て、とても無念そうに腰掛けたラキに、ホッと安堵する。
「明日……依頼行く前に工房行ってもいい~?」
「しょうがねえなー。まあ、受ける依頼によるけどよ」
ラキが、ぱあっと顔を輝かせた。普段とまるで逆のような構図に、オレは思わずくすくすと笑った。
「あのね、王都では頑張らないとオレたち無名だし、しかも子どもだし、きっと仕事を任せてもらえないと思うんだ。だから、ちょっと難しい依頼を受けていこうって話してたんだよ!」
オレは、大きな背中をごしごしとこすりながら話した。ほら、もう台がなくても上まで手が届くようになったんだよ。
「まあ、そうなるだろうな。だが、難しい依頼って、それはそれで大丈夫なのか?」
「大丈夫、と思うけど……。だってランク以上の依頼は受けられないでしょ?」
そりゃそうだ、と笑ったカロルス様が、くるりと向きを変えた。車でも洗うような調子で、遠慮なくざばっとお湯を掛けられて、けんけんとむせた。
「そんないきなりかけたらダメ!」
「おう、悪い悪い」
言いながら、もう一度頭からざばーっとやられた。ごしごしと目を擦る間に、わっしゃわっしゃと髪を泡立てられて、もう目が開けられなくなってしまった。オレ、立ったままなんですけど。
「……それでね、Eランクの難しい依頼ってどんなのがあるの? 多分、タクトが取ってくるなら討伐系だと思うんだけど」
目を閉じたまま、ぶーっと口元の泡を飛ばして話を続けた。
「んー? Eランクなんて俺が分かるわけないだろ。ゴブリンとかじゃねえか?」
「それはEランクじゃなくても討伐でき――」
ざばー!! 開いたお口に盛大に石けんとお湯が入って、今度は派手にむせた。
「ゲフッ! ゴホッ! あ、危ないでしょ! お湯をかけるときはちゃんと言って!」
「お前が洗いながらしゃべるからだろう……」
急いで目を開けると、カロルス様の呆れた顔が写った。セデスは目も口も耳も塞いでたがなぁ、なんて言って笑う。そっか、カロルス様はセデス兄さんもこうやって洗ってたんだね。あのセデス兄さんも小さかった時があるんだと思うと、なんだか微笑ましい。
「セデス兄さん、かわいかった?」
「おう! そりゃもうかわいくて、座ってるだけで喜ばれたもんだ。外へ出る時なんか俺の足にしがみついてなぁ、引っ込み思案で大丈夫かと思ったぞ。まさかああなるとはなぁ」
カロルス様は、両手でオレを持ち上げると、大きく口角を引いて笑った。お父さんの顔だ。セデス兄さんにも、オレにも等しく向けられる、お日様みたいな光。
抱き上げられながら、オレはにっこり笑って大きく手を広げた。
「深いぞ、気をつけろ」
そのままそっと浴槽に下ろしてもらい、しっかり縁へ掴まった。浴槽の底はつるつるした石で、足が滑ってしまいそうだ。ロクサレンは広く浅い浴槽だったけど、ここはそれより狭くて、深かった。
「こっちの風呂なんていつ振りだろうな。入るぞ」
言いながら、ひょいと片手でオレを持ち上げると、ザバーッとお湯を溢れさせた。悠々と体を横たえた腹の上にちょんと乗せられ、オレは少し不満だ。確かに深さ的にはちょうど座っていられるけれど、これではまるで赤ちゃんみたいだ。
縁へ頭を乗せて仰のいたカロルス様は、はーっと深く息をついた。それに伴ってオレの体もゆっくりと沈む。カロルス様のオールバックになった髪が首筋に貼り付いて、上がった顎から水滴が滑り落ちた。ヒゲは生えているし、ゴツゴツしているけど、それはなんだかきれいだな、と思った。ラキが彫刻にしたら、きっと貴族様に人気が出そうだ。
ぼんやりとカロルス様を眺めて、こうして一緒におふろに入るのも久々だと微笑んだ。
「王都、楽しいよ?」
だって、友だちも家族も、両方近くにいるんだもの。
「まあ――お前が楽しいなら、良かったじゃねえか」
顔を上げたカロルス様が、わしわしとオレを撫でて苦笑した。
「一緒に街に行ったりはできないの? 貴族様だから?」
「うっ……まあ、そう、だな。頭まで覆う装備でもつければ――いけるか?」
オレ、全身鎧の人と街歩きはちょっと……。への字口をすると、カロルス様は、しょうがねえなと笑った。
「白の街を歩くぐらいなら、なんとかなるだろ」
「ホント?! やった! そうだ、白の街にね、ミックとミーナがいるの! 一緒に行こうよ!」
ちっとも分かってないカロルス様に、もどかしく説明するうち、オレはすっかり茹ってしまった。でも、近々カロルス様と白の街を歩く約束を取り付けられて、大満足だ。
自分とカロルス様の分の氷グラスを出すと、カキンと合わせて煽った。冷たい水が体の中心を通って、すうっと涼しい風が吹くようだ。
「うおっ?! つめてえ!!」
何気なく置いた氷のグラスに、がばっとカロルス様が身を起こした。あえなく転がり落ちたオレは、げほごほしながらすくい上げられる。カロルス様とおふろに入ると、随分と危険が多い。
『でも、あなたは一緒に入りたいんでしょ?』
「うん!」
涙と鼻水を垂らして、オレは満面の笑みを浮かべた。
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もうすぐコミカライズ版更新日ですね!!
めちゃくちゃかわいいですよー!!
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