第394話 ラキの装備
温かい手が、優しく髪を梳いた。するするとかき分けるような指が心地よくて、浮上しかけた意識がまた沈んでいく。
「――ユータ、朝だよ~? もう起きよう~」
ラキの声? 珍しい、タクトじゃなくてラキに起こされるなんて。そっと揺すられて渋々目を開けると、やっぱりラキだ。オレのベッドへ腰掛け、くすくす笑っている。
「んんーおはよう。なんかオレ……すごく眠いよ」
ラキが起こす時間なら、いつもはもっとすんなり起きられるのに。ともすれば下がりそうなまぶたを押し上げ、大きなあくびをした。まだ暗い室内を見回すと、マリーさんが置いたであろう衣服が、きちんと畳まれて置かれてあった。
――ん? 暗い??
バッと窓の方へ振り返ると、案の定外はまだ真っ暗だ。
「……ラキ?」
じろっと見やると、スッと目をそらされた。ラキ……こんな早くから工房行かないからね?! 迷惑だからね?!
「でも~、職人さんだから、きっと朝は早いよ~?」
「お仕事が忙しいから早いんでしょ?! そんな時間に行かないよ。シロ、連行して差し上げて!」
「ウォウッ!」
「あっ、シロ待って、歩けるから~! べちょべちょになっちゃう~!」
遠ざかるラキの声を聞きながら、ばふっと布団をかぶった。ラキを止めなかったってことは、タクトは部屋にいないんだろうな。きっともうギルドに行ってるんだろう。オレとラキのパーティだったら、いつまでたってもゴブリン討伐と薬草採りだったかもしれない。
まだもう少し眠れるよね。朝早いタクトに感謝の祈りを捧げると、温かい枕に頬をすりつけ、ふんわり微笑んで目を閉じた。
「朝だぞーっ! ――っ?!」
大きな声と共に、思い切り引っぺがされた布団に眉をしかめた。今度は間違いなくタクトだ。眩しい日差しに目をしょぼしょぼさせながら起き上がると、腹を抱えて笑っているタクトに首を傾げた。
「どうしたの?」
「な、な、な、なんでもねえ……!!」
タクトは深呼吸すると、傍らのラキの肩へ、ぽんと手を置いた。
「わあ、それ何? かっこいいね!」
「いいでしょ~? 昨日買ったやつだよ~」
ラキの腰には、たくさんの収納がついたベルトのようなものが、ぐるりと装着されていた。まるで、大工さんの腰袋みたい。加工に使うであろう道具や素材がごちゃっと入っているようだ。ガチャガチャと鳴るそれは、オレの目にはとても、とても格好良く見える。
「いいな! オレもそれ欲しい!」
「ユータは大きな収納があるじゃない~そっちの方がよっぽどいいよ~? 僕もお金を貯めたら収納袋買って、ここに取り付けるんだ~!」
えー、確かに収納は便利だけど、いつも手ぶらでウロウロしてるのはあんまり格好良くない。武器でも道具でも、重そうにガチャガチャしてるのがカッコイイと思うんだ!
『でもゆーたは重いの持てないよ?』
そう……そこは難点だ。ラキの腰袋は軽量化加工と共に、サスペンダーベルトもついているらしい。上着をまくると、連結された皮ベルトやギミックがさらに格好良さを高めて、よだれが垂れそうだ。これを身につけるためだけに、加工師になりたいとさえ思う。
「……もういい~?」
苦笑したラキの声に、後ろ髪を引かれる思いで上着を下ろした。やっぱりこれ、欲しい。
「ユータは買っても入れる物ないでしょ~?」
短剣は腰のベルトに収まっているし、普段持ち歩くものなんて全部収納に入っている。何か……何か入れる物はないだろうか。
「そうだ! ムゥちゃんとか、チュー助とか……あと、調味料とか?!」
これは中々いいアイディアじゃないだろうか。管狐部隊を呼べば、全てのポケットが埋まること間違いなしだ! しかも重くない!
「それ、カッコイイか……?」
ぐっと拳を握ったオレに、タクトがちらりと呆れた視線を寄越した。――想像してみる。ぴょこぴょことあちこちから顔を出すねずみにスライム、管狐たちとムゥちゃん。
………メルヘンだな。
ちょっと、思ってたのと違うかもしれない。オレはガッカリと肩を落とした。
「依頼、いいの取れた?」
急いで用意をすませ、ラキに急かされながら3人で部屋を出た。
「ま、そこそこじゃねえ? 簡単で割のいいやつの方が人気あるからな」
どうも目が合わないタクトを不思議に思いつつ、高鳴る胸の鼓動を心地よく感じた。
「そりゃそうだね~わざわざ難しい依頼を取りに行く人は少ないよね~」
なるほど、じゃあ難しい依頼ばかり狙うのって、ある意味第一希望を取りやすいのかもしれないね。お得ではないと思うけど。
「ユータたち、もうお出かけ? 早いねぇ、行ってらっしゃ……」
廊下で出会った寝起きのセデス兄さんが、ピタリと足を止めて目を擦った。両隣の二人が、必死に笑いを堪えている。セデス兄さんは、朝はいつもあんな頭だから……気にしないで。
「ぶっふぅーー!! ゆ、ユータ……何ソレ?!」
何度も目を擦ってオレを見つめた末、盛大に吹き出されて、ビクッと肩を揺らした。え? オレ?
憮然として左右を見ると、二人も堪えきれずに笑い出した。
「なんだ? 朝から何やって――」
半裸で顔を出したカロルス様も、オレを見るなり壁を叩いて爆笑しだした。カロルス様、壁がヘコむからやめてね!
「ゆ、ユータ様……それはそれである意味とても可愛らしいのですが……」
「そ、そうね――カワイイのよ? でも、お外はちょっと……」
マリーさんとエリーシャ様まで! 何がおきているのか分からず、ぶすっとへの字口をしたオレに、マリーさんがサッと鏡を差し出した。
「――? なっ、うわあぁー?!」
立派なヒゲに、左右が繋がりそうな極太眉毛。念入りに描かれたアゴヒゲまで……!!
い、いつの間にーっ?!
「も~機嫌直してよ~すぐ落ちたでしょ~?」
落ちたけど! でもセデス兄さんに会わなかったらあのまま館出てたんですけど! この世界に油性ペンがなくて本当に良かったと思う。
「ヒゲが似合わないって分かって良かったじゃねえか!」
まだ目を合わせないタクトを睨みつつ、今は似合わないだけだとむくれた。
『あんなに落書きされて、起きない方が不思議よ~』
……モモ、知ってて黙ってたね?! どうやらオレの味方はいないらしい。
『俺様、かっこいいと思うのに、なんで消したの?』
シャキーン!
肩でポーズをつける姿に目をやって、思わず吹きだした。精霊に落書きってできるんだ……。しっかりと描かれた眉毛とひげは、ある意味似合っていた。
『おやぶ、かっこいい! おとな!』
尊敬の眼差しで見つめるアゲハと、ふんぞり返るチュー助のせいで、お怒りモードを継続するのが難しくなってしまった。
よし、今度はオレが落書きしてやろう。そんなことを考えてほくそ笑んでいたら、タクトとラキに胡乱げな瞳で見つめられていた。
「まずお前が起きねえだろ」
「僕だってさすがにね~描かれる前に目が覚めるよ~」
……そんなに分かりやすく顔に出ていただろうか。じゃあどうしてオレは描かれても目が覚めないんだろうか。
「カン爺! ラキ連れてきたぞ!」
「おはようございます~!!」
むわっと熱気の漂う工房内を見回して、ラキの瞳がきらきらしている。
「ほほう、あんたがラキか、ワシが工房主のカンジームじゃ。カン爺と呼んでくれてかまわんよ」
カン爺さん、どうしてちょっと気取ってるんだろう。小さな背丈をめいっぱい伸ばして工房内を案内する様は、なんとなく微笑ましい気分になってくる。
「――で、ここがメインの窯じゃな。ここを使えるようになるには――」
「君がラキくん~?! まあ、思ったより大人っぽいのね~!」
ぐい! と尻でカン爺さんを押しのけ、サヤ姉さんが割り込んできた。先日はきゅっと結んでいた髪が解かれ、肩に流れ落ちている。
「サヤ姉、だからラキだって俺と同い――」
「ふふっ、そう~? ありがとう~。お姉さんも加工師~? 美人な加工師さんだね~」
爽やかに微笑んでサラッと流した台詞に、オレとタクトは戦慄してラキを見つめた。
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ちょっと多忙な時期は文章が乱れます~すみません!
いつもそんな大した文章じゃないというのは脇へ置いといて……
直す時間ができたら修正するかもしれませんが、ちゃんと修正した文章のみ読みたいという方には、なんと書籍版という素敵なものがあるんですよ!(笑)
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