第352話 兵士の生け贄
シロに乗って風のように到着すると、今日も熱気溢れる訓練場へと駆け込んだ。
「お、ユータ様! 訓練か?」
兵士さんも慣れたもので、敬語なんだか砕けてるんだか中途半端な台詞でにかっと笑った。
「ううん! これからワイバーンを見に行くの。あのね、セデス兄さんから伝言だよ」
「おう、なんだなんだ?」
どれ、とオレを抱き上げた兵士さんが、伝言を聞いてみるみる表情を変えた。
「なにっ?! まずい! おいっ、アルプロイさんはどこだ!」
兵士さんは顔色を変えて駆け回ると、なぜか方々へ伝達していった。にわかに色めき立つ訓練場内に、オレは兵士さんの固い腕の中で首を傾げた。一体何事……? でも、ひとまずオレはワイバーンを見に行くので下ろしてほしい。
「はっはっは! おう、諸君ッ気合い入ってるか! サボってんじゃねえだろうなあ!」
ビクッ!
慌ただしい場内でもビリビリと響き渡る大声に、兵士さんの肩が跳ねた。
「あれ? ガウロ様、どうしてここに?」
小さく呟くと、兵士さんの腕がきゅっと締まった。ぐふっ……肺がぺちゃんこになって、固い体に押しつぶされそう。
「ガウロ様、お久しぶりにございます。このようなむさ苦しい場所にご足労いただくとは……」
「俺の居場所はこっちだからなぁ! いやぁ堅苦しくて肩が凝るのなんの! よし、俺が直々に見てやらぁ、おらっ集合ッ!」
いつも冷静沈着なアルプロイさんも、勝手にぐいぐい来るガウロ様にたじたじだ。どうやら昔からここにいる人たちは、どうやらガウロ様を知っているらしい。号令と共に、兵士さんはどこか悲壮感溢れる顔でガウロ様の元へ駆け寄った……俺を抱えたまま。
「ちょ、ちょっと、放して! オレはワイバーンを……」
「冷たいこと言うなよ、ちょうどいい生けに……いや、道連れ……いやいや、えー……そう、友だろ?!」
そ、そうだったかな……訓練をするつもりはさらさらなかったのだけど、ガウロ様がここにいるならワイバーンは見に行けないだろうし、王都の訓練を体験するのもいいかもしれない。
オレは渋々ながら兵士さんの中に混じった。
「オラオラオラァッ! ロクサレンの兵だろうッまだまだぁっ!」
「「「ハ……ハイィッ」」」
やるんじゃなかった……これはアレだ……鬼教官。次々課される訓練を、どれも高いレベルで要求されて、兵士さん達は既に半泣きだ。それに混じってるオレだって泣きそうなんですけど?! さすがにパワー系の訓練は同じようにできないけれど、それでもへろへろだ。
ガウロ様自身も兵士の間を絶え間なく回っては鼓舞(?)しているので、一時も気が休まらない。重いだろうに、なぜかごっつい大剣を担いで、威圧感が半端ない。
「よーし、よくやった! 休んだら次行くぞ!」
もはや返事をする余力もなく、兵士さんたちが地面に崩れ落ちた。あー、冷たい土が心地良い。
「ゆ、ユータ様まで参加される必要はないのでは……」
「タジルさん……オレもそう思う……でももう抜けられないよぉ」
荒い息をついたタジルさんは隣に腰を下ろして、確かに、と困った顔で笑った。
「けれど、王都で有名なガウロ様に稽古をつけていただけるなんて、幸運なことですよ」
集合ッ!! の声に慌てて立ち上がりながら、オレはタジルさんを見上げた。
「そうなの? 有名なの?」
「有名ですよ、変わり者としても有名ですが……。彼の部隊は国一番ですからね、人を鍛えるエキスパートです。……この機会を活かさねば」
ぼっ! と彼の静かな瞳に炎が宿った気がした。タジルさんは本当に強くなることに貪欲だ。垣間見える闘志にオレの身体まで熱くなる気がした。
「タジルさん、カッコイイね」
浮かんだ言葉そのままに、にっこりと賛辞を送ると、一瞬固まったタジルさんが、ぼっ! と今度は全身を真っ赤にした。
「いえ、その、兵としての心構えとしては……当然のことで……」
もそもそ言いながら離れていってしまう彼に、照れた時の反応ってみんな違うんだなあ、とつい白い王様を思い浮かべて笑った。
「「「……あ、あざーっした……」」」
一通りの訓練を終えた所で、訓練場内は死屍累々状態だ。元気なのはガウロ様のみ。
「よく付いてきたな、褒めてやろう! よしッ! 褒美に俺が実力をみてやろうッ! ふむ、どいつにするか……」
いいことを思いついたとにかっと笑った凶相に、兵士さんたちが素早く周囲に視線を走らせた。誰だ……誰が犠牲になる……? のしのしと近づいてくるガウロ様に、スッとみんなが気配を消して息を潜めたのが分かった。オレも気配を殺して路傍の石にでもなったつもりで地面を見つめた。
「わっ……?!」
横を通り過ぎるはずだった足は、ピタリと止まった。次の瞬間、むんずと掴んでぶら下げられて、オレは目の前の悪役ボス顔に顔を引きつらせた。
「ちっこいの! お前よく付いてきたな! さすがカロルスの子だ。その実力はどんなもんだ? この俺に……見せてみろッ!」
視界の端で、最初にオレを巻き込んだ兵士さんがきらりといい笑顔で親指を立てていた。
「回復のことは考えなくていいぞ、思いっきりやれ。死ななきゃそれでいい!」
それはガウロ様に対するオレの心構えだよね? まさかとは思うけどガウロ様の方にも適用されたりしないよね??
「お、お願い、します……?」
できればお願いしたくはないのだけど。闘技場に引っ張り出されたオレは、仕方なくぺこりと頭を下げた。
「――ユータ、お前何やってんだ」
涼しげな風を纏って入って来たのは、均整の取れたきれいなシルエット。カロルス様……来るならもう少し早く来てくれたら良かったのに……。
「よう、お前のとこのちびっこ、俺に預けねえか? 実力はこれから測ってやるが、相当なんだろう?」
「おう、当然だ。うちの子だからな! ユータ、こいつの部隊に入るのは名誉なことだが……」
ちらっとこちらへ視線をやって、ブルーの瞳が『どうしたい?』と聞いた。どうもこうもないよ!
「……ふむ、まだ分からんか。まあいい、やる気がねえ奴を連れて行っても仕方ねえからな! その気になったら来い!」
ぶんぶん! と思い切り首を振ったオレを見て、ガウロ様が残念そうに笑った。
「ユータ、思い切りやっていいぞ。魔法も使ってな」
「え、でも……」
「ほおぉ……お前、魔法も使えるのか」
にいっと口角を上げたガウロ様からぞくっとするような気配が漂い、オレは思わずすがるようにカロルス様を見た。
「おいおい、幼児相手に殺気を放つな。ユータ、そいつは元Aランクだ、できること全部やっていいぞ! 首さえ繋がってりゃ回復もできるだろ!」
「Aランク……! わかった!」
それなら本当に遠慮はいらない。Aランクは人外だ。全力でできる対人訓練なんてそうそうないもの、ガウロ様がそれでいいなら、その分厚い胸を借りよう。
シャキ、と両の短剣を抜き放って身構えたオレに、ガウロ様もゆっくりと巨大な剣を構えた。
「いい顔だ、これは食いでがありそうだ」
実に嬉しそうににやぁっと笑った顔は、もはや悪者以外の何物でもなかった。
「……行くよっ! ファイアッ!」
「来ぉおいッ!!」
ダッ! と地を蹴ったオレの前を、ごうっと火の塊が先行する。様子見のファイアは、こともなげに大剣で払われた。速い……目をぎらつかせたガウロ様は、なんと巨大な大剣を片手で振っていた。
「ファイア!」
「? 目くらましかっ?」
ううん、それだけじゃないよ!
近づくオレを警戒したのか、ガウロ様は再び放ったファイアを払わずさっと避けた。
「な……?」
そして、消えたオレの姿に一瞬目を見開いた。
今っ!!
ガキッ!
ガウロ様がぎりっと歯を鳴らして大剣を振り上げ、短剣の軌道に大剣が盾のように割り込んだ。
じいんとしびれた手に、短剣を取り落としそうになる。
炎の塊から飛び出したオレは、すんでのところで攻撃を防がれてしまい、大剣を蹴って素早く飛び退った。
「いけると思ったのに……」
今のを防がれちゃ、もう油断はしてくれない。オレはパラパラと体に残った氷を払い落として歯噛みした。
タイプの違う魔法を同時に使うのは難しいらしい。しかも、オレは幼児だ。相手はどうしても油断する……だから、炎の中で氷を纏って潜んでいれば、たいてい不意をつけると思ったんだ。
「は、ははははっ! いいじゃねえか、いいじゃねえか! そんな顔してお前、ガッツあるじゃねえかぁ!」
「ユータ……どこでそんな危ねえ技を覚えたんだ……」
心底嬉しそうに笑う悪者と、驚いた顔のカロルス様。
これはね、ウリスから学んだ技だよ。高温のオーブンに飛び込んでケーキの焼き具合を確認する、職人技なんだ。
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