第320話 そう決まっています
「ユータちゃん、あれ着てみない?」
「着てみない!」
ばっさりと両断されて、エリーシャ様がしくしくとマリーさんにすがって泣いている。だって、浴衣だよ?お祭りの時ならいいけど、冒険するのに浴衣はちょっと危ないと思うんだ。
宿には湯着として簡易浴衣が備えられていたけれど、このあたりではもう少し本格的な浴衣に近い代物も販売しているようだ。旅行客らしき人が、華やかな浴衣でそぞろ歩きをしている姿をちらほら見かける。
「じゃあ、せめて髪を結ってもいいかしら?」
「うーん、それならいいよ」
エリーシャ様が髪を結ったりできるんだろうかと思ったけど、案の定エリーシャ様が抱っこしてマリーさんが結ってくれるようだ。
「髪、伸びたね。そろそろ切ろうかなぁ」
「「ダメっ!!」」
何の気なしに呟くと、二人から猛烈な反発をくらってビクッとした。
「で、でも、あんまり長いと邪魔になるし……」
「こんなきれいな御髪を切ってしまうなんて!」
「勿体ないわ!まだ切るほどじゃないと思うわよ!とてもカッコイイ!そう、カッコイイわよ!!」
とってつけたような『カッコイイ』に疑いの目を向けつつ、別に髪の長さにこだわりはないので、これが似合うと言うならそれでもいいかと納得する。この世界では割と男性も長髪なので、長くてもあまり気にならない。髪を切る余裕がないだけかもしれないけど。
ふと、頭の違和感に気付いてさっと手をやった。
「………マリーさん?これ、おかしくない?!」
「おかしくなんてありませんよ!とてもお可愛らしいです!」
オレの手に触れる髪束はふたつ。短い髪が両耳の上あたりでぴこんと突き出ているような気がするんだけど?!これっていわゆるツインテールじゃなかろうか……。いくら長髪の男性が多くても、ツインテールの男性は見たことがない。
「ユータちゃん、かわいかったのに……」
「カロルス様がしても似合う髪ならいいよ!」
即座に却下して結い直してもらったら、今度は編み込みが入っている気がするけど、きっとツインテールよりはマシだろう。
そうこうするうち、商店街を抜ければ火山へ向かう馬車乗り場が見えた。
この辺りまで来ると、周囲の様相が変わってくる。色とりどりの浴衣姿は消え、褪せた色の服に、ぐんとひとまわり大きい人達が増えてくる。さすがに観光で火山へは行かないらしいね。こうして見ると、一般人と冒険者や旅装の人は結構違って見えるものだなあ。
小さめの馬車に貸し切り状態で乗り込むと、御者さんが胡散臭そうにオレたちを眺めた。
「サラマンディモンは魔物がおりやすが……」
「知ってるわ。ちゃんと護衛を連れているでしょう?何かあってもあなたの罪には問われないから安心なさい」
今回もやっぱりカロルス様は護衛枠なんだね。本人はその方が気楽そうだけど、領主様……それでいいんだろうか。
御者さんはそれ以上何も言わずに馬車を走らせる。
「なんだか魔物も生き物も住みにくそうなところだね」
窓にしがみついて外を眺めているけれど、草木が少なくて全体に灰色っぽい大地が広がっている。火山灰なのだろうか、馬車の外側も随分煤けて汚れているように見えた。
「そうだね、でも特殊な環境には特殊な生き物がいることが多いんだよ。だからきちんと対策もしていかないと、下級の相手に後れを取ったりすることになるからね」
「対策って?」
「毒もちが多ければ毒消しがたくさん必要だし、火山に行くなら熱に強い装備と、火の魔物対策だね」
そっか、海に行くときの防水みたいなものか。でも今回対策はとってないと思うんだけど。
「だから、ユータにはこれ。暑くてもちゃんと着ておくんだよ?靴もこっちに替えようか」
ばさりとかぶせられたのは、フード付きの分厚いマント。靴はスノーブーツみたいな分厚いブーツだ。これが耐火装備なのかな?
「今回はそれが必要な場所には行かないんだけど、ユータは何かと危ないからね……今後のためにも持っておくと良いよ」
「わあ!ありがとう」
ぎゅっとフードをひっぱって深くかぶると、なんだか高価な革製品みたいな香りがした。
「馬車は停留しねえんで、定刻にここへ来てくだせえよ」
火山の近くまで来ると、御者さんはそう言い残して、後のことは知らんと言わんばかりにすぐさま帰っていった。
「うわー近くで見るとすごい……」
割と背の低い小さな火山だと思っていたけど、麓まで来れば随分と迫力がある。噴火口からあがる煙のせいだろうか、独特の臭いが漂い、周囲は薄暗く感じた。
「ねえ!お山のてっぺんまで行くの?」
「行かねえよ、危ねえだろうが」
そうなのか……溶岩が見られるかと思ったのに。ちょっとがっかりしたけれど、また冒険者として来たときのお楽しみかな!
それぞれ耐火装備に着替えて麓を出発すると、周囲の冒険者さんからものすごく注目を集めている気がする。どうもあまり好意的とは思えない視線に、ちょっと首をすくめた。
「オレも冒険者なのに……」
冒険者のカードって、もっと外見上分かるようなものだったらいいのにね。カロルス様たちがいてこの状況だと、タクトやラキと来た場合どうなるんだろう。
「ユータがいるのもあるけど、マリーさんも見た目がアレだからねえ……見た目だけねえ……」
そっと耳打ちしたセデス兄さんに、思わずくすっと笑った。そっか、マリーさんも冒険者時代は見た目で苦労していたのかも知れないね!
「ユータ様に不躾な視線を寄越すと、容赦致しませんよ?」
オレたちに向けられる無遠慮な視線に、マリーさんがじろりと周囲を見回した。やや圧の伴った瞳に、勘の鋭い者がそそくさとその場を離れていく。
「へえ、お嬢ちゃん、容赦しないってどういう……」
「こういう……ことですね!」
へらへらした大柄な冒険者さんが台詞を言い切るより早く、ひょいと軽く蹴り上げられ、浮き上がった体にささやかなかかと落としが決まった。ずん、と鈍い音と共に地面にめり込んだ冒険者さんは、完全にノックダウンされている。とても10カウントで起き上がれそうにはないね。
でもマリーさん、ちゃんと手加減……足加減?できたんだ。マリーさんの戦闘を知っているオレたちからすると、随分とぬるい攻撃だけれど、周囲の人は違ったらしい。一瞬、シンと驚愕の視線が集中した後、一斉に逸らされた。
……マリーさんは苦労してきた分、手を出すのが早くなったのかもしれないね。
「ユータ様、無礼な輩は沈めてしまえばいいと国で決まっていますので、このように……」
「決まってない!決まってないから!ユータに適当なこと教えないで!」
そうなのか。目には目を~、みたいなものかなと納得するところだったよ……。
「あ、ユータちゃんこれこれ!これが加温草よ」
エリーシャ様が摘んできてくれたのは、茶色っぽい草だ。華奢な手で葉っぱをむしってわしわしと揉むと、オレに手渡した。
「わっ?!あったかい……!!」
「うふふ、面白いでしょう?濡れタオルなんかに挟んで使うと気持ちいいのよ」
エリーシャ様は美容グッズとして使うみたいで、貴族の女性に人気の植物らしい。遠目には石ばっかりだと思ったけど、植物も結構生えているんだな。
『ここ、あったかいから俺様好きだ!』
寒いのが嫌いなチュー助が、元気いっぱいにオレの肩を行ったり来たりしている。あったかいですめばいいけど、きっと暑くなると思うよ?
『あ!主、精霊のかけら!主はドンクサイから気をつけるんだぞ!』
ペチペチペチ!小さな手でほっぺを叩かれてそちらに視線をやれば、ろうそくほどの火が、おぼろげに揺らめきながら漂っていた。
「気をつけるって、あれは危ないの?」
「ああ、火の精霊のカケラだね。うーん、魔力に寄ってくるから火が移らないように気をつけることだね。魔力を吸うけど、手で払えば離れるからそんなに心配はいらないよ」
『でも主は下級精霊に思いっきり魔力渡したことあるもんなー!』
むっ……誰だって初めてじゃ戸惑うよね!そんなこと言うならオレの魔力返して貰おうかな!
『ごめんなさぁい!』
チュー助が素早くフードの中に逃げ込んだ。なんだかんだ、嫌がっていたけどその姿もすっかり板に付いてきたね。
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またこっちの更新忘れてすみません…
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