第319話 優しく起こして

アッゼさんはそのままいなくなっちゃったので、オレたちもそのままお部屋の方へ戻った。明日も朝早く起きて温泉行かなきゃいけないもんね!

そっとガントレットを装備したマリーさんは見なかったことにしよう。


お部屋は畳の和室、というわけにはいかなかったけど、室内で履き物を脱ぐ所は珍しい。ぺたぺたとはだしで歩き回れるのが楽しくて、広い室内を走り回る。板張りの上に草で編まれたゴザのようなものが敷いてあるので、足裏の感触が心地良かった。


「こら、待てユータ!また汗かいちゃうでしょ?もう寝るんだよ!」

ふふっ!捕まえられるかな?!避けることなら一級品!

セデス兄さんの手をくぐり抜け、浴衣の袖をひらひらさせながら走る走る!壁を蹴って天井を蹴って、カロルス様の肩で一回転して、きゃっきゃと部屋中を動き回った。

「はあ……ちょっともう……部屋の中で走り回らないの!よしっ……行け!マリーさん!!」

微笑ましそうに見守っていたマリーさんが、いいんですか?と嬉しそうな顔をした。


「うふふっ!ユータ様ぁ~お待ちくださぁ~い」

「わっ?!」

声だけはまるでカップルの追いかけっこのように楽しげだけど、セデス兄さんとプレッシャーが違う。ひゅっと風を切る音に、咄嗟に座卓の下をスライディングして避けた。

そのまま間髪入れずに飛び上がり、カロルス様の背中を蹴って真逆へ方向転換した時、ふっとオレに影が落ちた。

「さっきのを避けるとは、ユータ様も成長されましたねぇ~」

悪役みたいな台詞が、すぐ近くで聞こえてぞわっと総毛立つ。顔を上げた目の前には、逆さまになったマリーさんの顔があった。

「はい、つかま~えちゃいました!」

空中できゅっとオレを抱きとめて、マリーさんはそのままくるりと回転して降り立った。

「はっ、はあっ……つかまっちゃった……」

嬉しそうに抱きしめるマリーさんの腕の中、オレは荒い息をついてがっくりと肩を落とした。もう少し頑張れると思ったんだけどなぁ。

「お前……オレを足場にしやがったな」

カロルス様にじろりと睨まれたけど、岩みたいに動かないんだもの、とてもいい足場になるんだよ。ちなみにカロルス様はエリーシャ様の指導の下、渋々荷物を整頓している。


「あーあ、ほら汗かいちゃって。せっかくお風呂入ったのに」

「いいの!明日の朝また入るから!」

お人形のようにマリーさんからセデス兄さんに受け渡されながら、足をばたばたさせた。

「寝る時に汗かいてたら嫌でしょ?ってまあ冒険者やってたら普通かな」

「そうだよ!」

そもそも冒険者はお風呂なんて優雅に入ったりしないもの。汗まみれ泥まみれで地面の上で寝たりするんだよ、ワイルドでカッコイイでしょう!

『ユータは汚れたらシャワー浴びてるじゃない。それに土魔法でベッド作るのは地面って言わないわよ』

うっ……それはまあ、魔法使いの特権ってことで。


いつも個人のお部屋に別れちゃうから、こうやってみんな一緒のお部屋にいるのが楽しい。このお宿は大きなお部屋が中央にあって、ドアで繋がった大小の寝室が4つもあった。

貴族宿の階層を貸し切るタイプに比べたら、こっちの方がまだ一般向けらしい。そっか、パーティで泊まるならこういうお部屋の方が都合がいいのかな。

「さ、さあ、もうそろそろお休みの時間よ?早く寝なくっちゃね」

エリーシャ様がどこかそわそわとこちらを見ている。お部屋は4つ、マリーさんはメイドさんだけどメイドさんじゃないので一部屋使ってもらうとして、オレがどこかのお部屋に行けばいいかな?

「セデス兄さん、早く寝よう!そしたら明日が早くくるよ!」

「そ、そうかなー?早く寝るのには賛成だけど」

昨日はカロルス様のお部屋だったし、セデス兄さんの手を引いて大きなお部屋に向かう。

振り返っておやすみを言うと、エリーシャ様たちがずーんと沈んでいた。オレ、男の子だからね!女の人のお部屋には行かないから!

「カロルス様、ちゃんと朝起こすからね!」

「いいけどよ、普通に優しく起こせよ?」

難しいことを言う……そもそもオレも多分起きられないから、モモ達頼みになるけれど。



「へえ、大きなベッドだね、落ち着いた雰囲気だし、これならゆっくり眠れそうだよ」

セデス兄さんと寝るのは久しぶりだ。王子様フェイスですうすうと寝ていれば絵になるのだけど、起きたらいつも頭は爆発しているんだよね。

「ねえ、セデ……?!」

ムゥちゃんとティアのベッドを窓辺に置き、セデス兄さんを振り返って思わず二度見した。

えっ……寝て……?いや、それはいいんだけど……。

きらきら王子様は、布団の中に頭を突っ込んで、尻から下はベッドの外に飛び出した状態でお休みになっていた。突き出た尻がなんとも不格好だ。

『見たくないわ、そんなイケメン……』

オレの中で、モモがそっと目を逸らしたのを感じた。オレより先に寝ちゃうなんて、全くもう。

お布団をめくると、うーんと眉をしかめてシーツの下に潜ろうとする。

シロに手伝ってもらって、なんとかベッドの中に納めると、ふう、とオレも潜り込んだ。

既にぐしゃぐしゃになりつつある髪を眺めてくすりと笑うと、オレもとろりととろけるような眠気に身を任せた。



『ゆーた、起きよう』

「ピピッ!」

――起きるの!いいお天気なの。

ぱふっぽふっとほっぺに柔らかな感触、べろりんと顔半分を舐め上げられた感触。

『ほら、起きるのよ!』

『スオーはまだ寝たい……』

胸の上でぽんぽんしているのはモモだろう。首筋をやたらとぺちぺちしている小さな手は蘇芳かな。

「うぅーん……みんなおはよう、起こしてくれてありがとう」

「ムゥ!」

窓辺のムゥちゃんが、朝日を浴びながらぴこぴこと元気に手を振っている。横のティア用ベッドでこれ以上ないほど大の字になって寝ているのはチュー助。昨日は早起きなら任せろとか言っていたのにねえ。


「セデス兄さん!起きて!!」

がばっとお布団をめくると、予想通り爆発した頭の王子様がパンツとひも姿で寝ていた。浴衣で寝ちゃうとはだけるよね、オレも人のこと言えない乱れた格好だけど。だけどさ、セデス兄さんは浴衣本体どこへやったの?

「シロ、優しく起こして!」

『おっけー!起きて起きて起きて!』

「うっ?!うぶっ?!ちょ、分かった!起きっ起きるからっ!」

フェンリルの猛烈ぺろぺろ攻撃を受け、セデス兄さんはげっそりした顔で体を起こした。随分とお顔がてらてらに光っている。

「……次は、もうちょっと違うパターンでお願い……」

もう、贅沢なんだから。


とりあえず部屋の外へ出られる格好に整えて、オレ達はこそこそとカロルス様の部屋へ向かった。

「さてどうやって起こす?僕の時みたいに攻撃したらどう?」

「攻撃してないよ!それにカロルス様は頑丈だから堪えないし、そもそも受ける前に起きちゃう」

「じゃあ氷で……」

「それ怒られた」

部屋の隅で、うむむ、と額を付き合わせて唸ったオレたちに、掠れた低い声がかかった。

「いや、普通に起こせよ……」

くあ、とあくびしながら髪をかき上げ、カロルス様が眠そうに半身を起こした。案の定浴衣は思いっきりはだけてるけど、セデス兄さんみたいに行方不明にはなっていない。

「「………」」

「……なんだよ?」

おかしい……オレたちの寝起き浴衣姿と何かが決定的に違う。お互いにじろじろと無遠慮な視線を送ると、ひとつ頷いた。

「ユータは細いしちんちくりんだから、だらしないだけに見えるよね」

「セデス兄さんはひもだけだったし、爆発してるし、なんかカッコ悪いよね」

「「………」」

むきー!



セデス兄さんと二人で頭にたんこぶをこしらえたけど、朝のお風呂はとっても素敵だった。雄大な景色は、やっぱり日が昇ってからの方が美しい。

「またお風呂に行ってたの?ユータちゃんは本当に好きねえ」

「うん!景色がとっても綺麗だったよ!」

これからその景色の中へ入り込めるのだと思うと、わくわくが止まらない。

朝ご飯を簡単にすませると、オレたちはさっそく宿を飛び出した。

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