第353話 一撃を!

「さぁて……次はどうする? これで終わりってこたぁ……ないだろうなぁッ?!」

ぐん、と吹き付ける殺気が増して、ぎゅっと短剣を握る手に力が入った。

ここで終わったらむしろ酷い目に合いそうだ……。

『主ぃ、どうする? もう不意打ちは無理っぽいぞ』

「うん……どうしようか」

まともにやりあって一矢報いられるわけもなく、かといって成すすべもなく負けるのも悔しい。


行動に移れずに膠着する状況に、悪者は、にやにやしながらオレの出方を待っていた。

「力はもってんのになぁ! 経験がねえってのは……そういうこった!」

むしろ攻撃をしかけてくれたら動けるのに、なんて考えていたことはとうにお見通しだったみたいだ。一気に間合いを詰めてきた大男からは、仕方ねえな、なんて声が聞こえた気がして、悔しさに体が熱くなった。

「どうらっ!」

唸りを上げる大剣の攻撃は、驚くほどに早いものの、神速のカロルス様には到底適わない。受け流すのは危険すぎる重量だけど、これならまだ、避けられる。

「ちまっこいなぁ! 当たる気がしねえ」

楽しそうに大剣を振る大男はそう言うけれど、オレにそこまで余裕はない。懐に飛び込めば、と思うのだけど、ガウロ様は右手一本で大剣を操っている。つまり左手が自由なわけで……

『大剣を振って隙がないなんて、意味わかんないぜ!』

絶対、あれは罠だ。チュー助とオレの、第六感が言っている。振りぬいた後の懐、さあ今飛び込めと言わんばかりのそこには左手がある。オレは捕まえられたらそれで終わりだ。

「!!」

じゃっ、とかすめた大剣が、服の装飾を剥いでいった。叩き潰す目的に作られた大剣は、切れ味はないに等しいけれど……オレ、当たったら死なない? 回復の余地はあるんだろうか?

慌てて飛び退り、とんぼを切ってさらに距離を保った。ドキドキと速い鼓動を落ち着けて、キッと前を見つめる。呼吸を乱したオレと、余裕のガウロ様。悔しい……せめて、一太刀入れるんだ。


出し惜しみしてられない。ガウロ様が距離を詰めないのを確認して、ぶつぶつと適当な文句をつぶやくと、ふわっと光を纏った。

『ぼく、頑張るよっ!』

光と共に飛び出したシロが、きりりと顔を引き締めて姿勢を低く身構えた。

「……なんだと? 召喚? お前、それ……」

さすがに驚いた様子のガウロ様に、ちょっと胸のすく思いをしながら、すうっと息を吸い込んだ。

「召喚士ユータ、行くよっ!」

ヒュ、と白銀のラインがガウロ様までつながり、激しい衝突音を響かせた。

「チィ……! やっぱりフェンリルかよ!」

『ばれちゃったね』

悪びれなく言って身を翻したシロに、オレの時より大分鋭い攻撃が繰り出された。

「シロ!」


魔法使いユータ、参戦! 


「うおおっ?! まだ魔力残ってんのか?!」

ドドドッと音をたてて突き出した土の槍に、ガウロ様が初めて飛び退った。

『ありがと!』

空を蹴って一気に反転したシロが、すぐさま追撃する。

「アイスバーン!」

「こ、このっ!」

ずるりと足元を滑らせたガウロ様が、大剣を床へ刺して重いシロの攻撃を受け止めた。路面凍結注意だよ! すごく地味だけど、厄介な嫌がら……攻撃なんだから。

「まだっ!」


双短剣使いユータ、参戦!


背後から雷撃を先行させ、オレ自身も突っ込んだ。

「こん……っの、やろうッ!!」

『わっ!』

ガウロ様が差し込んでいた大剣を力任せに抜きざま、シロを吹っ飛ばして360度回転させるような勢いで振り抜いた。

「!!」

目の前で雷撃が消滅し、スライディングしたオレの髪をかすめて大剣が通り過ぎた。

「今っ!!」

アイスバーンを利用して素早く懐の中へ滑って飛び上がる……!

『負けないっ』

風を纏ったシロが、同時に飛び込んだ。

「甘いわ! ヒヨッコ!」

シロの攻撃を大剣で受け、オレの目の前に伸びた大きな左手。

『甘くない』

「はっ?!」

ガウロ様の手が、がしりとつかんだのは柔らかな被毛。左手をすり抜けて短剣を振り下ろすオレと、驚愕したガウロ様の瞳がかち合った。

ガッ!!

じいん、としびれた小さな手。オレの必殺の一撃は、蘇芳をつかんだまま、左手の篭手に受け止められた。凶相に一筋汗が流れ、ニヤッと口元がゆがめられる。

ぼすっ!

声を発しようとしたガウロ様が、がくんと前へつんのめった。

『甘かったわね!』

絶妙な時間差で飛来したモモアタックが、見事ガウロ様の後頭部にヒットしていた。


しん、と静まり返る中、シロとモモと蘇芳がオレに飛びついた。

『やったー! ばっちりだったね!』

『見た?! お見事だったでしょ!』

『スオー、頑張った』

「うん! みんなで頑張ったね!」

シロに押し倒されて尻もちをつくと、みんなをいっぺんに抱きしめて笑った。

「「「うおおおお!!」」」

どうっと野太い声の波が押し寄せて、思わず首をすくめた。そう言えば、ここは闘技場。兵士さんたちがいるんだった。

振り返った瞳に、沸き立つ兵士さんたちと、電線のスズメよろしく手すりにずらりと並んだラピスたちが飛び込んできた。

――素晴らしいの……さすがはユータなの……。

ふるふると震えたラピスの感涙せんばかりの様子に、一体何がそんな琴線に触れたのかと首を傾げた。


「大丈夫か?」

硬い腕の中に拾い上げられ、満足してほうっと息をついた。

心配そうなブルーの瞳にふわっと笑うと、改めてあちこちが痛くなってきた。気づけば、大剣が掠ったであろう傷があちこちにできていた。

「あはは、痛いね」

「嬉しそうな顔しやがって」

苦笑したカロルス様が、むにっと頬をつまんだ。

「全く、なんだこのチビッコは……危なっかしいが、本物だな」

フッとオレに影が落ち、ガウロ様に真上からのぞき込まれて、思わずカロルス様に身を寄せた。

「怖がってるぞ、離れろ」

「なんで俺を怖がる! お前、さっきまで本気でぶちのめそうとしてたじゃねえか!」

そうなんだけど。戦闘中は集中してるから、ちょっと普通とは違うよね。それに、頑張ったから今は甘えていい時間なの!

仏頂面で身を引いたガウロ様が、手を伸ばしてオレの頭に置いた。

「まさか一撃入れられるとはな、俺もなまったか。ちびっこ、名前は?」

「オレ、ユータって言うの。でも、ガウロ様剣技も何も使わなかった……」

手加減されていたのは悔しいけれど、仕方ない。ほんの少しの不満顔で見上げると、ガウロ様が参ったな、と頭をかいた。

「いーや、まあそりゃ加減はしたけどよ、俺はたいした剣技使えねえのよ。お前が思うよりも全力だったぜ。こんなトコでフルスイングできねぇしな」

ぐりぐりと頭を左右に揺られて、きょとんとした。Aランクなのに、あまり剣技が使えないの?

「お前は俺と比べてるだろ? ふふん、格がちげーんだよ」

ニヤッと笑ったカロルス様が、得意げに髪をかき上げた。

「ふん、言ってろ。だがな、確かに俺がAランクだったのは剣の腕じゃねえんだなぁ。総合力っつうか」

ほわり……

頭に置かれた大きな手から、心地よい魔力が流れ、体が軽くなった気がした。ま、まさかこれって……

「回……復……?」

あちこちで血をにじませていた小さな傷が、きれいさっぱり消えてなくなり、お風呂に入った後のように心地いい。

「そうだ。俺ぁ回復術士が本業だな! 多分な!」

山のような大男は、大剣を担いではっはっはと笑った。

『うそだぁ……こんな回復術死……違った、回復術士がいてたまるか!』  

チュー助がなぜか耳を塞いでいやいやしていた。


ああ、だから『回復のことは考えなくていい』だったのか……。

色々納得しつつ呆気にとられていると、カロルス様がわしわしと頭を撫でた。

「お前、強くなったな」

「……うん!」

満面の笑みで見上げると、カロルス様も微笑んだ。誇らしさと、ほんの少しの寂しさが覗いた笑みが切なくて、ぎゅうっと硬い胸板を抱きしめる。

「大丈夫、オレ、強くなって守ってあげるからね」

「ばーか、100年早いっつうの」

そっと力の込められた腕に、間近にブルーの瞳をのぞき込んでにっこりと笑った。


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